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コロリオフ ~ バッハ/フランス組曲
バッハの鍵盤楽器組曲の中で、《イギリス組曲》と《パルティータ》は好きなのに、流麗優美な《フランス組曲》はどうも好きにはなれない。(一時期、第5番が気に入って、ピアノで練習したことはある。)
例外はガヴリーロフの《フランス組曲》(1993年録音のDG盤。1984年EMI盤よりも音が綺麗)。
ペダルを多用したピアノの響きがとても美しく、とりわけ”Allemande”の美しさは格別。(でも、”Courante”や”Gigue”はテンポが速くてタッチが少々粗いので、忙しなくて情趣に欠ける気がする)
ガヴリーロフの演奏なら、短調の第1番~第3番が第5番よりも好きな曲。

コロリオフが録音した《フランス組曲》(と似たような曲想の《フランス風序曲》)は、両曲とも好きではないので未購入のまま。
最近コロリオフの録音を聴き続けているので、《フランス組曲》をどう弾いているのかちょっと興味が湧いてきた。
試聴ファイルとYoutubeで聴いてみると、予想外なことに、聴けば聴くほど深く心打たれるくらいに素晴らしい。
残響の少ない色彩感豊かな音と克明で立体的な声部が、細部まで緻密に練りあげた彫の深い表現で語りかけ、この曲に流れる美しい歌と芳醇な叙情を鮮やかに描き出している。とりわけ強く惹かれるのは、深い哀感が流れる第1番。
間違いなくガブリーロフを上回る私のベスト盤。
※amazonのレビューでは、”声部の明瞭な提示を目的とした潤いのない演奏”のように書かれていたので、味気無さそうなイメージだったけど、聴いてみたら全然違っていた。好みと感性が違えばどれだけ印象が変わるのか、今さらながらよく分かる。(それに、”コロリオフの演奏に足りないのは、曲に対する愛情”とかなんとか書いている人もいたりする。)

第1番の冒頭を聴いただけで、研ぎ澄まされて凛とした音色は水滴がしたたり落ちるようなしっとりとした潤いと瑞々しさがあり、繊細な情感が籠ったように切々と響き、凝縮された音の美しさに惹き込まれてしまう。
アゴーギクを多用しているところはチェンバロ奏法に似ているけれど、クリスピーなノンレガートでもなく、逆にペダルを使ってピアノ特有の美しい残響を聴かせるというわけでもない。
音を刻むように丁寧で明瞭な音をレガートで繋ぎつつ、残響の重層感をできる限り抑えたようなとてもシンプルな響き。
弦をつまはじいているかのようにピンと張り詰めた音は、残響を切り詰めたチェンバロか、リュートみたいに聴こえるときもある。
もともとアゴーギクを多用する演奏は全く好きではないのに、コロリオフのアゴーギクは不思議なくらいにすっと受け入れられる。装飾音はシンプルでくっきりと響き、旋律の流れに綺麗に溶け込んでいる。

緩徐系の曲では、ゆったりとしたテンポとまったりとしたタッチで、旋律の動きが克明にわかる一方で、細かなアゴーギクによりテンポとリズムが小刻に揺れる。
オーソドックスな演奏のような外形的なフレージングの柔らかさと流麗さはないけれど、この旋律が滑らかに流れないところが面白いし、フレージングの流麗さとは関係なく、起伏の多い抑揚のついた歌い回しで自然と歌が流れ出てくるかのよう。(コロリオフがメロディをハミングしているのがよく聴こえてくるし)
細部まで緻密に練られたアーティキュレーションは何度聴いても飽きない。くっきりと浮かび上がる声部の対話は、まるで心のなかで対話しているかのよう。
急速系の曲では、コロコロと粒立ち良く張りのある音が歯切れよくて快活。
どの曲も元々情感豊かな旋律なので、こういう少しデッドな響きで聴くと、情感が浄化・凝縮されてピュアに感じられる。
かなり濃密な情感が流れているのだけど、コロリオフらしいかっちりとした構成感で中和されて、べったり情感過剰になることはなく、引き締まった叙情感のある端正な音楽になっている。

残響の少ない芯のしっかりとした色彩感の美しい音と、線が細く明瞭に浮かびあがる声部とで、モノローグか心の中の対話かのように、静かに語りかけてくるような親密感と細やかな叙情感がとても美しい。
フレージングの流麗さを抑制している代わりに、音の輪郭と旋律の動きが克明に聴きとれる丁寧な打鍵と抑揚のついた精緻な表現で、一つ一つの音のなかから繊細な情感がじわ~っと滲み出て、心に深く沁み込んでくる。
コロリオフの一連のバッハ録音(フーガの技法、平均律曲集、インヴェンション、フランス風序曲)とは一風違ったアプローチで、まるで密やかでパーソナルな内面世界を静かにドラマティックに表現したかのような音楽。

巷の《フランス組曲》の流麗優美なところに聴き飽きてしまう私には、今までに聴いたことがないようなコロリオフの個性的な解釈が驚くほど新鮮。
外形的なしなやかさや柔らかさはなくとも、その音楽の流れは自然で叙情感は深く美しい。
コロリオフのバッハ録音のなかでも、一番好きな曲だと確信したくらいに気に入ってしまった。(やっぱりどんな曲でも試聴するに限る)
ということで、早速コロリオフの《フランス組曲》を注文。Tacetの綺麗なピアノの音をステレオで聴けば、ますます好きになるに違いない。

J.S. Bach: Franzoesische SuitenJ.S. Bach: Franzoesische Suiten
(2007/11/28)
Evgeni Koroliov

試聴ファイル(jpc.de)




第1番は全体的に強い哀感が流れ、張り詰めた緊張感が漂っている。
”Allemande”は、しっとりとした潤いのある瑞々しいピアノの音が美しく、ゆったりとしたテンポで細かな起伏とアゴーギクで、心の中のモノローグのような趣き。リピートしてからは少し音量を落としてさらに密やかに。静謐で引き締まった叙情が瑞々しい。
トリルの多い”Courante”は哀愁は哀愁が漂い、語り口は”Allemande”に似ているけれど、こちらは少し力強く弦をつまはじくようなタッチで、(ピアノではなく)リュートの弾き語りを聴いている気がしてくる。声部が立体的に重なり合って二重唱や三重唱みたいに聴こえる。
音を刻印するようなタッチの”Sarabande”は悲愴感が鋭く突き刺さり、弱音とノンレガートを交えた表情の変化が印象的な”Menuet”は淡い哀感と束の間の安息感が交錯する。
一音一音力強い打鍵で鋭いリズムを刻む”Gigue”は、パルティータ第6番を連想させるように厳粛で毅然として痛切。
コロリオフのピアノで繰り返し聴けば聴くほど、この曲の美しい哀感に惹き込まれていく。とりわけ”Allemande”と”Courante”の深い叙情感が美しい。

BWV812 French Suite No.1 in d Evgeni Koroliov 2007




第1番と同じくらいに好きな第2番の”Allemande”も切々とした哀感が深く美しい。第1番よりも少し軽やかなタッチで、残響もやや長く煌きのあるピアノの響きがとても綺麗。
”Courante”と”Air”は速いテンポで舞曲風のリズミカルなタッチに変わって、第1番よりも哀感が和らいでいる。

BWV813 French Suite No.2 in c Evgeni Koroliov 2007


第3番は、最初の2曲よりもさらに哀感が柔らかいで、色調が明るい。
冒頭の”Allemande”は、前の2曲に比べて、タッチが軽やかで柔らかくなり、アゴーギクも強くなく、フレージングも滑らか。哀感が淡くなっている。
"Courante”、”Anglaise”、”Menuet”も速いテンポで軽やかなタッチ。”Gigue”もタッチはシャープでもリズミカルで軽快。
短調の3曲は、テンポ、アゴーギク、タッチの強さ、リズム感など、曲ごとにアーティキュレーションに変化をつけて、同じ短調でも哀感の強さの違いを弾き分けているように思える。


第5番の”Allemande”もかなりゆったりとしたテンポでまったりと時間が流れ、明瞭に浮かびあがる旋律でじっくりと優しく語りかけるような歌い回し。なぜかそこはかとない憂いや淋しさが漂っている。リピートした時は音量を落として、何かを思い悩んでいるようにちょっと弱々しくて頼りなげ な表情に。
一転して”Courante”は速いテンポと力強く軽快なタッチで躍動的。”Allemande”とのコントラストが鮮やか。
小鳥がさえずるようなトリルがとても美しい”Sarabande”と、多彩なリズムを(強調せずに)さりげなく弾いている”Loure”は、ゆっくりと静かに口ずさむような語り口で、穏やかでしみじみとした潤いのある情感がゆったりと流れている。
”Gavotte”は少女が楽しそうに舞うようなタッチが可愛らしい。
”Bourree”と”Gigue”は速いテンポと軽快なタッチで粒立ちよく歯切れ良い。”Bourree”のトリルや短いスケールの装飾音がとても格好よく決まっている。”Gigue”は馬車が駆けるような推進力と躍動感が爽快。
テンポとタッチと歌い回しがいろいろ変化して、緩急・静動・強弱がコントラスト鮮やかに移り変わっていくので、いろんな場面が展開していく物語を聴いているみたい。

BWV816 French Suite No.5 in G Evgeni Koroliov 2007



[2017.3.4 追記]
ようやく届いたCDをステレオのスピーカーで聴いてみると、音の輪郭が明瞭なので、試聴していた時よりも少し音が硬く感じる。
ノーペダルで残響もかなり少ないので、狭い部屋のかなり近いところで聴いているような感覚で、音と情感がより生々しく感じる。
AKGのヘッドフォンで聴くと、音が柔らかくなってずっと聴きやすい。
残響過剰な音よりは、こういうデッドな音の方がリアルで親密感があって好きなので、全然かまわない。
でも、残響が多くて柔らい音が好きな人は、”潤いがない”と感じるかもしれない。(音響的に好みに合わなければ、印象が悪くなることはあると思う)

調性によって、音の体感的な温度感が変わってくる。
短調の曲は、清流のように澄んだ冷たさがあり、音が引き締まって緊張感がある。
長調に変わると、寒い冬が終わって春が訪れたように、ほんのりとした温もりがあって明るく、心地良い。

CDが届いたので、夜眠る前に一番好きな第1番と第5番をヘッドフォンで聴くのがしばらく続きそう。


<参考ブログ>
♪バッハ・カンタータ日記 ~カンタータのある生活~
コロリオフの《フランス組曲》に関するブログ記事は少ないのだけど、こちらは私と同じように素晴らしく思われたブロガーさんの記事。全く同感。

tag : バッハ コロリオフ

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
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(非公開コメント受付中)

yoshimiさん、こんばんは。

早速、コロリオフのフランス組曲を試聴してみました。
いいですね。1番のAllemandeから引き込まれてしまいました。コロリオフの演奏を聴いて、フランス組曲の1番が改めていい音楽だわ〜としみじみ聴き入ってしまいました。
私もこのCD買い求めようと思います。
ご紹介ありがとうございました。

 
ANNAさん、おはようございます。

コロリオフのフランス組曲、本当に素晴らしい演奏です。
3回は聴きましたが、聴けば聴くほど深い音楽だと思えてきます。
この曲としては個性的なアプローチなので、レビューをいろいろチェックしてみると、好みがはっきり分かれるようですね。

コロリオフのピアノの音と歌い回しは、短調の哀感によく似合っているように思います。第2番の"Allemande"も切々として美しいですね。
第5番の"Allemande"の演奏はリピートした時の陰翳が強いので、明るく優しいだけの曲ではないような気がしてきます。

CDが届くまで10日くらいかかりそうなのですが、Tacetはピアノの音がとても綺麗なので、CDで聴くのがとても楽しみです。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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