真夏に寒気がする(かもしれない)曲 

2014, 08. 02 (Sat) 18:00

ペンデレツキ:広島の犠牲者に捧げる哀歌
ペンデレツキがトーン・クラスターを駆使した前衛期の代表作《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960年)。
もともと単なる哀歌として書かれた作品であって、曲名は日本初演時に後からつけたという。
冒頭では、虫が蠢いているような弦楽の旋律や、虫たちが意味不明の言葉で喋っているような旋律が現われて、肌がむずむずするような気味悪さ。
続いて、ブラックホールか何かに吸い込まれていくような音は、眩暈がしそう。
21世紀に入って書かれたロマン派風のピアノ協奏曲「復活」を書いた作曲家の作品だとは、とても想像がつかない。
聴きやすい音楽とは到底言えないけれど、一度聴いたら忘れられないほどに印象は強烈。
普通イメージする「哀歌」とは全く異質で、まるで異性人の世界の音楽を聴いている気がしてくる。

Penderecki: Threnody for the Victims of Hiroshima




スクリャービン:ピアノ・ソナタ第9番「黒ミサ」Op.68
ピアノ・ソナタ第5番以降、神秘主義的作風になったスクリャービンの代表作の一つ。
オドロオドロしさは稀薄な第7番「白ミサ」とは対象的に、「黒ミサ」はタイトルからして不気味。
「黒ミサ」(Messe Noire)とは、 サタン崇拝者の儀式のこと。スクリャービンが付けたものではなく、通称。
秘められた儀式の妖しさとオカルトっぽさが横溢するこの曲に、まさにぴったりのタイトル。
随分昔に何度か見た、ミッキー・ロークとロバート・デニーロが出ていた映画『エンゼルハート』を思い出す。(この映画はほんとにオカルティックだった)
昔はスクリャービンの第5番以降のソナタは全然好きではなかったのに、今聴いてみると、この種の音楽に耳が慣れてしまったせいか、「黒ミサ」の妖しげな魅力に幻惑されそう。

Sokolov plays Scriabin - Black Mass Sonata: Piano Sonata No. 9, Op. 68 (1912-13)




シマノフスキ/メトープ-ピアノのための3つの詩曲~第1曲「セイレーンの島」
「セイレーン(Seiren)」とは、ギリシア神話にでてくる海の妖精。
上半身が美しい人間の女性の姿、下半身は鳥の姿で、美しい歌声で船乗りたちを惑わして、船を沈没させる。島には船乗りの白骨が散乱していたとか。
セイレーンの歌声のように、海のようなしっとり水気を帯びたソノリティと波の動きのような旋律が心地良くてうっとり。

Karol Szymanowski - Metopes, Op. 29 (1/2)




アルカン:海辺の狂女の歌
スティーブン・ハフの『French Album』に収録されていたアルカンの《長調と短調による25の前奏曲》第8曲。
タイトルのイメージの如く、ゾクッとする不気味な音楽。
ゆったりとしたテンポで、ゴンゴンと底から鳴り響くような低音のオスティナートは、死刑囚が断頭台へと一歩一歩近づいているような情景が浮かんできて、ちょっと怖い。
途中で、突如テンションが高まって暴走するように、一瞬アッチェレランドしてから再び元のテンポへ戻るところは、錯乱しかけたような危うさ。

Charles Valentin Alkan - La Chanson De La Folle Au Bord De La Mer Op.31 No.8 - RONALD SMITH




ラヴェル:夜のガスパール~第2曲「絞首台」(絞首台)
貧困と病気がもとで34才で夭折した詩人アロイジウス・ベルトランの散文詩集『夜のガスパール:レンブラントとカローの想い出に贈る幻想』に触発されて、ラヴェルが作曲したという《夜のガスパール》。
不気味なタイトルの「Le Gibet」(絞首台)という詩は、まるで絵のように情景や色彩が鮮やかに浮かんでくる。
ベルトランの詩「Le Gibet」(日本語訳)[Other Leaves, Other Voices]

音楽自体はオドロオドロしいというよりは、夜の霧が立ちこめたように陰鬱。
高音でリズムを変えつつオスティナートされる変ロ音と、低音や高音で現われてくるいろいろな旋律が絡み合って、とっても詩的で、時に幻想的。
音楽を通して、物語(詩)を聴いているようでもあり、(《展覧会の絵》のように)絵画を見ているようでもあり。

Arturo Benedetti Michelangeli - Ravel 1975



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