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ティムール・ヴェルメシュ 『帰ってきたヒトラー』
最近、ニュルンベルク裁判の本をいくつか読んでいるので、裁判の被告たちの話ばかりではなく、総統のヒトラーに関する本も読書対象に入ってきた。
中学生時代、角川文庫から出ていた『わが闘争』を読んだ記憶はあるけれど、内容は全然覚えていない。
再読しようにも、ずっと昔に引越しで本も処分してしまったので、今は手元にない。
そういえば、長らく(現在の著作権保有者である)ドイツ・バイエルン州が再販を禁じていたこの本も、原著者ヒトラーの著作権存続期間(70年間)が終了するのを機に、とうとうドイツで来年1月に再出版されるという。

ヒトラーに関する本は多数出ているけれど、歴史書・ノンフィクションものが大半。
そのなかでは珍しい小説が『帰ってきたヒトラー』。
原題は、”Sie sind wieder da” (「彼が再びそこにいる、存在している」という意)
ニュルンベルク生まれのドイツ人作者ティムール・ヴェルメシュの著作で、発売当初話題になっていたのは知っている。
その時は関心がなかったので、本を手に取ることもなく終わっていた。
昔読んだ小説以外は、ほとんどフィクションは読まないのだけど、これは歴史ネタということもあり、それに設定も展開も斬新で面白くて、一気に上下巻続けて読んでしまった。

帰ってきたヒトラー 上帰ってきたヒトラー 上
(2014/1/21)
ティムール ヴェルメシュ

<目次>
序章 ドイツで目覚める/1章 2011年8月30日————ヒトラー復活/2章 おたくはアドルフ・ヒトラーに見えるよ/3章 ガソリン臭い制服/4章 ただひとり、私だけの力で/5章 ねえ、サインもらえない?/6章 そのメイキャップはご自分で?/7章 あきれたテレビ/8章 プロダクション会社に採用/9章 ほんとうの名前/10章 骨の髄まで芸人/11章 ドイツ式敬礼、知ってます/12章 アドレス設定狂想曲/13章 愚劣な政治家ども/14章 ふたたび表舞台へ/15章 総統に乾杯!/16章 ユーチューブに出ているんですよ!/17章 アクセス数が70万回を超えました!


帰ってきたヒトラー 下帰ってきたヒトラー 下
(2014/1/21)
ティムール ヴェルメシュ

<目次>
18章 お嬢さん、泣かないでくれ/19章 新聞の一面に載る/20章 謎の女/21章 〈ウサギ耳の犬〉という名のキツネ/22章 あなたはナチスなの?/23章 極右政党本部への突撃取材/24章 孤独なクリスマス/25章 検察に突き出されるぞ!/26章 〈ビルト〉紙への反撃/27章 〈ビルト〉紙の降伏/28章 グリメ賞の受賞/29章 真実/30章 彼が帰ってきた/31章 狂乱のオクトーバーフェスト/32章 陰謀の真相/33章 ネオナチの襲撃/34章 入院の顛末/35章 英雄/36章 また歩き出す



上巻は、現代にタイムスリップして生き返ったヒトラーが、過去とのギャップに遭遇して、珍妙な反応をするところが面白くて、笑える。
下巻になると、(歴史書やノンフィクション、ドキュメンタリー映画などで知っている)ヒトラーの主張が全面に出てくるので、居心地の悪さをかなり感じる。
ヒトラーの知識と思考は(ベルリンの総統地下壕で自殺した)1945年4月以前の状態のままなので、当然のことながら自分の知識・経験・論理の枠組みの中でしか、相手の言っていることを解釈しない。
一方、ヒトラーに接する現代社会の人々の方は、生き返ったヒトラーの言動を、ヒトラーのモノマネ芸人として、自分たちが理解できる文脈で解釈するので、彼らの会話が全然噛み合っていない(と読者だけはわかっている)ままに、話が破綻することなく進んで行く。

人種に関わる言説には辟易するけれど、小説としては、キャラクター設定と独善的なモノローグに、社会や他人に対する観察眼と批評がときに辛辣、ときにユーモラス。
ヒトラーの言葉や登場する人物を通して、いろんな複線や諷刺が込められているくらいはわかるけれど、ドイツの社会的・政治的状況に詳しければ、それが具体的にどういうことなのかわかるのだろうけど。

まず、冒頭のヒトラーの言葉からして皮肉が利いている。
連合国軍によるドイツ全土の都市空爆について、「ほんとうなら私の命令で行うはずだった、インフラの大量破壊という仕事を、アメリカ人とイギリス人が空飛ぶ要塞を使って全面的に代行していた」のは、「命令のすりかわり」だった。
(ヒトラーは戦争末期、敵の連合国軍に利用されないように、ドイツ軍に対してドイツ全土のインフラ・生産施設の破壊命令を出していた)

脇の登場人物たちのキャラクターも面白い。
プロダクション会社の社員では、社長よりも有能で度胸の据わったベリーニ女史、変な名前でちょっと気弱な中間管理職のゼンゼンブリンク、アイデアに富みヒトラーの崇拝者になりそうな若手社員ザヴァツキ、黒尽くめの服装で青白い化粧の秘書クレマイヤー嬢。
その他には、過去から目覚めて宿無し・文無しのヒトラーの面倒を見た親切なキオスクの店主。
特に、彼らと会話のなかでの珍妙な喩えや、ヒトラーが自分の論理を主張する会話部分はかなり笑える。軍服をクリーニングに出した時のゼンゼンブリングとの会話は本当に漫才みたい。

秘書の暗くて不健康そうな色の服装と化粧に対する批評は大真面目。
恋人にふられて泣き出す秘書に向かって、「私はつねづね、君の化粧はどう考えても青白すぎると思っていたのだ....。(略) 1916年に西部戦線でたくさんの死体をこの目で見てきた。だが、その彼らの顔ですら、君よりはまだ生気があった!」 (それに続いて、綺麗な色のブラウスとか、ひらひらしたスカートでも穿いてみたらどうかとアドバイスするのだけど)
ヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲの回想録『私はヒトラーの秘書だった』を読んだ限りでは、実在のヒトラーは数人いた女性秘書たちに対しては、威圧的な態度ではなく言葉遣いも丁寧で紳士的な上司のような態度で接していた。

多機能携帯電話に対する皮肉もブラックユーモアが効いている。
携帯の画面を見ながら歩く若者が多いため、たくさんの事故が起きるに違いないが、多機能携帯電話を全面的に禁止するよりも、「劣等民族にはそれ(多機能携帯電話)を規則として義務化するほうが、むしろ好都合かもしれない。そうすれば、数日のうちにベルリンの大通りには、車に轢かれたハリネズミのように、やつらの遺体がごろごろと転がっているはずだ。」

ドイツ社会民主党党首との電話での会話も笑える。
ヒトラーがネオナチに襲われたときの負傷からほとんど回復した頃に電話をかけてきた党首に向かって、(ヒトラーがすっかり元気になっているのは)「この電話が来るのがあまりにも遅かったからだ。ドイツ社会民主党が何かを発案するまでの時間があれば、重い結核を二度も完治することができる。」
※SPDはそんなに意思決定が遅い政党なんだろうか?

しかし、さすがに強制収容所の話になると、パロディにも笑い話しにもならない。
秘書の祖母のユダヤ人家族が、ナチス政権下で法律で定められた”ユダヤの星”を付けずに暮らしていたが、それが発覚したために合法的に強制収容所のガス室送りになったことについて、秘書から問い詰められる。
ユダヤ人がひそかにドイツ人として暮らしていたことを知って、ヒトラーの頭にとっさに浮かんだことは、「ヒムラーにさらに仕事に精を出すよう折をみて釘をささなければなるまい」
秘書の感情に左右されることはなくとも、さすがにそれを秘書に言うことは不味いことも、秘書を納得させるような(正当化できる)説明はできないこともわかっていたので、”責任は総統にあるのか、それとも、総統を選んだ人々や罷免しなかった人々にこそ責任があるのか”というテーマにすり替えて、煙に巻いてしまった。
「君はいろいろ誤解している。君の責任ではないが、誤解は誤解だ。現代の人間はこう言い張っている。その昔、少数の強硬な国家社会主義者が人心を掌握し、国民全体をペテンにかけたのだと。じつは、これはまるっきり嘘ではない。1924年のミュンヘンでは、たしかにそうした試みがあった。だがそれは結局、流血の失敗に終わった。その結果、運動は別の道をたどることになった。1933年には国民はだれひとり、巨大なプロパガンダ的な行為で説得させられてはいない。そして総統は今日的な意味で、<民主的>と呼ぶほかない方法で、選ばれたのだ。自らのヴィジョンを非の打ちどころのないほど明確に打ち出したからこそ、彼を、人々は総統に選んだ。ドイツ人が彼を総統に選び、ユダヤ人も彼を総統に選んだ。」
(クレマイヤー嬢の「ナチスのブタ」という非難に対して)「真実は、次の二つのうちひとつだ。ひとつは、国民全体がブタだったということ。もうひとつは、国民はブタなどではなく、すべては民族の意思だったということ。」
「非凡な人物を総統に選び、彼を信じて祖国の運命を任せるという選択をしたのは、どこにでもいる市井の人々だったのだ。」


クレマイヤー嬢との会話も、最後の方(ドイツが世界を「いいほう」に変えること)は全然話しが噛み合っていない。
クレマイヤー嬢は「二度と非道なことはしてはいけない」という意味で言っているのに、ヒトラーはクレマイヤー嬢が「ドイツが行ったことが前向きに評価されるためには、ドイツは勝者にならねばならない」という「最後は、私と同じ、正しい地点にきちんとたどり着いた」と思っている。

その一方で、(祖母に反して)黙って秘書を続けるという嘘を祖母にはつけないと言うクレマイヤー嬢に対して、ヒトラーの頭には「私しだいで、彼女をこのまま即、特別措置(ゲシュタポの隠語で「殺害」)にすることも可能なのだ」という考えがほんのわずかに浮かんでくる。
結局、ヒトラーが祖母を説得しよう申し出て、(説得は上手くいったらしく)クレマイヤー嬢はそのまま秘書として仕事を続ける。

最初はTVでお笑いキャラクターとして登場して、硬派な姿勢と主張がなぜか大受けして、一躍人気ものになったヒトラーが、ネオナチに襲撃されたことから、入院中のヒトラーの携帯に政党から入党のお誘いの電話が続々。
ラストは、ヒトラー自らが司会を務めるTV番組の開始、(『わが闘争』に代わる)新しい本の出版計画、そして、ヒトラーの主張するプロパガンダと運動への準備。その新しい運動のスローガンとは、「悪いことばかりじゃなかった」。
※このスローガンは、旧東ドイツ人が消滅した国を懐古する時によく言われる「東ドイツにもいいところはあった」に似ている気がした。


本文中、過去の戦争、ナチス、側近たちに言及しているところは、多少知識があるので、ヒトラーの言説の意味は理解できるけれど、今のドイツの社会や政治の情勢についてはほとんど知識がないので、ドイツ社会の現状を痛烈に批判した演説部分はほとんどピンと来ない。(なので、この演説が一般大衆に受けるという部分にはあまり納得感がない)
この小説のなかのヒトラーは、狂信的な人種差別主義者であることは変わらないが、戦争末期のような神経症的で猜疑心に満ちているわけではなく、自分の置かれている冷静に分析して最適と思われる行動をとるだけの判断力と行動力を持ち、対人的には紳士的な振る舞いも気遣いもできる。
ヒトラーの一人称で書かれているので、彼の思考を辿るように読むことになるわけで、だんだんその論理を真面目に考えていたら、寒けを覚えるような冷酷さに気が付く。
狂信的な主張と自分の意志に背く者に対する冷酷さと、律儀で礼儀をわきまえた物腰とが共存するヒトラーに対して、フィクションとはいえ、面白さを感じることに、なぜか後ろめたさを覚えてしまうのだった。


<書評>
現代に甦った独裁者に、徐々に魅了される人々を描いた出色の風刺小説/『帰ってきたヒトラー(上・下)』[文芸春秋WEB]
ドイツで賛否両論。ヒトラーが現代に甦り、YouTubeの人気者に『帰ってきたヒトラー』(Excite/エキレビ!)


本書を映画化した『ER IST WIEDER DA』は、ドイツで10月に公開された。
日本ではまだ上映予定はないらしい。映画は滅多に観ないけれど、これは観てみたい。

ER IST WIEDER DA Teaser Trailer 1-5 English Subtitles (Constantin Film)


現代に蘇ったヒトラーが芸人に!ベストセラー実写化のドイツ映画が話題[CINEMATODAY]

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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