津村節子 『紅梅』 

2015, 08. 23 (Sun) 09:00

作家の津村節子が、夫である吉村昭の闘病生活を綴った小説『紅梅』。
夫妻の名前は「育子」と「夫」になっているけれど、小説というよりはほとんどノンフィクションの闘病記。(でもフィクションの部分も混じっているのかも)
舌癌の放射線治療、膵臓癌の摘出手術とインシュリン療法、抗がん剤治療に免疫療法、在宅治療など、闘病の様子を中心に、夫が病気のことを隠しながら続けていた著述・講演・取材活動、デビュー前後からの育子と夫の生活の回想、夫が生前に書いていた遺書の内容など、文字で追うドキュメンタリーのように思えてくる。
小説は3人称(第三者の視点)で書かれているのだけれど、まるで「育子」自身が一人称で書いているように錯覚してしまう。(実際、著者自身が「育子」そのものなのだから、錯覚ではないのだけど)

作家の育子は原稿の締め切りに追われて、夫の看病も十分にできない。
「本当に、小説を書く女なんて、最低だ。」と思ってしまう。

夫の遺作となった作品『死顔』に書かれていた一節。
 
 幕末の蘭方医佐藤泰然は、自らの死期が近いことを知って高額な医薬品の服用を拒み、食物をも断って死を迎えた。いたずらに命ながらえて周囲の者ひいては社会に負担をかけないようにと配慮したのだ。その死を理想と思いはするが、医学の門外漢である私は、死が近づいているか否かの判断のしようがなく、それは不可能である。泰然の死は、医学者故に許される一種の自殺と言えるが、賢明な自然死であることに変わりはない。

入退院を何度か繰り返し、最後は自宅で療養していた夫は、食べることができなくなっていた。
点滴のための管と、首の静脈につなげられたカテーテルポートを使って、栄養を摂っていた。
このまま在宅治療がずっと続いて生き延びていくように思っていた育子。
しかし、突然連絡もせずにやって来た高名な主治医は、もし夫が自宅で亡くなった時にどう対応すれば良いか、家族に告げる。

それから、何日かが過ぎ、夫は止められていたコーヒーとビールを少しだけ美味しそうに口にした日の夜、点滴管のつなぎ目を外し、次にカテーテルポートを自ら引き抜き、「もう死ぬ」と言った。そして、もうほとんど体力も残っていないはずなのに、頭を北向きに変えようとして、ベッドの上で自ら身体を半回転させた。
夫の呼吸が止まったときに育子が叫んだ言葉は、「あなたは、世界で最高の作家よ!」。

夫は、佐藤泰然のように断食することはできなかったけれど、自動的に栄養を送り続ける医療器具を身体から抜き捨てることで、泰然と同じように「食」を断った。自らの意志で最期の時を決めたということなのだろう。

Copland: Old American Songs紅梅 (文春文庫)
(2013/7/10)
津村 節子



書評:『紅梅』 (津村節子 著) 解説 最相 葉月


闘病記というのはあまり好きではなくてほとんど読まないのだけど、この『紅梅』だけは何度も読んでしまった。
なぜかと考えてみると、長年癌との闘病生活を送っていた母親と、最期の頃には数ヶ月間病室に泊まり込んで会社に出勤したり、病室で仕事していた自分のことが、「夫」と「育子」の姿にオーバーラップしてきたから。
普段はほとんど思い出すこともないのに、『紅梅』を読み進んでいくと、その頃の様子や心理が記憶の中からリアルに甦ってくる。


タグ:津村節子 吉村昭

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

0 Comments

Leave a comment