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『ジュリアス・カッチェン ベルリン録音集1962年&1964年』(audite盤)
4月5日にauditeからリリースされたジュリアス・カッチェンのベルリン録音集『Julius Katchen Plays Liszt, Brahms, Beethoven, Schumann and Chopin /1962 & 1964 in Berlin)』。
1962年と1964年にベルリンで録音した放送用セッション録音。録音時間が約110分の2枚組。
他にもリリースされているライブ録音を除ければ、カッチェンのセッション録音は専属契約していたDecca録音しかなかったはずなので、これは珍しくて貴重。
実際にCDを聴いてみると、選曲・演奏も素晴らしく良くて、その上ライナーノートがとても充実して、最近のカッチェンのライブ録音のなかでは、最も満足度が高いアルバム。

Katchen Plays Liszt Brahms Beethoven SchumannKatchen Plays Liszt Brahms Beethoven Schumann
(2014/04/29)
Julius Katchen

試聴ファイル

<CD1>
リスト: ピアノ・ソナタロ短調
ブラームス: 幻想曲集 Op.116、6つの小品よりOp.118(Ⅱ間奏曲,Ⅴロマンス)

<CD2>
ブラームス: スケルツォ 変ホ短調 Op.4
ベートーヴェン: 創作主題による32の変奏曲 WoO.80
ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ「失くした小銭への怒り」Op.129
シューマン: 森の情景 Op.82~「予言の鳥」
ショパン: 夜想曲第2番Op.9-2、バラード第3番、夜想曲第8番Op.27-2、子守歌Op.57

CD紹介文(HMV):HMVの紹介文に一部間違いあり。ショパンの《バラード第3番》と《子守歌》について、「ディスコグラフィ初となる」と記載しているけれど、実際はスタジオ録音やライブ録音がある。

(初録音:3曲)
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ ト長調 Op.129『失くした小銭への怒り』
ショパン:夜想曲第2番変ホ長調 Op.9-2、第8番変ニ長調 Op.27-2

(既存のライブ録音/スタジオ録音)
ブラームス作品 → 「ブラームス作品全集」(1960年代のスタジオ録音、Decca盤)
ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲ハ短調 WoO.80 → ライブ録音(1962年,doremi盤)
シューマン:森の情景 Op.82より『予言の鳥』→ ライブ録音(1958年,ica盤)
ショパン:バラード第3番変イ長調 Op.47 →スタジオ録音(1954年?,Decca盤)、ライブ録音(1965年,ica盤)、来日公演ライブ録音(1954年,ユニバーサル盤)
ショパン:子守歌 変ニ長調 Op.57 → 来日公演ライブ録音(同上)

Jullius Katchen press kit[audite.de]
auditeサイトには、このCDに関する情報がいろいろ掲載されている。
そのなかで、プレス向けの参考資料が載っていて、(今まで見たことがない)コンチェルト演奏時の写真や新聞報道記事、熱心なコレクターだった”根付”を(おそらく)夫人と手に取ってみている写真とか、珍しい写真が公開されている。


                      

リスト:ロ短調ソナタ
Wolfgang Rathertによるライナーノートの演奏解説では、「カッチェンの解釈は、驚くべきもので議論を呼ぶ。録音が膨大にあるこのソナタの優れた録音のなかでも、特別な位置を占める」。
このソナタはあまり聴きこんだことがないので、この批評が具体的にはどういうことを指しているいるのかよくわからない。
それでも、久しぶりに聴いたロ短調ソナタが、とても面白く聴けた。
線が太くしっかりとして、量感・力感のあるフォルテは、重みがあってマニッシュ。
音質がややデッドな感じがするせいか、骨太さと厳しさが増している。
技巧的な鮮やかさに加えて、突進するように鍵盤上を一気に駆け上がったり、駆け下りたりするのは、カッチェンらしくてダイナミックで白熱感充分。
「初めは、彼のテンペラメントが彼のクリエイティブな理性とせめぎあっているのは疑う余地がない。テンポ、アーティキュレーション、ダイナミクスへのアプローチはかなりラプソディック(狂詩曲的)」という批評はその通りかも。
それに、カッチェンのセッション録音は、DECCA録音の時と同様に、本質的な部分で演奏の中断や編集をしていないので(今と違って、当時はそれが普通だった)、多少のキズは残っているけれど、一回限りのコンサートのようなスリリングな臨場感がある。
全体的にねちねちとした妖艶さや派手な絢爛さが少なくて、こういうリストは私が好きな弾き方。
力強くほの暗い情熱を感じさせる強奏部とは対象的に、弱音部分は天使のような清らかさが印象的。
硬質の澄んだ音色に、”時間を止めるような”と形容された静寂さが漂い、宝石のようなクールな煌きのある清々しいロマンティシズムが美しい。こういうところは本当に素敵。
リスト作品のなかでも好きというわけではなかったこのロ短調ソナタが、カッチェンの演奏なら繰り返し聴きたくなるくらい。


ブラームス:幻想曲集 Op.116、6つの小品 Op.118(2.intermezzo、5.Romance)
リストのロ短調ソナタと同様、音質はややデッドで篭った感じの音がかなり前面から聴こえる。
狭い部屋で一緒に演奏を聴いているみたいなレトロ感があって、弱音部や緩徐部になると親密感が強い。
後期作品集のなかでも、Op.116の《幻想曲集》はあまりは聴かないので、改めて全曲聴いてみると、若い頃に作曲した《スケルツォ 変ホ短調 Op.4》のように、「Capriccio」はほの暗く激しい情熱が渦巻いていて、とてもパッショネイト。
リストのロ短調ソナタの後で聴くと、リストよりもずっと若々しい情熱が迸っているように感じる。
カッチェンの芯のしっかりした線が太めの音と量感・力感のある低音の響きで聴くと、”怒涛のブラームス”みたいな激しさ。
テンポが速くパッショネイトな3曲の「Capriccio」では、スタジオ録音よりも、一気呵成に引き込んでいく急迫感が強く、表現の起伏もやや大きくて、躍動感が増している。
スタジオ録音の方が打鍵も丁寧で演奏の完成度も高いと思うけれど、この放送用セッション録音は、より骨っぽく量感のある音質で重みが増し、ライブ録音に近い張りつめた緊張感と直裁的な激しさが強い。
ゆったりとしたテンポの「Intermetzzo」は、ややデッドな音質のせいか、スタジオ録音よりも内省的な雰囲気がほんの少し強いかも。残響がやや多いスタジオ録音は、ソノリティが美しくしっとりとした叙情感が綺麗。

後期ピアノ作品のなかで最も有名なOp.118の叙情美しい「Intermezzo」。それに夢見るような「Romance」。
スタジオ録音よりも、ややタッチが強いところがあり、音の線がくっきりと明瞭。残響が少ないせいか、より間近で聴いているような親密感がある。
リストの《ロ短調ソナタ》から《幻想曲集》まで、短調でテンションが高い曲が多かったので、この長調の2曲を聴くと心安まるような暖かさと穏やかさ。
ルバートを多用していても、情緒的にもたれることはなく、自然な流れのなかから湧き出てくるような叙情感がとても心地良い。やっぱり、いつ聴いてもカッチェンのブラームスは素晴らしく素敵。

ライナーノートの執筆者Rathertは、「若い頃からカッチェンがブラームスの音楽語法に親近感を感じていたのは、偶然の一致ではない。ブラームスの音楽後生の表現上の激しさと形式的なドラマ性がカッチェンの演奏にマッチしていたのだ。カッチェンのブラームス解釈は、厳しい鍛錬の末に得られるものをはるかに超えた感受性の完璧な例である」と評している通り、カッチェンのブラームスを聴くと、まるで演奏者と曲とが融合したように感じられるのは、ブラームス作品への”天性の感受性”によるものなのだろう。


これはスタジオ録音の音源。
Brahms - Julius Katchen - Klavierstücke op. 118



ブラームス: スケルツォ 変ホ短調 Op.4
いかにも若いブラームスらしい短調の情熱的な曲で、これも好きな曲。
緩徐部分のテンポが、スタジオ録音よりも若干速い感じがする。
どちらかというと、スタジオ録音の方が緩急・静動のコントラストが明瞭に聴こえる。


ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 WoO.80
演奏機会がそれほど多くはないこの変奏曲のライブ録音がdoremi盤にも残っている。
1964年録音(CD2)なので、色彩感とソノリティが豊か。doremi盤のライブ録音よりも音質がかなりクリアで細部も明瞭。
ブラームスのようなほの暗い激しい情熱と相通じるところが感じられて、これはとても好きな変奏曲。
カッチェンの線の太い量感と力感のある音質は、この曲にぴったり。ペダルを踏み続けて弾くアルペジオが美しくもダイナミック。
疾風怒濤の嵐が渦巻くように力強い激しさと、一次的に凪が訪れたような静けさと穏やかさが絶えず交差して、まるで嵐で荒れる夜の情景を見ているかのよう。


ロンド・ア・カプリッチョ「失くした小銭への怒り」
ブラームスの《スケルツォ》、ベートーヴェンの変奏曲と、テンションの激しい曲の後は、とてもコミカルな「失くした小銭への怒り」。
この曲も気に入っているので、いろいろ聴いてみた中で好きなのはソコロフキーシン
いずれも演奏時間は5分半くらい。カッチェンは5分を切る快速テンポ。この速さで、粒の揃った打鍵で鍵盤上を縦横無尽に走り回っているのが、技巧鮮やか。
ソコロフとキーシンに比べると、かなり速いテンポなのに、軽やかなタッチのせいか端正な感じがする。
アクセントとか起伏のつけ方はやや控えめな感じがするので、慌てふためく感じは少し薄いかも。
それよりも、軽やかで可愛らしくて品の良さがあって、子ねずみたちが運動会で一生懸命走り回っているみたい。


シューマン:予言の鳥
シューマンのなかでは珍しく好きな曲。
この曲はica盤のライブ録音があり、それよりも音が良い。
カッチェンの軽やかで柔らかく丸みを帯びた弱音の静けさと、音が沈黙する”間”には、摩訶不思議な雰囲気が漂っている。
残響も少なく、一時的に晴れやかになる長調の部分でも、音量を抑えて表現も動きが少なめで穏やか。
最初から最後まで、叙情性よりも、”予言の鳥”の神秘性を強く感じさせる。


ショパン:夜想曲 第2番Op.9-2、第8番Op.27-2
カッチェンの演奏では、初めて聴いたショパンの夜想曲2曲。
一番ポピュラーなOp.9-2もOp.27-2の両方とも好きな曲ではないし、カッチェンにしては、とてもムーディな演奏なんだけれど、意外にもとても気に入ってしまった。
右手の主旋律は、硬質で粒立ちの良い音で輪郭が明瞭。
ショパン弾きの滑らかなレガートではないせいか、ロマンティックなのに、思いのほかもたれることなく、爽やか。
これだけ素敵なノクターンなら、カッチェンの演奏で全曲聴いてみたくなる。


                      


このCDは音質・選曲・演奏ともとても良い上に、ライナーノートが充実しているのがさらに嬉しい。
既発CDのブックレットには載っていないカッチェンのインタビューが掲載されているし、ライナーノートの執筆者Wolfgang Rathertが分析しているカッチェンのピアニスト人生やメンタリティ、レパートリーの話もとても興味深いものがある。

カッチェンのインタビューは、1962年11月18日付New York Timesに掲載された音楽評論家Alan Richによるもの。
米国人生まれの米国育ちなのに、欧州でピアニストとしての存在感と名声を確立したけれど、米国では15年もの間演奏ステージに姿を見せなかった。それについて、カッチェンが率直に話している。(以下は、英文解説およびインタビューの抜粋要約)

(長らく米国で演奏することがなかったのは)、むしろ、どこで(演奏する)機会があるのかという問題です。私は、ここ(米国)で受けた教育を欧州で受けることはできませんでした。しかし、実際のキャリア形成という点になると、米国よりも欧州の方がより多くのもの-演奏会の日程(concert dates)のオファーやより良く成長するための環境-を提供してくれたように思えます。

今日の米国は、ピアニストにとって世界中でもっとも優れた教育を提供しています。ヒトラーのせいで、偉大な教師たちが30年代に渡米し、今でもその多くが米国に残っています。私は、欧州の音楽院の雰囲気(環境)についてかなり不健全なものを感じています。学生たちにあまりにも多くの競争心を植え付けています。コンクールというのは、学校で行われている賞を競う競技会で、全ての学生たちの頂点に一人のピアニストが上り詰めるものですが、これが学生たちのなかに不健全な態度を生んでいます。
米国では、ピアニストはともに成長するようにまとまっており、友人同士にさえなれるのです。誰かが他の学生の演奏会に行くと、喝采します。パリでは、他人の演奏を聴きに行くのは、自分の首を絞める(失敗する)ところ見ることを期待しているからです。


ここで意外なことは、"カッチェンが欧州を拠点に演奏活動を続けたのは米国の音楽界の雰囲気に否定的だったから"という定説とは違うこと。
文脈からは、それとは逆に、欧州の音楽院のドライな競争的雰囲気は不健全で、友人同士にさえなれる米国の音楽院の方がむしろ健康的だと思っていたように受け取れる。


米国では、学生はピアノ教育の偉大な伝統に加わることができます。ロシアのヴィルトオーソの伝統は、ホロヴィッツのようなピアニストが体現しています。また、ゼルキンは室内楽に重きを置きつつ、古典的なドイツ的アプローチを明らかにしています。米国人ピアニストの多くは、私自身を含めて、両者のアイデアを個人的に組み合わせています。

しかし、欧州で教育を受けてしまえば、演奏家は自己表現(実現)する機会にずっと恵まれています。演奏会の日程やレパートリーのために競争することは米国よりも少ないのです。例えば、昨シーズン、私は24の協奏曲と10種類のリサイタルプログラムで演奏しました。米国では、マネージャーからのプレッシャーのために、もっと少ない数の曲を頻繁に弾くように、かなり制限されることになるでしょう。

米国では、都市や町へやってくるときには、soup-to-nuts(幅広い)プログラムにすることと、聴衆の頭上を越えて演奏しない(理解しにくい曲を演奏しないこと?)ように注意することを勧められます。マネージャーは常に聴衆を過小評価しています。欧州の聴衆の場合は、ずっと洗練されていると信頼されています。さらに、演奏家の成長にとってとても重要なことですが、欧州では同じ都市に何度も演奏しに戻ってくる機会がずっと多いです。その方法なら、自分自身の聴衆を作りあげ、徐々により難しいプログラムを提供することができるのです。

米国の演奏家は、欧州でよく演奏しているプログラムの種類を批判されています。バッハからブーレーズに至るまでざっと見渡したようなプログラムのことです。欧州の聴衆は演奏家が本当にぴったり合っている(close)と感じるものを表現する特化したプログラムを好みます。たとえば、私はオール・ブラームス・リサイタルをドイツでずっと行ってきましたが、それは成功しています。今、ブラームスのピアノ作品全てをロンドンレコードで録音しているところですが、ここでもそのシリーズを演奏したいと思っていますし、聴衆はコンサートにやってくると思います。しかし、眉をひそめて、”バッハの作品はどこにあるんだ?”、”なんてことだ、ショパンがない!” そういうものです。私が言っているのは、聴衆のことではなくて、マネージャーのことです。

しかし、私が”expatriate”(故国を捨てた)と呼ばれることを拒否する理由でもあるのですが、ニューヨークに戻って来たことに大きな喜びを感じています。米国でのキャリアが欠けていることで、私は不完全なのだと感じさせられます。私には、故国が認めてくれること(approval)が必要なのです。確かに、私はすでに名声を得て(established)います。自分の街のタウンホールでデビューする若手ピアニストの”オール・オア・ナッシング”という感情をもって、今週のフィルハーモニックとの演奏会に臨んでいるわけではありません。しかし、米国が、私にとっては存在していないのだというふりをするのは、それと同じくらいに不合理でしょう。



Rathertは、このカッチェンのインタビューについて、こう分析している。

「カッチェンの自信に満ちて実直(scrupulous)な本質が映し出されている。彼は、外面的には全ての成功をおさめているにも関わらず、おそらく、依然として”homeless”(故郷を失った)と感じており、欧州と米国の音楽生活の間に存在するさまざまな文化的・経済的・精神的障壁を打ち負かすことを夢見ていたのだろう」
「同化というより容易な道を、カッチェンは選ぶことはできたが、それは彼の演奏家としてのエートス(気風、精神)に適うものではなかった。そこで、カッチェンは、ブラームスのピアノ作品全集(ピアノが加わっている協奏曲や室内楽曲も含めて)を演奏し録音するという膨大な課題(タスク)に取り組んだ。また、カッチェンのディスコグラフィは、きわめて多様なスタイル(古典~ロマン主義時代、現代アメリカ音楽とガーシュウィンの”Rhapsody in Blue”と”ピアノ協奏曲”といったシンフォニック・ジャズに至るまで)を開拓しようという意欲と大望とともに、この普遍性(universarity)に向けた強い衝動も浮き彫りにしている。彼は、説得力のある解法(convincing Sollution)と解釈を見つけようと試みていた。この探求のなかで、彼の優れたピアニスティックな技術は、それ自体に存在意義があるのではなく、深い知性的・感情的な洞察と音楽との一体化のために捧げられている。」


<過去記事>
ジュリアス・カッチェンにまつわるお話

tag : ブラームス ベートーヴェン ショパン シューマン カッチェン フランツ・リスト

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No title
私も聴きました。
ブラームスのOp.116はインティメットなインテルメッツォとパッションあふれるカプリッチョの対比が面白かったですね。音質はよいのですが、ダイナミックレンジが大き過ぎて、ボリュームの設定が難しいのが残念。Op.118の2曲はもう絶品! 特にロマンツェは素晴らしく、うっとりでした。
Op.118を聴くだけで、このCDを購入する価値がありました。ご紹介いただき、ありがとうございました。
やはりブラームスはいいですね
sarai様、こんばんは。

このアルバム、お気に入られて何よりです。
スタジオ録音よりもややデッドな音ですが、そのおかげで親密感が増した感じがしたのが良かったです。
Op.116は、晩年というより、青年期を未だに引き摺っているようなパッションが溢れていますね。かなり聴き応えのある曲集だと再認識しました。
Op.118から叙情美しい2曲を選曲したのは、やはり向こうでも人気があるのでしょうね。何度聴いてもうっとりする曲です。
ブラームス以外の曲もとても楽しめたので、この音源を発掘してくれた人にとっても感謝です。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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