*All archives*



海老沢泰久『美味礼讃』
『美味礼讃』といえば、 ブリア=サヴァランの著作が有名。
原題は、『Physiologie du gout ou Meditations de gastronomie transcendante』(味覚の生理学、或いは超越的美食学の瞑想)。
ブリア=サヴァラン(ジャン=アンテルム)[菓子職人・美食家列伝]

どこで見つけたのか覚えていないけれど、同名のタイトルで出ているのは、辻静雄の半生を描いた海老沢泰久の伝記的小説『美味礼讃』。
フランス料理とか美食に特段興味はなくても、次から次へと出てくる登場人物もエピソードもとっても面白くて、一気に読めてしまう。.再読しても、やっぱり面白い。
著者が辻静雄本人にインタビューした回数は50回に及び、多数のエピソードも小説を読んでいるような臨場感があり、”伝記的小説”と言った方が良い。

美味礼讃 (文春文庫)美味礼讃 (文春文庫)
(1994/05)
海老沢 泰久

商品詳細を見る



冒頭は、辻静雄がプライベートに開催している豪華な晩餐会。
辻静雄の料理学校の教官たちが料理、サービスするもので、食材は言うまでもなく、セッティングや什器、家具にいたるまで、超一流のものを選りすぐってもてなす様子が細かに書かれている。
面白いのが、招待客の面々。スノッブな外交官夫妻もいれば、(新校舎建設時に融資してくれた)懇意の銀行支店長とその友人の大学教授もいて、彼らのやりとりが結構笑える。

その後の章からは、辻静雄がフランス料理と出会ってから、調理師学校を設立して、”本物の”フランス料理を知るために数ヶ月間にわたる米国・欧州でフランス料理研究家を訪問したり、一流レストランでの食べ歩き修行。
帰国してからは、調理師学校で自らフランス料理法を教え、フランスから現役の一流シェフを講師として招聘したり、ポール・ボキューズたちによる料理講習会のイベントを開催する。
その傍ら、フランス料理に関する膨大な書籍を蒐集し、本場のフランス料理と一流レストランを紹介する著書を次々に出版。
調理師たちを養成していきながら、日本に”本物の”フランス料理を紹介していく道のりが描かれている。
フランス料理だけでなく、中国料理と日本料理の調理師を養成する話もいろいろ盛り込まれていて、これもフランス料理の話と同じくらいに面白い。


<調理師学校設立と米国・欧州でのフランス料理修行>
卒業後に就職した新聞社を辞めて、花嫁修業が目的の料理学校の跡取りとなり、新しく設立した調理師学校では”本物の”フランス料理を作れる料理人(講師)が日本にはいないことがわかって、フランス料理を知るために米国や欧州へ妻と共に数ヶ月間の旅にでる。
料理学校の経営者で校長を務めるのは、日本料理の料理人である舅。
この人が太っ腹で、今でも結構な大金の500万円を娘婿と娘の海外修行のために、ポンと出してくれる。

米国やフランスで初めて出会ったフランス料理界の人たち-評論家や研究者、料理雑誌編集者に、三ツ星レストランのオーナーに超一流のシェフなど-は、はるばる極東の日本から訪れた若い夫婦に、フランス料理や手作り料理をご馳走したり、次は誰に会えばよいのか紹介してくれたりと、なんと親切なこと。
フランスの三ツ星レストラン”ピラミッド”のオーナーであるマダム・ポワンは、彼らを数ヶ月間ゲストハウスに泊めて、本当のフランス料理の味を覚えさせるために、滞在中は毎日シェフたちが作った料理を食べさせる。
その間の滞在費も食事・ワイン代も一切請求せず、まさに無料研修。
でも、いかに贅沢で美味な料理でも、日本人にとっては生クリームとバターたっぷりの料理はコッテリしすぎて、次から次へと食べていると、胃袋がはち切れそうになり、気分が悪くて、脂汗が流れてくる。
「食べるということがこんなに苦痛なものだとは想像もしていなかった」。
それでも食べ続けるのは、フランスへ来たのは遊びのためではなく、本物のフランス料理の味を覚える勉強のため。
このフランス滞在中にポール・ボキューズと知り合って、意気投合。ボキューズは、その後も辻調理師学校のために様々な助力をしてくれることになる。

フランスの有名レストランを食べ歩いたエピソードで一番印象に残ったのは、片田舎にあってくたびれた居酒屋みたいな外観の二ツ星レストトラン。
料理も地味な店構えに似ていて、パリのレストランで出すような豪華で凝ったものではなく、とてもシンプル。
40センチもあろうかという巨大なオマールエビを真っ二つに割って焼いて、上から溶かしバターをかけただけの料理とか、そば粉を水とバターで溶いて焼いただけのクレープとか。
これが信じられないくらいに美味しい! 食事代はパリの超一流レストランの数倍だが、それだけの値打ちがあると思えるくらいに素晴らしい料理だったという。


<調理師学校での調理師教育と教官育成>
辻静雄の調理師学校といえば、子供の頃にみたTVCMの「僕は料理学校の東大に行く」というキャッチフレーズのコマーシャルがすぐに思い浮かぶ。
このコピーを書いた人が誰なのか知らないけれど、本書を読むと、他校よりも高額な授業料でも、入学者がどんどん増えていくのは、”本物の”フランス料理を教えるという授業内容がしっかりしているから。
「料理学校の東大」というのも大げさな表現ではないとわかる。

授業料は高いけれど、教育内容が飛びぬけて良いので、学生がどんどん集まってくる。
辻静雄がフランス滞在中に学んだフランス料理の料理法や、食べ歩いた有名レストランの料理を紹介した本を次々に出版し、それが他校の教科書に使われることが、調理師学校の宣伝にもなっていた。
辻のように海外での豊富な経験と人脈を持っていない他校の経営者には、とても真似のできない教育だった。
東京校設立を役所に申請しても、業界団体の調理師学校協会から妨害を受けて認可がなかなか下りず。
しかし、、それがフランス校設立へ繋がり、調理師学校は順調に拡大・発展していく。

調理師学校の学生や教官にまつわるエピソードもいろいろ。
フランス料理、中国料理、日本料理の各部門をまかせられる人材に、料理の真髄を習得させるための修業法がそれぞれ違っている。
フランス料理は、辻静雄自らが教官となり、後には、フランス人の一流シェフを教官に迎える。学生は、フランスの有名レストランでの研修や、後に設立されたフランス校で学ぶこともできる。
教官たちにも、最新のフランス料理を知るために、フランスの有名レストランを食べ歩くという研修がある。

中国料理は、日本料理から転向した卒業生の新米教官が台湾修行。
辻は中国料理のことはわからないので、この教官に一切まかせてしまう。
この人が極めて有能な人材だったので、すっかり本場の中国料理をマスターして戻ってきた。

日本料理は、フランス料理専門の辻静雄には手薄な分野。
たまたま米国の料理雑誌の編集長が来日したときに案内した吉兆で、編集長が不思議に思った料理の作り方に対して彼は全然説明できなかった。
自分が日本料理について知らないことを恥じた辻は、それから大阪にいるときに時間があれば吉兆に通いつめる。1年のうち述べ7ヶ月ほど。
吉兆も、これだけ通ってくる客はいなかったので、料理人のなかから数人を辻専属として、毎回違った料理を出していく。
この時は、日本料理の教官も同伴して、辻静雄は質問攻め。なぜ吉兆のごま豆腐は真っ白なのか、お吸い物のはまぐりがやわらかいのはなぜか、とか。
その質問に答えられなかった教官は、何度も試作してはいろんな料理法を試して、ようやく答えを見つける。


<TV番組『料理天国』>
辻調理師学校が提供していたTV番組『料理天国』のエピソードも載っている。
この番組は子供の頃に良く見ていた。私の記憶では、毎週土曜日の6時から毎日放送で放映していた。
司会が西川きよしと芳村真理、食べるのが専門のゲストとして、レギュラーが元力士の龍虎。他にも、松岡きっこや、毎回変わるゲストがいたかも。
番組はフランス料理が多く、調理を担当していたシェフは辻調理師学校教官の小川先生。
本書では、その小川先生をモデルにしたらしき「小宮哲夫」という教官にまつわる話もいろいろあり、小説の終盤では、彼が独立してフランス料理店を出すエピソードが載っている。
小説では、このお店は大失敗に終わる。こういう顛末だったのかとちょっと驚いたけれど、小川先生について調べてみると、このエピソードはどうやらフィクションらしい。(<参考情報>参照)
※本書のモデルは辻静雄でも物語は架空もの..という但し書きがついているので、他にもフィクションの部分がいろいろあるだろうから、ノンフィクションの伝記ではなく、”伝記的小説”と思って読んだ方が良さそう。



<「フランス料理講習会」>

調理師学校のエピソードの中でも、ハイライトは、フランスで先進的な料理人ポール・ボキューズなど3人の超一流シェフを招聘して行った「フランス料理講習会」。
日本のフランス料理のシェフたちから応募が殺到し、ホテルオークラの料理長は講習会で行う実演調理のアシスタントに志願してくるというから、凄い。
今では、フランスへ料理修行することも珍しくはないけれど、当時は、海外渡航はもちろん、日本で有名なフランス料理のシェフから料理法を直接学べる機会はなかった。
たとえば、当時日本では使われていなかったフードプロセッサーを、ボキューズたちがフランスから持ちこんで調理実演すると、手間隙かけてすり鉢で摺っていた日本人シェフたちから、購入方法を教えて欲しいと休憩時間に問い合わせが殺到。
料理法だけでなく、フランスでは普通に使われている調理器具さえも、日本では珍しいものだった。

調理師学校は順風満帆だったけれど、辻静雄の方はあまりの美食がたたって、健康診断で尿酸値が危機的レベルになったため、医師から食餌制限を申し渡される。
贅沢な食材をふんだん使った油脂たっぷりの料理を日常的に食べていたから、無理もない。

最初から最後まで、興味がつきないエピソード満載で、日本のフランス料理と調理師教育の歴史を知ることもできる。
フランス料理だけでなく、中国料理・日本料理に関するエピソードも多数盛り込まれているので、そういうプロの料理の世界には全く縁のない私でも、何回読み直してもいつも面白くて一気に読んでしまう。



<参考情報>
辻調グループとは/創設者 辻静雄[辻調グループ 学校案内サイト]

株式会社キッチンエヌ 代表取締役 中村新インタビュー
「母校、辻調理師学校の先生に、小川忠彦という人がいました。TBSの「料理天国」というテレビ番組にも出演していた花形シェフ。彼が学校を辞めて独立することになり、シェフとして補佐役を頼まれたんです。
今まで東京にしかなかったようなメジャーレストランが、関西で初めてできるということで業界大注目の中、大阪・北新地の一等地に店は完成、スタッフも揃い、いよいよ開店、というところで小川先生が癌で亡くなってしまいました。あまりに突然のことだったので涙も出ませんでした。店のスポンサーだった会社の社長が「君がやりなさい」と全面支援していただき、お店は開店。がむしゃらに頑張って、お店は高い評価を得ることができました。」
※これを読むと、小説に登場する「小宮哲夫」の独立話とはかなり違っていて、小説の方はかなり脚色されたフィクション。

米国を代表する美食作家M.F.K.フィッシャー[朝日新聞DIGITAL]

辻静雄のこと―食を文化にした、フランス料理の伝道者[中嶋英雄のグルマンライフ]

このブログ記事で紹介されていた「辻静雄」のムック本。

辻静雄 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)辻静雄 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
(2014/04/17)
河出書房新社

商品詳細を見る

tag : 伝記・評論

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。