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スティーヴン・ハフ 『スクリャービン&ヤナーチェク/ソナタと詩曲』
hyperionサイトの発売予定日よりもずっと早くTowerrecordから届いたスティーブン・ハフの新譜『Scriabin/Janacek: Sonatas & Poems』。

English AlbumScriabin & Janáček: Sonatas & Poems
(30 October 2015)
Stephen Hough (piano)

試聴ファイル
 <収録曲>
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第5番 Op.53
ヤナーチェク:『草かげの小径にて』第1集 JW.VIII/17
 われらの夕べ / Naše večery
 散りゆく木の葉 / Lístek odvanutý
 一緒においで / Pojd'te s námi!
 フリーデクの聖母マリア / Frýdecká panna Maria
 彼女らは燕のように喋り立てた / Štěbetaly laštovičky
 言葉もなく / Nelze domluvit!
 おやすみ / Dobrou noc!
 こんなにひどく怯えて / Tak neskonale úzko
 涙ながらに / V pláči
 ふくろうは飛び去らなかった / Sýček neodletěl! 
スクリャービン:詩曲 嬰ヘ長調 Op.32-1
スクリャービン:詩曲『焔に向かって』 Op.72
ヤナーチェク:ピアノ・ソナタ『1905年10月1日、街頭にて』
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番嬰ヘ長調 Op.30
※ピアノ・ソナタと詩曲は、全てスタインウェイで、4年前の2011年に録音。《草かげの小径にて》のみ、ヤマハCFXで2013年録音。


ヤナーチェクは、長い残響で音が重層的に積み重なっていても、ペダルワークが上手いせいか、響きが全く混濁することなく、どの音もクリアに聴こえる。
強弱や緩急のコントラストも明瞭で、弱音は柔らかみと温もりのある響きが美しく、対照的に、遮るように挿入される音やフレーズは強くて鋭い。
音色に冷んやりとした温度感はあるけれど、いつものハフよりも抒情的な”クール”さがやや薄く、情感がより細やかで特に弱音のニュアンスの微妙さも増して、親密感が濃くなっているような気がする。
それでも、情緒過剰なところはなく、淀まずもたれず、感情的に聴き疲れすることがない。
ただし、ハフの演奏解釈どおり、度々レガートな旋律や流れが突発的に遮られ、和声も不安感にも不安定感があるので、暗い予感を孕んだような陰翳と緊張感が漂っている。
そういう点では、フィルクスニーの演奏のような温くもりのある安心感や心地良さはない。
私には、この緊張感が内面的なドラマを見て(聴いて)いるようにとても刺激的でスリリング。逆に聴き疲れする人がいるかも。

フィルクスニー(1989年に再録音したRCA盤)とアンスネスのヤナーチェク録音を聴き直してみると、ハフの弾くヤナーチェクの特徴がよくわかる。
フィルクルニーは霞がかかったような音色に穏やかさと渋みがあって、度々遮るように挿入される音や旋律もハフのような鋭さはなく、全体的にフレージングが流麗。
温もりの音に包み込まれるような安心感と心地よさがあって、緊張感を感じることがなく、やっぱりフィルクスニーのヤナーチェクはとても好き。
昔よく聴いていたアンスネスのヤナーチェクは、テンポがかなり遅かったり、タメがはいったり、感情移入過多で極めてウェット。
残響が重なると響きが混濁してごちゃごちゃした感じがするし、表現自体にはドラマティックなところはあるけれど、今の私には重たすぎる。


この曲集で一番好きな曲の《フリーデクの聖母マリア/The Frýdek Madonna》はとてもドラマティック。
冒頭の和音には静けさが漂い、漣のようなパッセージが終えた後に、ゆったりとしたテンポで一音一音刻みこまれるようにしっかり打鍵される和音が厳粛で劇的。
教会の中で静かに佇む聖母の彫像の姿が浮かんでくるような。
とりわけ素敵だったのが《散りゆく木の葉/Lístek odvanutý》
弱音の繊細で微妙なニュアンスが際立って、優しさや淋しさが交錯してうつろいゆく表情の親密さが何とも言えない。

《ピアノ・ソナタ 「1905年10月1日の街角で」》もヤナーチェクのピアノ曲のなかでは最も好きな曲のひとつ。
第1楽章が流麗な旋律と、激しい和音の連打が交錯して、穏やかさが不安感や不吉な予感に覆われているように、感情の浮き沈みが激しく、ドラマティック。
第2番は、追憶するように内面に沈潜していくような静けさから、徐々にクレッシェンドして感情が激しく揺れ動いていく。

スクリャービンは最初聴いたときは、とらえどころのなさを強く感じたけれど、ハフの解説を読んでからは、腑に落ちるものがあったせいか、音楽がすっ~と自然入ってくるようになった。
《2つの詩曲Op. 32》第1番は、収録曲の中では一番聴きやすいロマンティックな曲で、トロリととろけそうに濃密。
めったに聴かない《ピアノ・ソナタ第5番》は、曲を全然覚えていなかった。
冒頭のオドロオドロしげな序奏後の密やかさがちょっと神秘的。それから後は明るい色調に変わり、飛び跳ねるような音の動きが躍動的。
アムランの演奏で感じるようなメカニカルさや技巧の切れ味の鋭さが前面に出ることなく、音の豊饒さと波のうねりのような湧き上がるような躍動感を感じる。
無調時代の始まりと言われるとおり、次々と転調していく自由さと開放感が気持ちよい。
調和的な和声の厚い響きと温かさがとても心地良く、神経が音の洪水のなかで溶解していくような麻薬的?な快感。
第4番の方が旋律が流麗で、和声の厚みが少し薄くて音が軽やかなせいか、聴きやすさはあるけれど、感覚的な刺激度と曲としての面白さは第5番の方がずっと強く感じる。
何度も聴いていると、第5番の豊饒で明るい和声の響きと躍動感に惹き込まれていく。
神秘主義時代以前の曲は、明るく華やか。対照的に、《詩曲「焔に向かって」》は、神秘主義時代のスクリャービンらしく、陰鬱でオカルトチックで不気味。

ここ数年間にリリースしたハフの新譜のなかでは、選曲・演奏とも私にとっては、”French Album”を上回るベストの録音。
いつも少しばかり感じていたピアニストとしてのハフへの距離感がすっかり消えたくらい。
気が付くと、ハフの弾くヤナーチェクの音楽が頭の中で”Brainworms(脳の虫)”のように鳴り続けている。

Scriabin & Janáček—Sonatas & Poems—Presented by Stephen Hough (piano)


CDのライナーノートの冒頭には、ハフが自ら書いたコメントも載っている。
ヤナーチェクとスクリャービンの音楽的な特徴は対照的。
”ヤナーチェクに特徴的なのは、いつも不安定で心地悪さのある和声語法のなかで、しばしば強迫的に、繰り返し現われる小さな単位(cell)を使っている。”
”スクリャービンは、長い官能的(sensual)な旋律が、強烈な芳香を浴びるような和声に沿って浮かび上がったり、和声の内部に沈み見込んだりして、過剰なくらいに心地良い。
”ヤナーチェクが垂直的なら、スクリャービンは水平的。”
”2人の作品を交互に演奏していると、それぞれの美しさが際立つことに気が付いた。”
”途切れることのなく(uninterrupted)スクリャービン(を聴くこと)はくどく(cloying)なりうるし、ヤナーチェクをあまりにも多く(too much)聴くと疲れてしまうかもしれない。”
”彼らを交互に演奏することで素晴らしいパッチワークが生み出せるし、彼らの対照的な和声は非常に異なっているが、同じくらいに抗い難い魅力があり(compelling)、際立っている(intense)”

ハフの解説を読むと、たしかにスクリャービンとヤナーチェクは対照的なところがある。
ヤナーチェクの曲は、旋律の流れが他の旋律や和音で縦方向に遮られている。
それを垂直的というなら、スクリャービンは浮遊感のある旋律が浮きつ沈みつ連続していくような滑らかさ(それに、つかみどころのなさ)があって、水平的。

ヤナーチェクを聴いていると、旋律や和音がいつも別の旋律と和音で鋭く断ち切られていくせいか、(特にハフの演奏では)いつもピンと張り詰めた緊張感を感じる。
一方で、音色にしっとりとした潤いがあり、さざめくようなパッセージは水滴がしたたり落ちてくるかのようで、温度感は水のように冷んやりとしている。
スクリャービンの旋律と和声には感覚に訴えるような艶やかな官能性があって、それが体にまとわりつくような感触がする。それに、濃密な芳香で噎せ返るような温さがある。

わかりやすい旋律と和声で、明暗が絶えず交錯し、いつも気分的に揺れ動いているようなヤナーチェクの曲なら感情的にシンクロできる。
スクリャービンは、主題や構造がつかみにくくてとらえどころがないし、旋律の動きや和声の響きは、感情に対してではなく、感覚に働きかけてくる。
単純に音そのものを感じるように聴いてみると、音の流れに自然についていけるし、神秘主義に入る前の曲なら不気味さがなく(妖艶さはあるけれど)、明るい躍動感と浮遊感に、和声の響きの心地良さと相まって、感覚をくすぐる刺激的な快感がある。

ハフの言うとおり、スクリャービンとヤナーチェクの対照的な違いを意識しながら聴いてみると、ぼ~っと聴いているよりもずっと楽しめる。
特に、とっつきのあまり良くなかったスクリャービンの曲(ピアノ・ソナタ第5番や詩曲)が、頭のなかのモヤモヤがすっと晴れたようにすんなり聴けてしまう。
どういう風に聴くか(どこに注目するか)という意識の違いで、聴こえ方がずいぶん変わるのが実感できて、我ながら面白かった。


[2015.11.6 追記]
このハフの録音について、”ドラマもパッションもない”と感想を書いている人を見かけた。
聴く人によって随分印象が違うものだと実感。(こういうことはよくあるけれど)
結局、他人はどうであれ、自分がどう感じるかが一番大事なので、このハフの録音から、自分にとって意味あるものがしっかりと聴き取れたのが素直に嬉しく思える。

tag : ヤナーチェク スクリャービン スティーヴン・ハフ

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

愛聴するのはベートーヴェンとブラームス、それにバッハ。ロマン派ならリスト。​さらに現代(20​世紀)の音楽を探検中。特に好きなのはピアノ音楽(ソロ、コンチェルトに室内楽)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなピアノ曲:ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30・31・32番,ピアノ協奏曲第3番&第4番。ブラームス/ピアノ協奏曲第1番&第2番、ヘンデル変奏曲、後期ピアノ作品集。バッハ:パルティータ、フランス組曲、イギリス組曲

好きなヴァイオリン曲:バッハ・ベートーヴェン・ブラームスのヴァイオリンソナタ(ピアノ&ヴァイオリン)、シベリウス/ヴァイオリン協奏曲

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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