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(Wed)12:00

『Fiorentino Edition, Vol. 4: Early Recordings 1953-1966』 (その2) 

タワーレコードで注文したら、翌々日に届いた『Fiorentino Edition, Vol. 4: Early Recordings 1953-1966』 。
ライナーノートを書いているのは、Ernest A. Lumpe氏。
ドイツ人の高等学校教師でレコードコレクターだったLumpe氏は、若いフィオレンティーノが英国で録音したレコードを聴いて以来の”long-time admirer”だった。
1989年にLumpe氏がフィオレンティーノに初めてコンタクトしてから文通が続き、(当時はほぼ忘れられたピアニストだった)フィオレンティーノがドイツ国内で演奏・録音活動をするため、資金面も含めて全面的に支援した。
1992年と1993年にドイツ国内で行ったリサイタルも、Lumpe氏の尽力で実現したのではないかと思う。事実上のマネージャーやプロデューサーのような役割だったのかもしれない。
※『Berlin Recordings』のブックレットを読み返していたら、Lumpe氏は”aka(別名) Remus Platen"と記載されていて、CDカバーに書かれているProducerは”Remus Platen"。『Berlin Recordings』の原盤(APR盤)をプロデュースしたのは、APRのプロデューサーではなくて、Lumpe氏だったのに気が付いた。


このBOXセットのブックレットでは、当時フィオレンティーノが契約したレーベルと若い頃の録音の顛末について、Lumpe氏が詳しく書いている。
フィオレンティーノが若い頃に多くの録音を残し、1966年以降に録音活動がばったり止まった経緯がよくわかる。
それに、とても印象に残ったのは、ブックレットの最後に書かれているLumpe氏の言葉。

”The presented collection - and some may have suspected this from the beginning - is something of a labour of love, a final tribute to an artist which I have experienced personally as a great musician and pianist.”


Fiorentino Edition, Vol. 4: Early Recordings 1953-1966Fiorentino Edition, Vol. 4: Early Recordings 1953-1966
(2016/2/26)
Sergio Fiorentino

試聴ファイル



このBOXセットに収録されている録音は、1953~1966年(26歳~39歳)にかけて、フィオレンティーノがConcert ArtistとSagaに録音した音源を中心にマスターテープまたはLPを元にCD化したもの。


<英国での録音プロジェクト>
1950~60年代のフィオレンティーノの録音活動で大きな役割を担ったのは、エージェント&レコーディングプロデューサーのWilliam H. Barringon-Coupe。
フィオレンティーノよりも数歳若く、ビッグで時にファンタスティックなアイデアを思いつく人で、マイナーレーベルの”Concert Artist Recordings”を設立した。
Barringon-Coupeは有名になりたいと熱望し、若い演奏家たちを集めて録音計画を打ち上げた。フィオレンティーノもそのアーティストの一人。Barringon-Coupeはこのプロジェクトは素晴らしい結果をもたらすだろうと彼らに請け合った。

フィオレンティーノが最初にレコーディングした場所は、London’s Levy Sound Studio。録音場所は他にも数か所ある。
Barringon-Coupeの録音プロジェクトは、ピアノソロに協奏曲から、オーケストラ録音に他レーベルのライセンス音源にまで拡大する。
1956年のモーツァルトイヤーのためのモーツァルト作品とショパンのピアノ作品全集版の録音は、当時すでに有名なメジャーレーベルと競合していた。
この膨大な録音プロジェクトのために多額の資金が必要となり、演奏者自身も資金を出す羽目に。

フィオレンティーノの初録音としてリリースされたのは、ショパンのピアノ曲数曲が収録された10インチ/78rpm(SPレコード)。
1956年3月のグラモフォン誌にリリース予定のカタログリストが掲載されたが、大半はアナウンスだけで終わり、実際にレコードが製造されることはなく、せいぜい良くて一度だけのテストプレスが作られたくらい。
どうなるかわからない運命のマスターテープは棚ざらし状態。ビジネスの世界にありがちな壮大な計画が資金不足に直面して、会社は倒産。会社のオーナーと若い演奏家たちは投資したお金を失ってしまった。
レーベルのピアノソロ録音計画のなかで最も曲数が多かったフィオレンティーノは、(たぶん飛行機事故の後遺症もあって)イタリアへ戻り、ナポリ音楽院で教職に就いた。(プロフィールを調べると、後遺症から回復して、1950年代終わり頃から再び国外での演奏活動を再開)
1966年以降は、いろいろな事情から英国から遠ざかっていき、ほぼ30年近く録音活動は休止してしまった。

フィオレンティーノが初期Concert Artist時代に間違いなく録音したはずのマスターテープは大半が行方不明。
残っているマスターテープは、1954年に録音したモーツァルトのピアノ協奏曲第21番のみ。(1994年にこのテープを聴き直したフィオレンティーノは、”もっと注意深く弾くべいだったのに”とつぶやいていたという)

ブックレットの記述から解釈すると、Barringon-Coupeは”Concert Artist Recordings”は倒産後、SagaレーベルのA&R(Artists and Repertoire:アーティストの発掘・育成・楽曲製作など)をしていたが、そのSagaも短期間で潰れ、Sagaで製作されたマスターテープの一部はBarringon-Coupe(やMarcel Rodd)が所有していた。その後、彼は”Concert Artist Recordings”を再開し、フィオレンティーノのsaga時代の録音も含めてLPを発売していった。


<音源>
このBOXセットの録音の音源は、複数のレーベルのマスターテープ、テストプレス、商業用LPが混在している。
Concert Artist、Delta、Fidelio(他に、Revolution、Triumph、たぶんSummit)は、Barringon-Coupeが製作したレーベル。

CD1:Unhappayな初期の”Concert Artist”時代の録音で生き残っていたもの。
● ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 (1953) [テストプレス]
● ショパン:ピアノソナタ第2番(1953) [テストプレス]
● モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番(1954年) [マスターテープ]
● ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番「熱情」(1955年2月15日録音) [LP](Concert Artist社の低価格レーベル”Fidelio”)

Disc2:バッハ [マスターテープ]
● J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ、イタリア協奏曲(1965)
● J.S.バッハ(ブソーニ、フィオレンティーノ編):前奏曲とフーガBWV.532,シャコンヌBWV.1004(1965)

Disc3・4:ベートーヴェン
●ピアノソナタ第8番「悲愴」(1963)、第14番「月光」(1965) [LP](Fidelio、比較的良い状態のステレオ録音)
●ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」(1965) [マスターテープ] (↑よりも音質悪し)

Disc3・4:シューマン
●ウィーンの謝肉祭の道化、子供の情景Op.15(1965) [LP](Concert ArtistのステレオLP)
●謝肉祭、アラベスク、交響的練習曲(1965) [マスターテープ]

Disc4・5: ブラームス
●パガニーニの主題による変奏曲(1965) [マスターテープ]
●ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ(1965) [マスターテープ](軋んだ音。保管方法が不適切)

Disc5
● メンデルスゾーン:3つのエチュード第1番、無言歌集より「紡ぎ歌」(1966)[マスターテープ]
※「紡ぎ歌」はフィオレンティーノ公開演奏で良く弾いたアンコール曲。

無言歌集は子供の頃に10曲以上は練習したのに、「紡ぎ歌」は弾いた記憶がない。
フィオレンティーノの音源がなかったので、バックハウスの演奏で。フィオレンティーノはもっと速いテンポで(演奏時間が10秒くらい短い)、蜂がブンブン飛び回っている感じ。
Wilhelm Backhaus plays Mendelssohn Song without Words Op. 67 No. 4 "Bee's Wedding"


● ボロディン:スケルツォ変イ長調(1966)) [LP](オリジナル)


ラフマニノフについては、ナポリに戻った40歳代後半の頃にラフマニノフ自身の録音を聴いて以来、演奏と解釈(way with the music)が完全に変わった...とフィオレンティーノが言っていたという。
● ラフマニノフ:絵画的練習曲「音の絵」、W.R.のポルカ(1962)
● J.S.バッハ(ラフマニノフ編):無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番BWV.1006より「前奏曲」(1962)
[LP](Delta) ※マスターテープは倉庫の火事で焼失。

● クライスラー(ラフマニノフ編):愛の喜び(1966)
英国で最後に録音した曲の一つ。1966年以降、様々な状況がフィオレンティーノを英国から遠ざけたまま、ほとんど30年近く録音活動は止まっていた。

Disc6~10:ショパン
●4つのバラード(1962) [LP](Delta、パリで録音)
●4つのスケルツォ(1961) (最初の2曲は[マスターテープ]、後の2曲はFidelioの[LP]
●12の練習曲Op.10(1962)[マスターテープ]
※革命のエチュードの最後の2小節。珍しいアントン・ルービンシュタインのバージョンで弾いている。
●12の練習曲Op.25(1959) [LP](かなり良い状態)
●3つの新しい練習曲(1962)

Sergio Fiorentino performs Chopin, Complete Etudes (1954-1962)
「革命のエチュード」の最後のアルペジオは、27:11~。確かに楽譜とは違う。


Barringon-Coupeのコンセプトは”完全なもの”を演奏すること(セールス上の利点から)。
ワルツ、ポロネーズは、ショパンが若い頃の作品でほとんど知られていない曲まで録音した。
●19のワルツ(1962) [LP](DeltaのオリジナルLP)
●4つの即興曲(1962) [LP](Fidelio)
●アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、ポロネーズ第1番~第6番、幻想ポロネーズ、3つのポロネーズ、ポロネーズト短調、変ロ長調、変イ長調、嬰ト短調、変ロ短調「別れ」、変ト長調(1960[マスターテープ](ハンブルクで録音、状態は良い)
●ポーランド民謡による大幻想曲Op.13(1966)

↓は《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ》の「ポロネーズ」と「英雄ポロネーズ」。
ちょっと籠ったところはあるけれど、ステレオ録音らしい音の広がりがある。

Sergio Fiorentino plays Chopin's Grand Polonaise op.22
2. Grande polonaise brillante


Sergio Fiorentino plays Chopin polonaise op.53



CDで聴いていると、状態の良くないマスターテープよりは、音質と保存状態の良いステレオLPの板起こしの方が音が良かったりする。
音がわりと良いのは、保存状態の比較的良いマスターテープを使ったバッハとブゾーニ、「パガニーニ変奏曲」、「ポロネーズ集」、LP音源の「ウィーンの謝肉祭の道化」。
LPから板起こししたベートーヴェンの「悲愴」と「月光」は、音は鮮明でもパチパチノイズが入っていたり、ハウリングしたりする。
ライナーノートによると、マスターテープからのリマスタリングはAPRレーベルの設立者Bryan Crimp氏が担当。板起こしをした人について言及がなく、LPを保有しているLumpe氏かもしれない。
1960年代前半の(音質のそれほど良くない)録音を聴き慣れているとは言え、音質のばらつきが大きいこのBOXセットを聴いていると、マスターテープとLPを探してCD化した人たちの熱意と苦労が偲ばれる。


<Concert Artist社>
フィオレンティーノが若い頃に録音したレコード会社のConcert Artist社は、ジョイス・ハットの偽録音事件で知られている。
クラシック音楽史に残る有名な詐欺事件

この事件だけでなく、Barrington-Coupeは、1960年代にMarcel Roddと設立したレーベル”Lyrique”でも、フィオレンティーノがSagaに録音した音源を使って、他人名義や架空のピアニスト”Paul Procopolis”名義でリリースしていた。

フィオレンティーノが1998年に急逝後、Concert Artist社のオーナーBarrington-Coupeがフィオレンティーノの”未公開”録音を所有していると発表し、(ジョイス・ハットの偽録音シリーズと同時期の)2002年以降”CONCERT ARTIST/FIDELIO”から次々とCDをリリースした。
リリース予定のカタログのレパートリーは広範で、ベートーヴェンのピアノソナタ全集(全8巻)、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集(ほぼ完全版に近い)、リストの超絶技巧練習曲集などが含まれていた。

(当然のことながら)当初、Lumpe氏はそれらがフィオレンティーノの録音だということを疑わず、”Sergio Fiorentino Homepage”サイトで紹介していた。
しかし、ジョイスハット事件が発覚後、University of LondonのAHRC Research Centre for the History and Analysis of Recorded Music (CHARM) がショパンのマズルカの歴史的演奏の分析を行っていた過程で、Concert Artistが新たにリリースしたフィオレンティーノの”マズルカ”録音のうち、26トラック中11トラックが他人の音源と判明、残り15トラックも真偽不明のまま。
Fiorentino Fakes: Continuing Saga of Concert Artist Recordings[AHRC Research Centre for the History and Analysis of Recorded Music]

Lumpe氏も、Concert Artist社が2003年以降にリリースしたフィオレンティーノ名義の録音について、”Serigo Fiorentino Homepage”の”DISCOGRAPHY”で、”authenthic”の可能性があるものはわずかで、大半を”suspicious!”としている。

Concert Artistが2002年になって、新たにフィオレンティーノ録音シリーズをリリースした理由は明らか。
APR社が、フィオレンティーノの存命中から1994年~1997年に録音した”Fiorentino Edition”や、若い頃の録音集”Early Recordings”シリーズなどをリリースしていた。
フィオレンティーノの録音が”売れる”とわかったBarrington-Coupeは、フィオレンティーノが亡くなった数年後に”未発表音源”をリリース。それがフィオレンティーノの正規の録音かどうか確実に知る人はもう誰もいないと思っていたからだろう。

しかし、Barrington-Coupeによるジョイス・ハット偽録音事件が2007年に発覚したため、Concert Artist社は活動停止に追い込まれ、今は存在しない。
偽録音とは知らずにハットのCDを製作・販売していたBISレーベルは、個人的な事情を考慮して、告訴はしなかった。Barrington-Coupeは2014年に亡くなっている。
Barrington-Coupeは、捏造した理由を 'I did it for my wife' と語っていた。ジョイス・ハット事件の方は同情の余地がないこともないだろうけれど、フィオレンティーノの偽録音疑惑の方は明らかに金儲けが目的だったとしか思えない。
Barrington-Coupeがジョイス・ハット事件の詳細を語らないため、どの曲が捏造した音源かも未解明で、このフィオレンティーノ名義の”未公開録音”も大半は誰の音源なのか謎のまま。
少なくとも、2002年以降にConcert ArtistからリリースされたCDには手を出さないに限る。(それにオンラインショップでは、ほとんど在庫切れで中古品も出回っていない。)


<参考記事>
Obituary: Sergio Fiorentino[31 August 1998,independent.co.uk]
こちらの記事では、1974年に演奏会で弾くのを止めて、ナポリ音楽院の教職に戻ったと書かれている。
でも、1974年から、Lumpe氏の招きによりドイツでリサイタルを行う1992年までの間のライブ音源がYoutubeにあるので、時折演奏会やRAI(イタリア放送協会)の放送用録音で弾くことはあったらしい。

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