ペーター・レーゼル『楽興の時~ピアノ小品集』

2015.06.09 12:00| ♪ ペーター・レーゼル
予定よりもずっと早く届いたレーゼルの『楽興の時~ピアノ小品集』。
新譜情報が公開されてから、収録曲リストや試聴ファイルを見つけるたびに記事していたので、4回目にしてようやく最後の記事。

選曲と曲順はレーゼル。最初はバロック、次に古典派、最後は現代、それに挟まれているのがロマン派音楽。
いかにも技巧華やかでピアニスティックなのは、レクオーナの《スペイン組曲》くらいという、シンプルな曲が並んでいる。
この選曲でちょっと妙なのは、ロマン派のなかでブラームスの曲が全然入っていないこと。
ブラームスの後期ピアノ曲Op.117-1は、レーゼルのアンコール曲の定番なのに。
もしかして、ブラームスのピアノ作品集の録音計画があるので、この小品集には入れなかったとか?(と勝手に想像して期待している。)

SACDモードで聴かなくても、(録音場所の)ルカ教会のほどよい残響とレーゼルの柔らかなピアノの音色がとても美しい。SACDだともっと綺麗なのかも。
いつものレーゼルと同じように、特別変わった解釈をしたようなところはないのに、今まで何度も聴いてきた曲でも、磨き直してきらきらと輝いた宝石のように、とても新鮮。
AKGのモニター用ヘッドフォンで聴くと、柔らかなタッチで微妙なニュアンスをかもし出す音色と表現の繊細さがよくわかる。
揺るぎ無く精密な打鍵と透明感のある伸びやかな音は、明晰なのに温かく心地良い。
肩の力をすっかり抜いた自然体のような演奏のなかに深みと豊かさを感じるせいか、聴き終わってみると、ピアノ小品集といえども、ベートーヴェンのピアノソナタ集を聴いたときと同じように、ずっしりと心に残る。
不思議なことに、短い曲なのに聴き返すたびに新しく気がついたり、印象がちょっと変わったりする。
何よりも、柔らかい音の響きと自然な流れの音楽に包まれるのがとても心地良くて、いつまでも、何度でも繰り返し聴いてしまう。


楽興の時~ピアノ小品集楽興の時~ピアノ小品集
(2015年06月03日)
ペーター・レーゼル

試聴ファイル(e-onkyo.music)


冒頭のバッハの「ガボット」は、小さなリボンをつけた女の子が踊っているみたいにとっても愛らしい。最初の部分を少し聴いただけで、やっぱりCDを買おう!と直したのだった。

聴くのも練習するのも昔から嫌だったモーツァルトの「トルコ行進曲」
やっぱり最初はとっつき悪かった。でも、第6~8小節1拍目のの複前打音や、第45小節冒頭の2つの8分音符(アクセントとスラーがついている音符)の弾き方がとってもカッコ良かったりして、細かい部分に注意して何度か聴いていたら、結構楽しめてしまった。

大人の深い憂いに満ちたベートーヴェンの「エリーゼのために」
対照的に、軽やかで優しげなタッチで明るく愛らしい「ロンド」
「ロンド」は5分半の曲とはいえ、展開もそれほど単純ではなくて、ベートーヴェンらしいモチーフが次から次へと現われて、まるで凝縮されたソナチネみたい。
レーゼルが弾くベートーヴェンは、ピアノ・ソナタでなくても素晴らしく思うけれど、私の好みから言えば、「エリーゼのために」(もともとあまり好きではないし)よりは、「ロンド」の方がベートーヴェンらしくてレーゼルには似合っているような気がする。

リサイタルではショパンを弾いているのかもしれないけれど、録音は全くない(はず)なので、この「ワルツイ短調」(Op.34-2)が初めてのショパン録音。
レーゼルが弾くと、メロウなショパンとは違い、緩いルバートで微妙にテンポが揺れてももたれることはなく、タッチも明瞭で力強くて、感傷的なところは感じない。ショパンらしいワルツとは違うのかもしれないけれど、明晰でさっぱりした叙情感が爽やか。
レーゼルのショパンなら私にはとっても合いそう。もっといろいろ聴きたいから、いつか録音してくれないかな?


全然好きな曲ではない(なかった)メンデルスゾーンの「春の歌」が、レーゼルが弾くと、蝶が舞うように軽やかで優雅で、とても素敵。
粒立ちが良いのに淀みなく流麗で、(ピラミッドみたいに)積み重なっていくアルペジオの柔らかくてふんわりした響きが、とても優美で品が良い。

グリーグの《抒情小品集》から2曲。
「小人の行進」の原曲名は「トロルの行進」。トロルとは、北欧の伝承に登場する妖精。
Wikipediaの解説によると、「当初は悪意に満ちた毛むくじゃらの巨人として描かれ、それがやがて小さい身長として描かれている。変身能力があるのでどんな姿でも変身できる。どのような存在であるかについては様々な描写があり、一定しない。ただし、鼻や耳が大きく醜いものとして描かれることが多い。」
あのムーミンの本名は、「ムーミントロール」なのだそう。
オバケ?それとも愛の専門家?怖くてかわいい北欧の妖精「トロール」 | キナリノ

ノルウェー人ピアニストのアンスネスやアウストボと比べて、レーゼルはかなり遅めのテンポの「小人の行進」。
冒頭は、一歩一歩踏みしめて行進していくような力強いタッチとリズム感で、かっちりとした揺るぎない構築感がレーゼルらしい。(好みから言えば、もっと速いテンポの方が面白いとは思うけど)
1拍目の装飾音の弾き方が洒落ているというか、ダンディというか、とってもかっこいい。
軍隊みたいにちょっといかつい感じがするので、日本語の曲名だと”トロル”のイメージが違ってくる。
とても優しげな中間部は、ちょっと休憩中?それとも、可愛い妖精に変身したトロル?


《夜想曲》の方は、夜の闇がたちこめて、北欧にしては生暖かい濃密な空気がしっとりと流れているような感覚がする。
ハフの新譜『グリーグ:叙情小曲集』にも収録されている《夜想曲》と比べると、レーゼルの方がゆったりとしたテンポで線のしっかりした響きなので、叙情感が濃厚。総じてハフの演奏の方がロマンティックだと思っているので、これはかなり意外だった。

シューマン『子供の情景』の「トロイメライ」はどこかちょっぴり淋しそうで、「見知らぬ国と人びとから」は少し不安そうに、(私には)感じられるので、内気でおとなしくてこわがりやさんの子供の心象風景みたい。この淋しさと不安さがずっと強いのが、若い頃のエッシェンバッハの『子供の情景』。

レーゼルの《舟歌》には、ロシアの憂愁みたいなねっとりした叙情感がないので、チャイコフスキーが超苦手な私でも、さらりとした哀感が美しく聴こえる。
突如華やかに高揚する中間部は、線香花火のように瞬く間に消えてしまう。再び冒頭の憂いに満ちた旋律が戻ってくるのが、儚い夢のよう。

シューベルトの《即興曲 D935-2》の主題旋律は、別れを告げているかのようにしみじみ。
中間部は、幸福な思い出を万感の思いを込めて回想するように明るく輝やいている。

レーゼルは、旧東ドイツ時代にウェーバーのピアノ協奏曲集を録音している。
どうしてウェーバーを録音したのか不思議だったので調べてみると、ウェーバーは、ザクセンの宮廷楽長に任命されてドレスデン歌劇場でドイツ・オペラの上演を成功させた人。ドレスデンを拠点に作曲家・指揮者・ピアニストとして活躍した。
それに、レーゼルが教授職にあるドレスデン音楽大学の正式名称は、”Hochschule für Musik Carl Maria von Weber Dresden”。
ドレスデンで生まれ育ったレーゼルにとって、ウェーバーは深いゆかりのある作曲家なので、このアルバムでもウェーバーの「舞踏への勧誘」が入っている。
冒頭は「奥様、お手をどうぞ」という如く、ダンスに誘うような雰囲気たっぷりの旋律。
舞曲に入ると、舞踏会でくるくると優雅に舞っているように楽しそうで、高音がきらきら輝いている。
ショパンの「華麗なる大円舞曲」よりも、ずっとしとやかで品が良い。ワルツ自体があまり好きではないのに、このワルツはとっても楽しく聴ける。

初めて聴いたラフマニノフの「楽興の時第5番」
川がゆるやかに流れているように旋律も和声もシンプルで穏やか。(私が聴いたことのあるラフマニノフの音楽とは随分違っている。)

最後の3曲は、普通のピアノ小品集では聴けないちょっとユニークな選曲。
レクオーナのスペイン組曲『アンダルシア』(全6曲)からの2曲。
アルバムの他の曲とは趣きが違って、スペインの異国情緒豊か。(と思ったら、レクオーナはキューバの作曲家だった)
お弟子さんのピアニスト高橋望さんのブログ記事によると、「マラゲーニャ」は、協奏曲の演奏後、レーゼルが弾く定番のアンコール曲。
レクオーナも『アンダルシア』も全然知らなかったのに、「コルドバ」の旋律はなぜか聴き覚えがある。
レクオーナは、ショーや映画のためのポピュラー音楽も多数書いていたので、どこかで似たような曲を聴いたのかも。
2曲ともパッショネイトでダイナミック。どちらかというと、フラメンコみたいな舞曲風の「マラゲーニャ」よりも、主題旋律が駆け抜けるように颯爽としている「コルドバ」の方が私好みかも。

最後に収録されたシチェドリンの《ユーモレスク》
喩えて言えば、ドビュッシー《子供の領分》のスローテンポな「象の子守歌」に、「ゴリウォークのケークウォーク」のユーモラスさを加えて、いくぶん間が抜けた調子。変てこなところが面白い。


最初、収録曲リストをみたときは購買意欲があまり湧かなかったけれど、試聴ファイルを聴いたとたんに気持ちが180度コロッと変わって全曲聴きたくなり、実際にCDで聴くと期待以上に素晴らしい。
このアルバムのなかで、(曲というよりは)演奏として一番惹かれたのは、なぜか予想外のメンデルスゾーン《春の歌》。
この曲は昔から全然好きではないのに(ピアノで練習するのも嫌だった...)、レーゼルの軽やかで柔らかく優美なアルペジオの響きが、妙に私の波長に合ってしまったみたい。
「春の歌」に次いで、グリーグ「小人の行進」、レクオーナ「コルドバ」は、曲自体が私の好みにぴったり。
苦手のチャイコフスキー「舟歌」とショパン「ワルツ」も、意外なことにかなり好き。
いつも長くて最後まで聴けない「舞踏への勧誘」でも、舞踏会の情景が浮かんでくるように華やかで楽しい。
「ガボット」、「ロンド」、「夜想曲」、「即興曲」、「マラゲーニャ」は、何度でも聴ける。
国内盤のSACD(ハイブリッド)仕様なので、少々お高いけれど、ピアノ名曲集を聴くなら、とてもお勧めのアルバム。

<コンサート情報>
N響オーチャード定期 2015-2016シリーズ/第89回「巨匠レーゼルのピアノで聴くベートーヴェンの真髄」
  指揮:ロベルト・トレヴィーノ
  ピアノ:ペーター・レーゼル
  ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37
  ブラームス:交響曲第2番ニ長調 op.73
  日時:2016/5/8(日)15:30開演、Bunkamuraオーチャードホールにて。

ピアノ協奏曲の演奏会があるなら、来日中にリサイタルも開く可能性もかなりありそう。
レーゼルの公式ホームページにあるスケジュールには、2016年の予定は未掲載。
2015年は、今のところ来日予定は載っていない。(アジアでは、台北でリサイタル予定)
今年のリサイタルプログラムの一つが、ハイドン(Hob. XVI, 52)、シューベルト(D960)、ベートーヴェン(Op.111)の最後のソナタ3曲というかなりヘビーなプログラム。
そういえば、2007年に30年ぶりに行った来日リサイタルもこの3曲だった。そのリサイタルの演奏があまりに素晴らしかったので、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の演奏会と録音が決まったのだった。

タグ:レーゼル メンデルスゾーン シューベルト グリーグ レクオーナ チャイコフスキー

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

コメント

こんにちは。
うふふ。買っちゃいましたね!
一曲ごとにとても丁寧な解説、レーゼルに対する愛を感じます。ブラームスがないのは確かに意外。そのかわりにショパンとチャイコフスキーがありますね。興味深い。
ルカ教会でのセッションというのがまたそそります。

 

芳野様、こんにちは。

試聴ファイルに誘われて、やっぱり買ってしまいました。
ちょっとお高いCDでしたが、大満足です~。
音がとても綺麗です。ルカ教会の音響が良いのに加えて、録音エンジニア(日本人とドイツ人?2人)の録り方も良いのだと思います。

私の気持ちとしては、カッチェンは偏愛、レーゼルは敬愛..という感じですね。
レーゼルの方は、これからも新録音が聴けそうなのが嬉しいです。

チャイコフスキーは、若い頃にピアノ協奏曲第1番だけマズア&ゲヴァントハウス管と録音してます。
レーゼルの公式HPを見ると、ショパンのピアノ協奏曲2曲と”Andante spianato and Grande Polonaise”もレパートリーに入ってますね。
ちょっとイメージに合わないので、リクエストする公演主催者は少ないと思いますが...。
非公開コメント

◆カレンダー◆

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

◆ブログ内検索◆

◆最近の記事◆

◆最近のコメント◆

◆カテゴリー◆

◆タグリスト◆

マウスホイールでスクロールします

◆月別アーカイブ◆

MONTHLY

◆記事 Title List◆

全ての記事を表示する

◆リンク (☆:相互リンク)◆

◆FC2カウンター◆

◆プロフィール◆

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

◆お知らせ◆

ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿と思われるコメントや、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。