アファナシエフ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番・第31番・第32番 

2015, 10. 16 (Fri) 18:00

私が昔から避けているピアニストは何人かいるけれど、例外的に印象が180度変わったのがアファナシエフ。
ただし、最近の録音に限ってのこと。今になっても、定評あるDENON盤ブラームスなど昔の録音までまた聴きたいとは思わない。
足を引き摺るような遅いテンポと、三途の川に佇んでいるような陰鬱な雰囲気は、私には全然受け入れられない。

今後一生聴くことはないだろうとずっと思っていたけれど、Youtubeでベートーヴェンのライブ録音(2003年、サントリーホール)を聴いてみると、印象がコロっと変わってしまった。(本当に180度転換)
ライブ特有の音の瑞々しさと臨場感が伝わってきて、澄んで伸びやかな音に惹き込まれていく。
テンポも遅めではあっても、昔のような異様さを感じることはなく、不気味な雰囲気も微塵も無く。
逆に、透明感と自由な開放感さえ感じられるくらいに、私には別人のように演奏が劇的に変わっていた。
喩えていえば、内に閉じた世界でのモノローグから、窓が開け放たれて訥々と歌が流れ出してきたかのような。
今年6月の来日公演時のインタビューを読むと、ずっと昔のブラームスを録音した頃とは、内面的に大きな変化があったらしく今から10年以上前の演奏とはいえ、その頃のメンタリティが現われているように思える。
全く予想外に感動するものがあったので、すぐにCDを注文。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30・31・32番 Liveベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30・31・32番 Live
(2004/3/20)
ヴァレリー・アファナシエフ

試聴ファイルなし
 (若林工房のCDには、試聴ファイルがないのが残念。ブラームスの再録音も聴いてみたいんだけど)


どの曲もテンポがリズムが揺らぐので、流麗というわけではないのだけれど、歌があるというか、内面から湧き出すものを感じるので、かえって自然に(英語で言う”spontaneous”という感覚だろうか)に思える。

やや素っ気無さのあるタッチで、時々突っかかって立ち止まるかのようなフレージング、頻繁に揺れるテンポとリズムのために少し崩れた拍節感などは、高橋悠治の演奏に似ている気がしてきた。
作曲もするし、数冊の著書も出している物書きでもあるアファナシエフは、専業ピアニストの演奏とはどこか違っていて、作曲家がピアノを弾くという行為に近いのかも。

第30番は、第1楽章が遅めのテンポとタッチもあまり軽やかではないタッチのせいか、飛翔するような軽やかさがなくて、ちょっと重たい感じはした。(慣れたら気にならないけど)
第2楽章もテンポはやや遅めながら、力感のあるしっかりした打鍵で、第1楽章とは逆に力強さと威厳のようなものも感じられて、演奏が曲想にぴったり。


一番気に入った演奏は第31番。第1楽章は、ゆったりと寛いだような悠然さと穏やかな情感が心地良い。
第2楽章もテンポは遅いけれど、一音一音克明なフレージングで骨格がくっきり。
第3楽章は、遅めのテンポながらも情感過多にならずに静かに淡々としたなかに抑制した悲痛が漂うアリオーソ、訥々とした歌が流れるような爽やかなフーガ、淡い哀感を帯びた2度目のアリオーソとその最後でゆっくりと連打する和音の力強く深い響き、力感過多になることなく柔らかな開放感と明るさがさしこむコーダ。
昔の録音した曲を聴くと、ピアニスト(の解釈や感情)が曲に覆いかぶさって本来の曲とは別物に思えたけれど、今はピアニストが曲と対話しているかのように曲本来の自然な姿が浮かびあがってくるように思える。


ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110 アファナシエフ
(2003年10月27日、Valery Afanassiev, piano live at Suntory Hall, Tokyo)



第32番も全体的にテンポは遅め。
第1楽章は、オドロオドロしいところはなく、曲と真正面に向き合って対峙しているように力強い。緩徐部分はテンポを落として、瞑想のなかに沈むような。
昔のアファナシエフなら、もっと悪魔的というかオカルト的に弾いたかも?
第2楽章で印象的なのは、第3変奏。遅いテンポでもしっかりとした打鍵で力強く悠然と飛翔するように、伸びやかな音が空間に広がっていく。
続く第4変奏もゆったりとした足取りで、高音の響きが幻想的。
最期のコーダの高音も、今まで聴いたどの録音とも違って、別世界からエコーしてくるようなどこか不思議な響きに私には聴こえる。
フレージングは流麗というよりは、跳躍部分で一瞬空白が入ったりして無骨で訥々としたところはあるけれど、なぜか人間らしさが感じられて、技巧優れたピアニストの立て板に水のような流麗な演奏とはまた違った味わい。


後期ソナタの最新録音は、『東京ライヴ2014 ベートーヴェン&シューベルト』。
上のCDよりもさらに11年後の録音なので、今のアファナシエフがほぼリアルタイムで聴ける。
シューベルトの最後のソナタD960と《3つのピアノ曲》をカップリングした2枚組み。
シューベルトは聴かないので、ベートーヴェンだけ分売してくれたら買いたいんだけど。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30、31、32番、シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番、他 アファナシエフ(2014ライヴ)(2CD)ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30、31、32番、シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番、他 アファナシエフ(2014ライヴ)(2CD)
(2015年05月16日)
ヴァレリー・アファナシエフ



ついでに、ベートーヴェンの3大ソナタ集(悲愴、月光、熱情)の録音も試聴。
こちらは後期ソナタのような感動はなかったので、CDは買わない。
ベートーヴェン初期~中期のピアノ・ソナタは、内容・構造とも後期ソナタに比べるとはるかにシンプルなので、アファナシエフの演奏の方が”立派”すぎて、曲を追い越しているような感覚がする。
やはり後期ソナタは凄い曲なのだと改めて思ったのだった。

ベートーヴェン:悲愴・月光・熱情(初回生産限定盤)(DVD付)ベートーヴェン:悲愴・月光・熱情(初回生産限定盤)(DVD付)
(2015/5/27)
ヴァレリー・アファナシエフ

試聴ファイル


<インタビュー記事>
ヴァレリー・アファナシエフ(2015.06.25)[伊熊よし子のブログ]
ヴァレリー・アファナシエフ(2011.09.19)[伊熊よし子のブログ]

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4 Comments

かかど  

こんにちは。

アファナシエフは苦手なピアニストです…好きな方が多いのは分かるんですが、聴いてて気が滅入るので。ブラームスも未聴です。しかし、このベートーヴェンは良さそうですね。ベートーヴェンの30~32番は曲そのものが本当に素晴らしいので、誰が弾いても感動してしまうんですが。

ブラームスの後期作品集は(月並みですが)ルプーをよく聴きます。

2015/10/16 (Fri) 20:08 | REPLY |   

yoshimi  

 

かかど様、こんばんは。

アファナシエフ、人気ありますね~。
ブラームスの後期ピアノ小品集の評価が非常に高いのには驚きましたが、私も聴いていて気が滅入ります。
ブラームスのピアノ曲は、クラシックを聴き始めた頃にルプーをよく聴きました。
今はカッチェンやレーゼルを主に聴いていますが、それでも「2つのラプソディ第1番」はルプーの演奏が今でも一番好きです。
録音が少ない「主題と変奏」もいいですね。

アファナシエフのこの後期ソナタ集は、数ある後期ソナタの録音のなかでも、個性的な演奏だと思います。
テンポはゆったりとしていますが、昔みたいな超スローで陰陰滅滅としたところは全然ありませんし、訥々とした語り口で、自然な趣きと明るさを感じます。
良い意味で予想を裏切られました。

2015/10/17 (Sat) 00:45 | EDIT | REPLY |   

芳野達司  

こんばんは。
なんだかんだいってアファナシエフをよく聴いているのですが、今世紀に入ってから作風が変わってきている気がします。何かがふっきれたような明るさが(といっても彼にしたらですが)出てきたのじゃないかと思います。さらに最近2010年のシューベルトを聴いたらその感をますます強めました。
変態は卒業、ということでしょうか。

2015/10/19 (Mon) 22:39 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

 

芳野様、こんばんは。

1990年代のDENON盤と2000年以降の録音では、随分違っていますね。
私はこのベートーヴェンでも、昔のブラームスの鬱々とした世界とは全然違うように感じました。
感情を込めてウェットに弾くピアニストに比べれば、アリオーソなどでも情念の重たさや過剰さがなくて、全体的にかなり明るく感じます。

これだけ演奏が変わっているということは、アファナシエフの内面のなかで、何か大きな変化が進行中なのではないかと思いますが、彼の著作を読めばそれが何なのかわかるかもしれませんね。
(自筆ライナーノートを読むと、文体とかいろいろ合わないものがあったので、彼が書いた本を読もうとは思いませんが)

2015/10/20 (Tue) 00:33 | EDIT | REPLY |   

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