吉村昭 『破獄』

暑い最中に音楽を聴こうという気があまり起こらず、今はもっぱら読書。
夏のブックフェア「新潮文庫の100冊」のパンフレットを見ていて、興味を魅かれたのが吉村昭の『破獄』。
さらに、『戦艦武蔵』、『零式戦闘機』、『海の祭礼』、『冬の鷹』、『アメリカ彦蔵』、『大黒屋光太夫』、『高熱隧道』、『プリズンの満月』、『仮釈放』、『落日の宴』、『羆嵐』にエッセイなど、10冊以上立て続けに読んでいる。

吉村昭の小説は数ヶ月前に読み始めたけれど、司馬遼太郎の歴史小説よりも、ずっとノンフィクション的。
ノンフィクションノヴェルや”記録文学”というジャンルになるのか、小説はほとんど読まなくなったノンフィクション好きな私の好みにピタっと合っている。
今まで読んだ吉村作品は、『白い航跡』、『夜明けの雷鳴』、『深海の使者』、『海の祭礼』。
どれも全く外れることなく、一気に読み通してしまうほど面白い。
寝る前に少しだけ.....と思ってうっかり読み始めると、読み終わるまで眠れない。

破獄破獄
(1986/12/20)
吉村昭



『破獄』は、太平洋戦争の渦中、昭和20年前後に4ヶ所の刑務所(青森、秋田、脱獄不可能といわれた網走、札幌)から脱獄・逃避行を繰り返した無期刑囚人をモデルにした小説。
小説中では、無期刑囚人は「佐久間清太郎」と言う名前になっており、他の登場人物もほとんどが仮名。

著者自身は「佐久間」自身に合ったことは無く、公式記録や当時の看守・刑務所長たちへの取材を行っているせいか、本書は、脱獄囚の行動や心理を中心に描写するのではなく、当時の刑務所組織の管理体制や、看守側の立場・行動・心理を追っている。
脱獄方法や逃亡生活も、佐久間自身に語らせる場面は少なく、脱獄後に看守や警察官が検証した過程で説明される。看守たちの立場や視点に立って読むことになる。
『アルカトラズからの脱出』や『ショーシャンクの空に』とかの映画なら、脱獄囚にスポットを当てた方が面白いだろうけど、文字になると、想像しがたい脱獄囚の視点から書かれるよりも、脱獄を防ごうとする監視側(刑務所長や看守たち)の行動を描いた方が面白く読める気がする。

佐久間がいかに天才的な脱獄犯であるかという札幌刑務所戒護課長・亀岡梅太郎の佐久間評。
「佐久間は、学歴などもなく外観的には鈍重な男にみえる。これに対して、十分な教育と経験をそなえた刑務所の幹部や老練な看守たちが、あらゆる対策をねって闘争を阻止しようとつとめてきたのに、彼は意表をついて脱獄する。明治以来、破獄をはたした者は多いが、佐久間のように緻密な計画性と大胆な行動力をそなえた男は皆無であった。」

その佐久間に畏敬に似た感情を抱き始めた自分自身に驚く亀岡は、「彼の人間としての能力は、破獄にのみ集中されている。もしもその比類ない能力が他の面に発揮されれば、意義のあることをなしとげたに違いない、彼が悲運な男にも思えた。」

最後に収監された府中刑務所長の鈴江圭三郎は、佐久間に対して、今までの刑務所とは違って、苛酷な扱いと厳重な監視で脱獄を防ぐのではなく、普通の囚人同様に扱い脱獄しようという気を削ぐ、いわば”北風”ではなく”太陽”作戦をとった。
佐久間は、府中刑務所を脱獄することはせず、模範囚として過ごすようになり、54歳のときに仮釈放された。
佐久間自身が「疲れましたよ」という言葉のとおり、鈴江が考えるに「想像を絶する智力と労力を要する4回の破獄と逃亡生活で、彼の人間としての力は燃え尽きてしまい、脱獄への執念も気力も萎えてしまったのかもしれない。」

あの手この手で脱獄防止対策を講じていったり(結局脱獄されてしまうけど)、他の刑務所に移送する際の異常な手錠・足枷をはめて、多数の看守が監視するなど、いかに看守たちが脱獄・逃亡を恐れていたのか、よくわかる。

脱獄を巡る話以外にも、刑務所行政や特に刑務所内の運営・管理の状況が詳しく書かれている。
- 徴兵による人手不足、戦後は待遇の悪さで看守が集まらず、看守の人材難が顕著。
- 戦況も押し詰まってくると、囚人たちも刑務所外の工場で働いたり、空襲後の焼け跡の遺体処理をしたりと、囚人も貴重な労働力だった。
- 終戦後、多数の軍人が復員し、犯罪も急増していったため、刑務所が定員オーバーの多数の囚人を収容。監視する立場の看守たちの方が、逆に膨れ上がった囚人たちに監視されているように感じるようになる。
- 囚人の集団脱走や相次ぐ暴動など、終戦直後は刑務所内の監視体制や秩序が崩れ混乱する刑務所も出てくる。
- 戦中の看守不足を補うため、囚人に囚人を監視させる「特警隊員」制度の創設。(戦後になって、刑務所を牛耳るような囚人が出てきたため廃止)
- 戦中・戦後の食料不足のときでも、囚人の不満が暴動につながることを恐れて、囚人には(原則として)白米6合が毎日支給されていた。そのうち支給される米も不足して食事内容も悪化するが、それでも、一般国民よりも恵まれた食生活だった。
- しかし、支給される主食は多くても、副食が乏しいため栄養失調になる囚人が多かったため、刑務所内での囚人の死亡率が国民平均よりも高くなっていく。
- 網走刑務所は、敷地内で農産物が豊富に収穫できたし酪農場もあったのでほぼ自給自足。食料事情は他刑務所に比べてかなり良かった。
- 戦後になると、刑務所もGHQの指揮下に入る。GHQは看守たちによる囚人虐待を厳しく追及した。

最後のところで、「巣鴨プリズン」の話がちょっとだけ出てくる。
この「巣鴨プリズン」を題材にして書かれたのが、10年以上後に発表された『プリズンの満月』。


この実在の無期刑囚人は、昭和の脱獄王と言われた「白鳥由栄」。
行刑史では伝説的な脱獄犯だったらしく、本も数冊出ているし、『破獄』はNHKでドラマ化されている。

昭和の脱獄王「白鳥由栄」



ドラマスペシャル「破獄」(1985年放送・ダイジェスト映像)[NHKアーカイブス/NHK名作選 みのがし なつかし主な番組)


脱獄王―白鳥由栄の証言 (幻冬舎アウトロー文庫) :史実とインタビューを元にしたノンフィクション。
脱獄王―白鳥由栄の証言 (幻冬舎アウトロー文庫) 文庫 脱獄王―白鳥由栄の証言 (幻冬舎アウトロー文庫) 文庫
(1999/06)
斎藤 充功


白鳥由栄事件[事件録]

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好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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