マリア・ユーディナのリスト録音 ~ 《前奏曲とフーガ BWV543》、《バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」による変奏曲》

マリア・ユーディナの録音はかなり個性的な演奏で、まるで怒りをぶつけるかのようにタッチが強く鋭すぎて、聴き疲れることがある。
逆に、その力強さと無骨さが素晴らしさにつながっている曲もあり、数少ないリスト録音もその一つ。

一番好きなのは、バッハのオルガン曲を編曲した《前奏曲とフーガ イ短調 BWV 543》。
1952年のスタジオ録音に比べて、1954年のライブ録音は、タッチに少々荒っぽく無骨なところはあれど、強い求心力と力強さで骨太な演奏。
わき目もふらず、目的に向かってひたすら前進していくかのように、一直線に突き進んでいき、緊迫感と白熱感に満ちている。
この曲をこれほど揺るぎ無く確信に満ちて弾ける人はそうそういない。
何度聴いても、このユーディナの演奏には、じわ~っと浸みこんでくるような深い感動がある。

Maria Yudina plays Bach-Liszt Organ Prelude & Fugue, BWV 543



同じくらいに深く感じるものがあるのは、リストのバッハ編曲(というよりも、バッハ作品をモチーフに使ったオリジナル作品のような)《バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」とロ短調ミサ曲の「十字架につけられ」の通奏低音による変奏曲 S180/R24》(1862年)。

作品解説:「音楽作品と宗教~フランツ・リストのピアノ作品に見られる宗教性」(片野 郁子,宮崎学園短期大学紀要/Bulletin of Miyazaki Gakuen Junior College,(4),29-41 (2011) )[PDF]
楽譜[IMSLP]

この曲は、ワイマールからローマに移住したリスト晩年(1860年~)が始まったころの作品で、オルガン版(S673)もあり。
1862年に長女ブランディーヌが亡くなったことがきっかけで、この曲が書かれたと言われている。

バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき BWV12」の第2曲に出てくる通奏低音をモチーフにして作られた冒頭主題は、低音の和音が厳粛で威圧的な力強さがあり、畏れを抱かせるような絶対的な何かも感じられる。
ピアニスティックで華やかなリストのイメージとは随分違った雰囲気が漂う。
緩急・静動の落差が激しい変奏により、緊張と弛緩が何度も交代してメリハリ強く、内面のドラマが壮大に展開していくように劇的。
第1変奏は高音の単音の旋律で始まり、静寂で悲しみが漂い、内省的。徐々に和音が増えて音の厚みが増し、加速しつつ第2変奏に。
Quasi Alegroの第2変奏は、何かに追い立てられるように急迫感が増し、感情が奔流するような激しさと切迫感で張り詰め、鍵盤上で(モチーフのような)下行を繰り返し、第3変奏では急展開するようにアルペジオが鍵盤を上下する一方、和音は下行を繰り返し、徐々に減速して、やがて気力が尽きたように、Lento Recitativoに。
冒頭のようなゆったりとしたテンポと静寂さのなかで、つぶやくように単音の旋律が流れる。
再びQuasi Allegro Moderatoが現われてクライマックスへ向かい、最後のCoralでは、嵐が過ぎ去ったように明るく穏やかに。魂が浄化したような晴れやかさが神々しい。

ブレンデルは著書『音楽のなかの言葉』でこう言っていた。
「つねに何かを表現しながら音楽的展開をみせる作品の一例として、変奏曲《泣き、嘆き、悲しみ、おののき》をあげたいと思います。ここでリストは、バッハのカンタータの低音部の動機と冒頭の言葉を用いています。この言葉がもつ精神的な意味合いが、半音階がコラールの形で解決する前に音楽的な表現に印象深く転換されています。コラールは確信的に弾かなくてはなりません。」

ミッチさんのブログ《フランツ・リストに花束を》の記事「リヒテルは語る ~ユージナのバッハ変奏曲~」で、ユージナの演奏を評したリヒテルの言葉が紹介されていた。
ユーディナの演奏は、暗い音色と力強く骨太のタッチが岩のようにゴツゴツとして荒々しく、厳しく、緊迫感に満ち、弱音部は内面に沈潜していくような静けさで瞑想的な雰囲気。
”まるで儀式を執り行っているようにピアノを弾いた”という言葉通り、深い信仰心を持っていたユーディナの演奏は、畏敬の念や祈りのような宗教的なものを感じさせる。

Liszt - Variations on Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen - Yudina


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タグ:バッハ フランツ・リスト ユーディナ

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コメント

感動しました

感動しました。
お休みの日にじっくり聴けてよかったです。
いつも良い音楽を紹介くださり、ありがとうございます。

名曲にして名演です

Kaz様、こんにちは。

ユーディナの録音のなかでも、この2つのリスト作品は素晴らしく思います。
同感していただいて嬉しいです。

《前奏曲とフーガ》は有名な曲で録音も多いですが、「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」変奏曲の方はあまり知られていないですね。私も最近初めて聴きました。
静寂さと陰翳が濃く、それまでのリスト作品のイメージとはかなり違いますが、リスト晩年の作品らしい宗教性と内面性の強い名曲だと思います。

こんにちは。
ブログ仲間が一時期ひんぱんにユーディナを取り上げていたので気にしてました。聴くのは初めてかもしれません。ご紹介ありがとうございます。力強いタッチですね。鉛筆なら折れてしまうような。とても面白く聴きました。amazonでは廃盤なのですね~。

 

芳野様、こんばんは。

たまたま初めてYudinaを聴いた時には、やたらにタッチが強くて荒っぽいピアノを弾く人だなあと思いましたが、『ショスタコーヴィチの証言』でユーディナのエピソード(スターリンとモーツァルトのピアノ協奏曲録音の話)を読んで興味を持ちました。
いろいろ聴いてみると、ピタっと波長があう曲を聴くと素晴らしいのですが、愕然とする演奏も多々あり、極めて個性的なピアノを弾く人です。

ユーディナのBOXセットは、Brilliantから2種類(3枚組と8枚組)が出てますが、両方とも廃盤のようですね。
他には、昨年と一昨年に、Veneziaから分売盤をまとめた廉価盤BOXが発売されてます。ライブ音源を多数収録しているので、CD枚数が多いです。タワーレコードで取り寄せ販売中です。
ライブ音源は、以前ユーディナのファンサイトで無料公開されていました。
たぶんBOXセットはこの音源と同じですから、音質の悪いものがかなり多いと思います。

こんにちは。
この前、Hyperionから出ているバッハ/リストのCDを手に入れました。レスリー・ハワードが弾いていて、前奏曲とフーガ6曲と幻想曲とフーガが併録されているやつです。

ハワードの演奏も悪くないのですが、ちょっと硬いんですよね。聴き比べると、やはりユーディナやワイセンベルク、コロリオフの演奏の方が好みですね。

それにしても、バッハ/リストの前奏曲とフーガが全て収録されているレコードは本当に少ないですね。kyushimaさんお薦めのジェームズ・トッコ盤は廃盤で入手困難みたいですし。トッコ自体マイナーなピアニストですので、再発も難しいでしょうね。

コロリオフやハフ、エル=バシャあたりがCDを出してくれないかな、と密かに期待しているのですが。

 

かかど様、こんにちは。

レスリー・ハワードの演奏は、ロマン派的な流麗さや叙情性を強調せず、バロックに近い感じがします。
BWV543のフーガは、ノンレガート風のクリスピーな弾き方が面白いですね。

「前奏曲とフーガ」は、前奏曲はどれもだいたい好きなのですが(特にBWV543と548)、フーガはBWV543以外はほとんど印象に残っていません。
ハワードのCDの最後に収録されている幻想曲もドラマティックでいいですね。

今までの録音歴から考えると、ハフは全曲録音しないでしょう。
もしかしたら、(可能性は低いと思いますが)コロリオフはバッハシリーズとして録音するかもしれませんが。
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好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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