デュシャーブル ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番(DVD)

デュシャーブルの『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』(DVD/Vol.3)に収録されているのは、第5番「皇帝」。
好きというわけではない曲なので、新しい音源を手に入れたときに聴くだけなのだけど、久しぶりに聴くとやっぱり名曲だといつも思う。
それに、デュシャーブルの弾く姿を見ていると、無駄のない手指の形と動きがとても美しく、低い位置から打鍵しても力強い音がでているし、タッチによって音色が変わるのもわかる。こういう視覚的に面白い映像はじ~っと見続けていても全然飽きない。

DVD1に収録されているデュシャーブルの解説は、今回は特に長くて24分ほど。(コンチェルトが1曲しか入っていないので、収録時間もたっぷりあるし)
指揮者のネルソンとのリハーサル(打ち合わせ)風景も時々挿入されている。
デュシャーブルの演奏解釈を聴いていると、フレーズの象徴する意味とか、オケとピアノの対話がどうなっているとか、いつもぼ~と聴いているだけでは気が付かないことがいろいろわかってくる。
第4番が「神話(人間と神との闘争と和解)」なら、第5番は「人間の善性」について。
他の曲との共通点があるのは、第2楽章がブラームスの《ピアノ協奏曲》第2番第3楽章、第3楽章は《告別ソナタ》第3楽章。実際に相通じる部分の旋律を弾いて説明しているので、本当に相通じるものがある。
さらに特典映像として、ベートーヴェンが使っていたフォルテピアノのレプリカを製作したビルダーを訪れたデュシャーブルが、製作者からフォルテピアノの説明を受けたり、デュシャーブルがそのフォルテピアノでベートーヴェンのソナタ弾く姿も収録されている。

Beethoven: Piano Concerto No. 5 (DVD)Beethoven: Piano Concerto No. 5 (DVD)
1 Mar. 2004
Duchable, Ensemble Orc Paris, Nelson



このDVDに収録されている演奏は、「皇帝」とアンコールとして《ワルトシュタイン》第1楽章。
《ワルトシュタイン》は前半に出てくるリピートを省略しているので、演奏時間が7分半ほど。軽やかでも芯のしっかりした引き締まったタッチで、短距離走みたいな疾走感がある。
もともと動きとブレの少ない安定した打鍵で、力いっぱい強打することなく、響きが品良く綺麗なので、どんなに速く弾いても優美さがある。

こちらは、とても好きな《ワルトシュタイン》のスタジオ録音。DVDの演奏よりも音が柔らかい。
FRANCOIS-RENE DUCHABLE plays BEETHOVEN Sonata No 21 "Waldstein" (1995)



DVD2の収録内容:
- スコア付の演奏映像(第2楽章)
- マルチアングルによる演奏映像(第1楽章)
- デュシャーブルのインタビュー(Among musicians/Work and memory/The pianist and his audience/The pianist and his instrument)(約1時間)
- DVD制作の舞台裏(The team behind the production)

デュシャーブルのインタビューが面白い。デュシャーブルがこの企画を受けた理由、子供時代の回想、練習方法・暗譜・聴衆と批評家etc.について、国際的キャリアから”引退”する理由、自宅にあるピアノの紹介など、内容は盛りだくさん。
彼の人となりやピアノを弾くことに対する考え方とかが良くわかる。
特に、デュシャーブルが音楽と通じた”人間”とのコミュニケーションに強く惹かれるのは、もしかして孤独な幼少期の反動なのだろうかと思わないでもなかった。

「暗譜」の話でなるほどと思ったのは、コンチェルトで暗譜せずに弾くというのは、頭と眼とが違う作業を同時にすることになるので、実際問題として難しく、暗譜は視覚・運動のあらゆる面でピアニストを自由にする。曲に集中し、オケとシンクロできる。

ピアノコレクター?らしきデュシャーブルが自宅に置いているのは、年代とメーカーが異なる5台のピアノ。
グランドピアノは、1858年製エラール、1914年製プレイエル、1927年製ベヒシュタイン、モダン・スタインウェイ。アップライトピアノは子供時代に練習用に使っていたHerz(調律していないので音が外れっぱなし)。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番第3楽章の主題を順番に5台のピアノで弾いていくと、それぞれ音の違いがわかる。プレイエルの響きが品よく綺麗。エラールはピアノフォルテのように音色が滲んで煌きがある。

自宅は自然の豊かな湖畔近くにあるらしく、都会の喧騒と隔絶した環境で大好きなピアノに囲まれていたら、音楽業界の世俗的な世界に辟易してしまうのもわかるような気がしないでも...。

デュシャーブルの両親は働いていなかったので(資産家だったのだろうか?)、デュシャーブルを学校へ通わせず、自宅で両親が数学、フランス語、アルファベットなど教えていた。
その時、小学校へは数年通っただけで、あとは自宅で通信教育を受けていたので、デュシャーブル自身、”檻の中の実験動物”だと自虐的に言っている。
子供の頃からすでにピアニストとしての国際的キャリアへのレールが敷かれていたので、それから外れることができなかった。
これは自分にとって幸せなことではなかった。自分のこの世界での居場所を見つけるために、人間がどう機能するのか理解しようとして、歴史と地理に興味があった。
でも、ピアノの先生は、(デュシャーブルが先生の口ぶりを真似て)”そんなことを覚える代わりに、ショパンのバラードを暗記しなさい”とかしょっちゅう言っていた。その練習のおかげで、決して自分独りでは覚えることができなかったレパートリーを習得することができた。
初見(Sight-reading)が得意だったので、楽譜を覚えることは苦にならなかった。

練習方法は独特。ひじょうにゆっくり(一音一音を分解して、超スローテンポで正確に弾くという)弾くことで、打鍵、アーティキュレーションが明確になるし、筋肉の訓練にもなる。
(そういえば子供時代にピアノのレッスンで、スローで弾くように言われたことがあった。暗譜した曲は”指が覚えている”状態だったので、楽譜自体を記憶しているというわけではなかった。本当に楽譜を暗譜していなければ、スローで正確に弾くことはできないし、曲の途中のどこからでも弾き始めることができないので)

フランス大好きで旅行嫌い。唯一興味を持ち続けていたのは日本。1977年に初めて来日したとき、日本の風景に驚いた。電線の街の様子、コンサートホールでショパンを弾いて、次の日には寺院を訪れた。とても魅惑的な経験だった。

この録音プロジェクトを受けた理由は、映像付きだったこと。
同僚ピアニストに比べるとタッチが鋭い、きついと言われているが、CDで聴いたときにはなぜそうなるのか理解してもらえない(justify)音やタッチでも、映像を見てもらえば、音楽に対するエネルギー、打ち込み方を理解してもらえるから。

デュシャーブルは、彼の演奏が明晰であるのと同じように、自分の考えを話すときも極めて明快。
特に、聴衆や音楽業界については、そんなこと言っちゃていいの?と思ったりするし、インタビュワーもどうしてそんなに”lucid”なのかと質問していたくらい。

デュシャーブルが65歳になる2017年に、もしかしたら、またモーツァルトのコンチェルトを弾いているかもしれない...とか冗談めかして言っていた。
最近の『音楽の友』に掲載されたインタビュー記事を読むと、やはり伝統的なクラシック音楽界のステージにカムバックする気はさらさらないらしい。
今のデュシャーブルの弾くピアノを聴けないのはとても残念だけど、本人が今の演奏活動の方が幸せなんだから、それで良かったのだと思う。

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yoshimi

Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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