「クリストフ・エッシェンバッハがみずからの言葉で語る」 

2014, 07. 22 (Tue) 12:00

エッシェンバッハの公式ホームページは、<年譜および写真>情報が日本語訳にもなっているので、エッシェンバッハの生い立ちから、ピアニスト、そして指揮者となった道筋がよくわかる。

エッシェンバッハの若い頃のショパンやシューベルトを聴いた評論家のなかには、こんなピアノを弾いていたらそのうちピアノを弾けなくなってしまう....とか心配した人もいたらしい。
その後、もともと指揮者を目指していたエッシェンバッハは、ピアニストから指揮者へと転向してしまった。
それでも、コンチェルトを弾き振りしたり、室内楽曲や歌曲のピアノ伴奏をしたりしている。ピアノソロは少ないみたいで、シューベルトのピアノ・ソナタD960を再録音しているくらいだろうか。

年譜: 1940年 | 1950年 1950年 | 1960年 1960年 | 1970年1980年 | 1990年 1990年 | 2000年 2000 |

それぞれの年代ごとに、「クリストフ・エッシェンバッハがみずからの言葉で語る。」という、ミニ自伝が載っている。
- 幼少期と最初の音楽体験 
- 音楽がわが人生
- ピアニストとしてのキャリア始まる
- 指揮者になる夢かなう
- アルプスから油田まで――おのれのレパートリーを固める
- ヒューストン――世界に通用するオーケストラを創り上げ20世紀音楽を征する
- フィラデルフィアとパリ

特に強い印象に残ったのは、「私は悲惨な過去の生活のせいで口をきくこともできなくなっていたのである。......私がまた口をきくことができるようになったのは、(ピアニストである義母)に自分でも音楽を演奏したいか、と尋ねられて「はい」という言葉を発したときだった。私の過去はまさに表現することを熱望していたわけで、音楽がそれを与えてくれたのだ。音楽がはけ口となったわけだが、それはまた過去をより理解するための門口ともなってくれたのである。通常幼いこどもにとっては単に興味をそそるものとしてとらえられているだけのもの(音楽)が、私にとっては強迫観念となり、また、再び目覚めた生への渇望のなかでみずからの存在理由ともなったのだ。私は自分が救われ、生まれかわったかのように感じたのである。」

彼の若い頃の録音を聴くと、ピアニストの閉ざされた内面世界を聴いているような気がする。
絵画で言えば、「表現主義」的なイメージに近い。
もし、ごく普通の幼少期を送っていたとしたら、果たしてピアニストになっていただろうか、とか、もしピアニストになっていたとしても、その演奏は録音で聴いているものとは同じではなかったかもしれない、とか、いろいろ考えてしまった。


<関連情報>
エッシェンバッハが70歳の誕生日記念として、パリで行ったコンサートのライブ映像(2010.2.20)。
プログラムは、パリ管を弾き振りしてモーツァルトのピアノ協奏曲第12番(K.414)と第23番(K.488)。全曲聴けます。
「エッシェンバッハの弾くモーツァルト」のコメントで教えていただきました。どうもありがとうございました)


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