マリーノ・フォルメンティ 『Kurtag's Ghosts』 (1)

クルターク作品の録音を探していて、とても興味を引かれたのが、マリーノ・フォルメンティの『Kurtag's Ghosts』(Kairos盤)。
Youtubeにあるライブ音源では、このアルバムの抜粋版みたいなプログラムをリサイタルで弾いている。
このライブ映像を聴いて、これはCDで聴いてみたいと思ったくらいに、オリジナリティ溢れる選曲と演奏。

『Kurtag's Ghosts』は、”A musical expedition with pianist Marino Formenti, placing Kurtg in a dialogue with great composers of the past seven centuries. The pianist illumines every piece with his individual interpretation.”とCD紹介文にあるように、過去7世紀にわたるクラシック音楽史に残る作曲家とクルターグとの作品を対話させるかのような選曲と配置。
クラシック音楽通史を意図しているわけではなく、一般的な音楽史とは違う、クルタークという作曲家を通して聴く”私家版”音楽史”のような選曲のオムニバスアルバム。
クルタークの作品と、その曲のなかで追憶されている、または、影響を受けたと連想させる作曲家の作品とを組み合わせているので、その関連性を確認しながら聴き比べることができる。
それに、クルタークの曲も、フォルメンティ独自の視点で選曲・配置されているので、単独で聴いた時には断片的な音だったものが、特定の意味を帯びて有機的な音楽に聴こえてくる。
このアルバムが素晴らしいのは、フォルメンティの独創的なコンセプトと選曲、それに説得力のある演奏によるもの。

Kurtag's Ghosts (Dig)Kurtag's Ghosts (Dig)
(2009/06/09)
Kurtag、Formenti 他

試聴ファイル
レーベルは、オーストリアのKAIROS。現代音楽を主にリリースしているレーベルらしい。ジャケットも現代抽象絵画風でセンスが良い。
収録曲リスト(Naxos/NML)
ブックレット(英文/PDF)[naxosmusiclibrary.com]

ピアノを弾いている48歳のマリノ・フォルメンティは、初めて名前を聞いたピアニスト。
作曲家・指揮者でもあり、ヒューゴ・ゴルフ三重奏団も結成している。(ヴァイオリンは、ウィーンフィル元コンサートマスターのダニエル・ゲーゲ、チェロはウィーンフィル首席奏者のラファエル・フリーダー)
プロフィール

CDに収録されているクルターク作品は、《Játékok》(Games/遊び)の第3巻、第6巻、第7巻より抜粋。
クルタークの《Játékok》は、全8巻。
全曲のタイトルと試聴ファイル(一部あり)が掲載されているのは、「ブダペスト音楽センター」の作曲家データベース
データベースのタイトルリストを見ると
-曲数は、第1巻76曲、第2巻43曲、第3巻42曲、第4巻14曲、第5巻42曲、第6巻43曲v、第7巻34曲、第8巻16曲。
-Játékok (Games) Vol. 1-4 - pedagogical performance pieces - pedagogical collaborator: Marianne Teoke(作曲年:1975-1979)
-Játékok (Games) Vol. 5-8 - diary entries and personal messages(作曲年:1975-2005)
演奏楽器は、ピアノソロ、4手連弾、2台のピアノ、ピアノ&パーカッション、オルガン、など。


クルターク作品以外で取り上げられているのは、バロック~現代まで17人の作曲家で、それぞれ一曲~数曲を選曲。
曲を聴けば誰の作品かは、大体はすぐわかる。わからなかったのは、まともには聴いたことがないギヨーム・ド・マショー、シュトックハウゼンとブーレーズ、それにハイドンのピアノ編曲版。
クルタークの曲自体は、現代音楽的ではあるけれど、数秒~数分と短く、そのわりに曲想・リズム・和声など構造がかなり違った作品も多い。

曲の配列は、クルターク作品と関連性のある作曲家の作品が、(大体は)一群にまとめられている。
各グループとグループ内の曲順の両方とも、時系列に並んでいるとは限らない。
”Hommage”という曲名から作曲家との関連性が明らかな曲と、テーマ(ラクリメ、舞曲など)で関係づけている曲がある。
フォルメンティのよく練り上げたユニークな選曲と配置のおかげ、音楽としてどういう関連性があるのだろう?と考えてしまうので、クルタークだけでなく、他の作曲家の曲まで、集中して聴くようになる。

英文ブックレットには、フォルメンティとPeter Oswaldの対話方式で、クルターグ音楽の特徴、アルバムのコンセプトと選曲理由など、7頁にわたって解説されている。(各作品の解説はあまり詳しくない) (緑色の文字部分は解説を要約してみたもの)


クルターク音楽の特徴は、ほとんど強迫的(obsessive)に近いほど、音楽的伝統とのつながりがある。全般的な音楽史のもつ多様な創造的力(force)と主題(?)(burden)に影響されている。
クルタークのゴーストは我々自身のゴーストでもある。ゴーストというのは、我々と深い関連性のある過去の偉大な作曲家という意味もある。

扱っている形式は多様。アイデア、オブセッション、音楽に関わる人物など。
多数のアイデア、人物を組み込んだクルタークの音楽は、まるで”記憶(Memories)”のように見えるし、記憶の喪失の音楽でもある。

クルタークを弾くことは、現在と共に前身・先行者(ancestor)を把握するプロセスであり、一音一音とのバトル。
彼の作品のなかの音は、それぞれが非常に複雑で多様で、しばしば矛盾し両立しえない。音楽に対する絶えない探求、決して結論されることのない首尾一貫した真実の探求。

”Hommage”というタイトルで明示されているときもあれば、なかば意識的・無意識的に隠されている場合もある。
クルターグの驚くべき点は、実際に引用を全くしていないということ。(非常に少数の例外を除いて。そして、それさえもポストモダンな手法で行われていない。)
ここで登場する作曲家との関係は、しばしば、かなり文字通りに、バイオグラフィカル(伝記的)な性質のもの。

クルタークがウェーベルンと違う点は、素材の信じられないような”heterogeneity”(異種混交)。
クルタークの場合は、非常に小さなスペースのなかでさえ、多くの予期し得ないことが起こる。

《Játékok》は、パースペクティブの創造。《Játékok》のような柔軟性(plasticity)のある作品、繊細なペダルワークを要求する作品を書ける作曲家はほとんどいない。
クルターク作品は、極めて繊細、多様、空間的、ヘテロジェニアス、非分析的。
そのペダルワークは、非常に極端に繊細。ハーフ・ペダル、クウォーターペダル、それ以上に微かなペダル。
かれの記譜法は極めて精密である一方、100%書き記されているものではない。
その点で、過去と深くつながっているもう一つ別のもの。つまり、パズル。解法はないか、少なくとも、決定的だと考えうるものはない。

クルタークの作品(たぶん全て)の多くが、死と関係している。
彼の作品とこのプロジェクトでは、「沈黙」がまさに中心的なテーマ。
彼が音楽を作曲しているのは、その背後にある「沈黙」に気づくようにする目的ではないか。

私(フォルメンティ)は、終わりがまさに始まりだとみなしているので、このプログラムでは、冒頭に戻ってシンプルに始めることができる。”round and round it goes”(ぐるぐると循環していく)。



                   

ギヨーム・ド・マショー:Loyaute que point ne delay(おくれることのない誠実さ)(ピアノ編)
クルターク:Hommage a Farkas Ferenc 2 (Scraps of a colinda melody - faintly recollected)
ギヨーム・ド・マショー:Tres douce dame que j’aour (ピアノ編)
クルターク:Hommage a Farkas Ferenc 4 (Adoration, adoration, accursed desolation…)
クルタークは、実際に、彼の双肩に音楽史の全体を背負っている。
まさにその膨大な時間的隔たりと、その結果生まれる解釈上の不確定性によって、ギヨーム・ド・マショーをプログラム冒頭で弾くと言うのは、私(フォルメンティ)には非常に重要な意味がある。

《Hommage a Farkas Ferenc 2》では、旋律がなかなか消えずに持続する(linger)。
記憶がハーモニーになるように(memory- become-harmony)、ペダルで持続する。


静けさと沈黙のなかから浮かび上がる旋律は、密やかでとても美しい。
マショーとクルタークを続けて聴いても、7世紀の時を隔たりを全く感じないのが不思議。
この曲に限らず、クルタークの作品は一つ一つの音も和声も、その響きがとても美しい。
音がランダムに並んでいるような断片的な旋律であっても、不思議とメロディアスで叙情的で、沈黙でさえ深い意味を持っているかのように聴こえてくる。

Kurtag's Ghosts part 1 - Marino Formenti
ギヨーム・ド・マショー、クルターク、シュトックハウゼン



クルターク:12 New Microludes: No. 12. Hommage a Stockhausen
シュトックハウゼン:ピアノ小品 II Work No. 2
シュトックハウゼンは、ベートーヴェンの最後のバガテルとウェーベルン作品の論理的結果。一つの単音にまで縮減されたなかで、深耕させた蒸留.プロセス。”group composition”。
この手法は、ムソルグスキーのカタコンベでも見出せる。


シュトックハウゼンは、何度聴いてもよくわからない。偶然の音楽とでもいえばよいのか? 予測不可能。
でも、”Hommage a Stockhausen”の方は、なんとなくメロディアス。こっちは面白い。


メシアン:4つのリズムのエチュード - 第1番 火の島 I
クルターク:humble regard sur Olivier Messiaen …
クルターク:Hommage a Pierre Boulez
ブーレーズ:12のノタシオン(抜粋)~No. 10. Mecanique et tres sec,No. 12. Lent - Puissant et apre
メシアン、ブーレーズ、クルタークの作品は、抽象主義と表現主義の特性の間に存在する緊張を反映しているように受け取ることができる。

深い沈黙に沈んでいるようなメシアンへのオマージュ。
ブーレーズへのオマージュは、跳躍し叩きつけるようなブーレーズ風の和音の旋律を挟みながらも、重苦しい沈黙が垂れ込めている。ブーレーズの《12のノタシオン》の2曲を聴いているよりも美しく、印象的。


ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」 ~第8楽章 カタコンブ
クルターク:Hommage a Muszorgszkij (Hommage a Mussorgsky)
ここの音はそれ自身のために存在し、グループとなり、一つの全体とになる。
それぞれの音は異なり、独自の特徴を持っている。長さ、色、ダイナミクスなど。各音は幾分”autonomous”(独立的)だけれど、作品のコンテキストのなかで、一つのストーリーを形成している。


ムソルグスキーといえば、「展覧会の絵」。荘重で色彩感豊かな絵画の音楽のイメージ。
でも、ムソルグスキーへのオマージュは、モノクロームで墓場のように暗澹とした「カタコンブ」に繋がっている。

ムソルグスキー:子供の頃の思い出~ 第2番 初めてのお仕置き
クルターク:12 New Microludes: No. 11. Hommage a J. S. B.
クルターク:Hommage a Domenico Scarlatti
クルターク:Hommage a Farkas Ferenc 3 (evocation of Petrushka)
スカルラッティ:ソナタ ホ短調 K.394/L.275/P.349
クルターク:Hempergos (Tumble-bunny)
クルターク:Otujjas veszekedos (5-Finger Quarrel)
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻 - 前奏曲第6番 ニ短調 BWV 875
”falling motion”では、4音からなるcellが、最初に登場するのは、ムソルグスキーの《子供の頃の思い出》。続く数曲でこれが繰り返し現われる。
このセルは、最も多様な形式なので、いろいろなゴーストを連想させる。《Hommage a J. S. B.》にも現われる。行きつ戻りつという往復運動により、ある種のユニークな不安定性を生んでいる。作曲された”めまい”のような感覚。


ムソルグスキーの「初めてのお仕置き」は焦燥感と不安に満ちた曲で、少し”めまい”的な不安定感があるかも。
バッハ、スカルラッティ、Farkas Ferencへのオマージュ。続けて聴くと、短く断片的な旋律が、一つの流れのように聴こえる。
その次にスカルラッティのソナタを聴いても、なぜかほとんど違和感を感じない。
バッハの《平均律第2巻》の「前奏曲第6番」は、ムソルグスキーの「初めてのお仕置き」に戻ったかのような錯覚。
この選曲と配置には、不思議な連続性と、始点と終点が繋がるような循環性があって、意外だけれど面白く、妙に納得感がある。

Modest Mussorgsky - First punishment (Souvenir d'enfance No.2) - MARGARET FINGERHUT


J.S. Bach: Prelude and Fugue, BWV 875




クルターク:Versetto: Temptavit Deus Abraham… (apocryphal organum)
クルターク:Versetto: Consurrexit Cain adversus fratrem suum…
ハイドン:十字架上のキリストの最後の七つの言葉 - 地震(ピアノ版)
クルターク:Vizozon-szirenak (Sirens of the Deluge - Waiting for Noah)
スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K.197/L.147/P.124

このCDで初めて聞いたハイドンの《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》の鍵盤楽器版は、出版社が編曲したものをハイドンが改訂・監修。
調べてみると、録音は多くはなく、アレクセイ・リュビモフのタンジェント・ピアノ版ブラウティハムのフォルテ・ピアノ版など。

F.J.Haydn - The 7 last words of our Saviour on the cross (1786) - 9 - Mattia Peli, Piano


《Versetto: Consurrexit Cain adversus fratrem suum...》は、まるでハイドンの「地震」への序奏みたい。
続いて、《Vizozon-szirenak》の大洪水のサイレン。
最後のスカルラッティのソナタは、チェンバロ的なノンレガートではなく、柔らかいタッチのピアノがとても叙情的で美しいけれど、天変地異が去った後の廃墟に佇ずんでいるかのように、静寂で悲しそう。


Kurtag's Ghosts part 5 - Marino Formenti
スカルラッティ、クルターク、シューベルト



クルターク:Kosza gondolatok az Alberti-basszusrol (Fugitive thoughts about the Alberti bass)
”fugitive thought”とは、”変わりやすい、一貫性のない、つかの間の、とりとめのない考え”といった意味。
「アルベルティ・バス」とは、イタリアの後期バロック音楽の作曲家のドメニコ・アルベルティが愛用した伴奏の一種。低声部に分散和音ないしはアルペッジョを用いる。最も有名な用例は、モーツァルトの《ピアノ・ソナタ ハ長調》K.545の第1楽章の冒頭。(Wilipediaより)

クルターク:All'ongherese - Hommage a Gosta Neuwirth 60
ほとんど実質的にハンガリー音楽の特徴は見出せないし、それらの要素の冗談めかした(tongue-in-cheek)引用はないのに、ハンガリー風に聴こえてくる。

確かに、バルトークのハンガリー民謡に似たような断片的な旋律が、ときどきエコーしている。


シューベルト:ハンガリーのメロディ D. 817
リゲティ:ムジカ・リチェルカータ - 第8番 ヴィヴァーチェ - エネルジーコ
バルトーク:ハンガリー農民の歌による即興曲 Op. 20/BB No. 2. Molto capriccioso
クルターク:Orosz tanc (Russian Dance)
バルトーク:ハンガリー農民の歌による即興曲 Op. 20/BB No. 5. Allegro molto
ベートーヴェン:11のバガテル Op. 119 - 第10番 イ長調
バルトーク:ルーマニア民族舞曲 BB 68/Sz. 56 - 第6番 アプローソ(速い踊り)
クルターク:Do-Mi D'arab

このプロジェクトがなければ、ベートーヴェンの《11のバガテル Op. 119》の 第10番が、実質的にハンガリー音楽であると言うアイデアは思い浮かばなかっただろう。

リゲティの《ムジカ・リチェルカータ第8番》は、もともと舞曲風なので当然としても、ベートーヴェンのバガテルも、この曲順で聴くと(ハンガリー風?)舞曲の一群としては、それほど違和感なく。

György Ligeti - Musica Ricercata [8/11]



マリーノ・フォルメンティ 『Kurtag's Ghosts』 (2)

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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