映画『ヒトラー 最期の12日間』/原作:ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』、フェスト『ヒトラー 最期の12日間』

戦後60周年の2005年に公開されて話題になっていたけれど、その時は興味がなくて見なかった映画『ヒトラー 最期の12日間』。
映画の原題は、『Der Untergang』。(ドイツ語で、「失脚」「没落」「滅亡」など意味する)
原作は、ヒトラーの秘書トラウデル・ユンゲの手記『私はヒトラーの秘書だった』と、歴史研究者で評論家・作家のヨアヒム・フェストのノンフィクション『ヒトラー 最期の12日間』。
最初に読んだのはユンゲの『私はヒトラーの秘書だった』。次に映画『ヒトラー 最期の12日間』を観て、最後にフェストの『ヒトラー 最期の12日間』を読んだ。

『私はヒトラーの秘書だった』では、ユンゲがヒトラーの秘書に採用されてから、ヒトラーの自殺後までの数年間の秘書生活と、ベルリン陥落後に総統地下壕から脱出したがソ連軍の捕虜になって釈放されるまでの体験が詳しく書かれている。
ヒトラーの秘書としての経験から、ユンゲが見聞きしたヒトラーの公私両面の生活の様子がいろいろ載っている。
一般的な歴史書や研究本ではほとんど知ることができない事実なので、それ自体はとても興味深いものがある一方で、軍人や側近たちに対するヒトラーの政治・軍事に関する言動がどういうものだったかについては、かなり手薄。

私はヒトラーの秘書だった私はヒトラーの秘書だった
(2004/1/25)
トラウデル・ユンゲ (著), 足立 ラーべ 加代 (翻訳), 高島 市子 (翻訳)


<書評>私はヒトラーの秘書だった トラウデル・ユンゲ著(評者:小高賢)[ブック・アサヒ・コム]


映画『ヒトラー 最期の12日間』を観ると、ユンゲが書いていなかったヒトラーの言動とベルリンの市街戦の状況がわかる。
登場するのは、歴史の本やドキュメンタリー番組などで見知った人物が多いので、ノンフィクションの実録ドラマ風でリアリティ満点。
総統ヒトラーと自殺直前に結婚して妻となった陽気な(というか能天気というか..)エヴァ(エファ)・ブラウン。
煌びやかな白い軍服姿で太っちょのゲーリング(ちょっとだけ登場)。
ヒトラーに怒鳴られてばかりの軍人カイテル元帥、ヨードル大将、クレープス陸軍参謀総長。
密かに英国と和平交渉を行っていた”忠臣”ヒムラー。
ヒトラーに殉じて、子供6人を道連れにして自殺するゲッベルス夫妻。
ネロ指令(ドイツ国内のインフラ・生産施設破壊命令)のサボタージュを告白してもなお、忠誠は揺らいでいないとヒトラーに告げてベルリンを去るシュペーア。
夫妻の遺体をガソリンで焼いて敵の手に渡るのを防いだ身辺警護役の親衛隊員ギュンシェ。
ゲッベルスやヒムラーに比べて存在感が茫洋としている側近ボルマン。
ヒムラーの副官でエヴァの妹の夫フェーゲライン。
それに秘書のトラウデル・ユンゲとゲルダ・クリスティアン、料理人のコンスタンツェ・マンツィアリー。

ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]
(2015/10/02)
出演: ブルーノ・ガンツ, アレクサンドラ・マリア・ララ, トーマス・クレッチマン, ユリアーネ・ケーラー, コリンナ・ハルフォーフ、監督: オリヴァー・ヒルシュビーゲル

※劇場公開版に約20分の未公開シーンを追加したロング・バージョン

軍人のなかで目立っていたのは、ソ連軍とのベルリン市街戦を指揮していたモーリケSS少将とベルリン防衛軍司令官ヴァイトリング大将。
ヒトラーが勲章を授与した少年兵たちも実話。(中学生になるやならずの少年兵たちも動員されているので、敗戦濃厚な末期状態なのがわかる)
ヒトラーは、カイテルやヨードルなどの将軍たちの戦況報告を無視して、軍の兵力や戦闘能力があたかも実在するかのように主張しつづけ、現実を見ずに机上の空論のごとく、自らの願望を作戦として命令し、その命令を実行することが不可能だと説明しようとする将軍たちに激怒して、無能だの、スターリンのように粛清すべきだっただのと、わめき散らしている。
パーキンソン病にかかっていたと言われるヒトラーは、左手が震えているので、公的な場では左手を背に回していることが多い。右手で左手を押さえていることもある。
ケーキ好きというのは有名だったので、地下壕でもやっぱりケーキを食べている。誕生日ケーキはチョコレートケーキだったし、フェストの本によれば、地下壕に篭っている間に、ケーキをたくさん盛ったお皿を3皿も食べるようになったという。
圧倒的に劣勢なドイツ軍がソ連軍に包囲され、反撃することもベルリンを解放することも出来ない状況を認めざるをえなくなってくると、意気消沈したヒトラーの足取りも重く、顔色も青白くて生気がなく、背中をかがめてとぼとぼと老人のように歩くようになる。

ゲッベルスは、容貌からして青白くて不気味さがあり、言動も神がかり的な危なさがある。
将軍たちを集めた作戦会議で、ヒトラーの言葉を補強するかのように演説する姿は、まさにプロパガンダを拡声器の如く繰り返し唱える宣伝相の姿そのもの。
さらに夫以上の存在感を放つゲッベルス夫人が、自ら6人の子供たちに地下壕の湿気対策の薬と騙して睡眠薬を飲ませてから、青酸カリで毒殺していくシーンは凄まじい。

軍人たちは、さすがに市民が戦闘に巻き込まれることを避けようとするが、ヒトラーとゲッベルスはそんなことは一顧だにせず、国民が彼らを選んだのだから、自業自得といい放つ。
ヒトラーは、良い国民はすでに戦争の最中に死に”残ったのはクズばかり”とシュペーアに言ったり、ベルリン市街戦で若い兵士が2万人死んでいるというヴァイトリング大将の報告を聞いても、何のためらいもなく”若者の使命だろう”と平然と言ってのける。
ヒトラーが遺書を秘書に口述するシーンで、「国民への愛」と言っているのが空しく響く。

ベルリンからの撤退命令を拒否してとどまる医師シェンク教授は、映画では良心的な人物として描かれていた。
”SS指揮下にあるが、国防軍の医師”と映画のなかで言っていたので調べてみると、ちょっと違うような..。
SSに入隊してダッハウ収容所で人体実験を行ったことで、戦後裁判で有罪とされて、ドイツ国内では医師としての活動を断たれたという。

ベルリンでは激しい市街戦で、多くの市民や兵士が死傷し、建物が高射砲で破壊されている一方、総統地下壕では総統の誕生パーティを開いたり、夜中にダンスパーティをドンチャンしたり(流れているのは敵性音楽のはずのスウィングだし)、酒に入り浸る兵士がいたりと、地上とは隔絶した世界。
他にも対比的なシーンがいくつか。破壊され続ける街の映像を背景に、遺書を書くエヴァが宝石の支払いがどうとか事細かに書き連ねていく。
共産主義への協力者というカードを首につらされた死体があちこちで木にぶら下がっている道路を、ヒトラーの死後、ソ連軍との和平交渉のために駆け抜けるドイツ陸軍参謀総長クレープス(駐モスクワドイツ大使館で武官補佐官だったので、ロシア語で交渉できた)たち。

映画と原作本とでは違っているシーンがいろいろあるので、間違い探しみたいにチェックしたくなる。
ヒムラーの副官フェーゲライン(「骨の髄まで腐った性格」と悪評高し)が銃殺されるシーンでは、原作(と事実)は首相官邸へ連行後、尋問されて軍法会議にかけられて(泥酔していたため審理中止)、銃殺される。
映画では酔いつぶれていたダンスホール?の部屋から連行されて、玄関を出たところで問答無用で銃殺される。

ソ連軍との和平交渉は、結局、誰が交渉を無事とりまとめて停戦合意したのか、映画ではよくわからなかった。
ヴァイトリング大将が”ソ連軍最高司令部との合意により”とアナウンスしていたので、(権限がなかったはずの)彼がとりまとめたのだろうか?と推測はできる。
史実としては、ヒトラーに首相として指名されたゲッべルスが、ソ連軍が要求した無条件降伏を拒否したので、クレープス陸軍参謀総長自体はそれ以上交渉ができず。
宣伝省の高官ハンス・フリッチェとヴァイトリング大将が、独自の判断でそれぞれソ連軍に停戦交渉を行った。

勲章を授与された少年兵が、エンディング近くで秘書のユンゲの手を握って一緒にソ連軍の包囲網から徒歩で脱出するというのはフィクション。


Der Untergang (2004) Official HD Trailer [1080p]


ヒトラー ~最期の12日間~(字幕版)(プレビュー)



ベルリン陥落直前の総統地下壕と市街戦の状況について、もっと詳しく知りたいと思ったので、原作のヨアヒム・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』も読んでみた。
原題は、『滅亡 ヒトラーと第三帝国の最後』。映画の公開に合わせて急遽突貫工事で翻訳したという本なので、訳書名も映画と同じタイトル。
ユンゲの日記風の記述スタイルや視点とは違って、多数の歴史的資料を元にかかれた本なので、総統地下壕内外の将軍・側近たちの言動がよくわかる。
映画では、肩書きと名前が字幕に出てこないので、会話だけでは誰なのかわからない登場人物が何人かいた。
本を読むと、それが誰でどういうポジションでどういう行動をとっていたのか、ようやくはっきりわかった。
文体はノンフィクション小説風で読みやすい。さらに、フェストの考察も入っているので、研究書のようでもある。
フェストの考察で印象的だったのは、ヒトラーの言動を「破壊衝動」や「破滅への意思」という観点から分析している点。(そのうち読書メモにして記事にまとめておきたい)


ヒトラー 最期の12日間ヒトラー 最期の12日間
(2005/6/21)
ヨアヒム・フェスト (著), 鈴木 直 (翻訳)


<書評>ヨアヒム・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』[紙屋研究所]


<参考情報>
エルンスト=ギュンター・シェンク[第二次世界大戦資料館]
『ナチスのキッチン』(南直人) - ドイツ現代史研究会
エルンスト=ギュンター・シェンク(親衛隊栄養食糧研究所初代栄養監査主任)による「できるだけ低コストで囚人の栄養状況を保ち死亡率を下げるための研究」。1943年1月から44年6月までマハトハウゼンやラーヴェンスブリュック強制収容所で実施された。

コメント

時々拝見させていただいています。ゲッペルスとありますが、正しくはゲッ「ベ」ルスですね。最近はなぜか中公新書で「ヒトラーもの」がよく出ますね。

 

けんちゃん様、ご指摘どうもありがとうございます。
昔から「ゲッペルス」と頭の中に刷り込まれていたので、本を読んでいても「ペ」に見えていました。

今年は戦後70周年にあたるので、ヒトラー関係の本が各社から出版されていますね。
中公新書は昔からナチスドイツ関係の本をいろいろ出しているようですが、新しいものでは「ヒトラー演説」を読みました。文章を構造分析するという着眼点がユニークですね。
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好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

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