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アンデルシェフスキ『シューマン/ピアノ作品集』 
数年前にネットラジオのライブ中継で聴いたアンデルシェフスキのリサイタルで、あまりに美しくて記憶に残っていたのはシューマンの《ペダル・ピアノのための練習曲集》。
柔らかく重なっていくハープのようなピアノの響きが天上の調べみたいに夢幻的で、旋律も叙情美しく一度聴くと忘れられない。

ようやくシューマンのピアノ独奏曲で好きな演奏をCDで集める気になったので、アンデルシェフスキのCDを思い出して早速購入。
カップリングされている《フモレスケ》、《暁の歌》は、CDを1枚も持っていないし、小説『シューマンの指』の作品解説を読んで興味を惹かれた曲だった。(後でラックの中を探したら、ルプーの《フモレスケ》のCDが出てきた。)
選曲が良い上に、演奏が素晴らしく、私が聴くシューマン録音のなかで(今後聴くであろうものも含めて言っても)、ベストアルバムの一つになることは間違いない。

Schumann : Piano WorksSchumann : Piano Works
(2000/4/26)
Piotr Anderszewski

試聴ファイル


アンデルシェフスキのシューマンは、ピアノの響きが独特。輪郭が少し滲んだような曖昧さと柔らかさがあり、どこか懐かしいレトロな心地良さと、夢のなかで聴いている非現実的な浮遊感も感じる。
細部まで精緻なタッチと表現で、繊細で儚い感情が交錯する深い叙情感が美しく、しみじみとした味わいがある。

収録されている3曲は、感情の浮き沈みの激しい若い頃のシューマンの音楽とは雰囲気が違う。
作曲年代では、初期、中期、後期の3曲が年代順に並べられているので、作風の違いがよくわかる。

《フモレスケ》(Op.20,1838年)(ピティナの作品解説)
同じ年に書かれた《クライスレリアーナ》に似た旋律が時々でてくるけれど、アンデルシェフスキの演奏で聴くと、《クライスレリアーナ》のような噴出する感情の激しさや明暗が対立する緊張感は薄い。
ルプーの《フモレスケ》よりも、響きも表現も柔らかで美しくて、ふわっと包み込まれるようで夢想的。
曲想の異なる曲が全体的に調和した世界のなかで統合されたような安定感を感じる。
特に第3曲の冒頭の旋律は、《ペダル・ピアノのための練習曲集》の第2曲と同じくらいに切なく哀しい。どうしてこんなに親密で繊細な美しい旋律が書けるのだろうと思うくらい。終曲は輝きと躍動感に満ちて堂々たるフィナーレ。

Piotr Anderszewski: Robert Schumann - Humoreske, Op. 20


シューマンの音楽にひそむ「なにものか」を言葉にする3作(広瀬大介)[音楽之友社ウェブサイト]
《フモレスケ》の作品解説の紹介。
『シューマン 全ピアノ作品の研究(上・下)』(西原稔著,音楽之友社,2013)は、ピアノ作品限定した詳しい解説書のようなので、これは読んでみたくなってきた。

《ペダル・ピアノのための練習曲集》(Op.56,1845年)
ペダル・ピアノはオルガンのような足鍵盤がついた楽器なので、この録音はアンデルシェフスキによるピアノ独奏用編曲版。
原曲は3段楽譜で、最下段がペダル用。2人で演奏しても良いという脚注がある。
アンデルシェフスキは、足鍵盤で弾く部分を左手のバスで弾いているはず。
このバスの旋律がバッハの通奏低音みたいに聴こえる。
アンデルシェフスキの演奏が素晴らしく、特に古典的な端正さと柔らかいレガートな響きの美しさが際立っている。第1曲と第2曲は何度聴いても飽きないくらいに好きな曲。
第1曲の和らかくカスケードしていく響きはまるでハープを聴いているような美しさ。
第2曲は哀感がこぼれ落ちてくるように切ない。対照的に第3曲は明るく軽やかに舞うよう。
ドビュッシー編曲による2台のピアノ版もあるけれど、ピアノソロの方がシンプルな旋律が美しく、音色の統一感もあり、これはピアノソロで聴きたい。

Schumann - Studien für den Pedalflügel Op.56 - I. Nicht zu schnell (Piano: Piotr Anderszewski)

※バタバタと雑音が時々聴こえてくるのは、残響が多くても響きが濁らないように、ペダルを細かく踏みかえている音だと思う。(ピアノに”足元鍵盤”を取り付けていることはないはず)

Schumann - Studien für den Pedalflügel Op.56 - II. Mit innigem Ausdruck (Piano: Piotr Anderszewski)



《暁の歌》 (Op.133,1853年)
ライン川へ身投げする5カ月前に書いたシューマン最晩年の曲。
ピティナの作品解説によると、この小品で表現されているのは、”夜明けに感じることの情景描写というよりも感情表現”なのだそう。
若い頃のような相反する感情が対立・拮抗する緊張感はなく、調和した穏やかさと不思議な透明感がある。第1番と第5番はコラールのような響きが美しい。
第1番は、夜明けを告げるように静けさと平明さに満ちて清々しく、第2番も軽やかで自由に飛翔するような開放感があり、第3番は完全に夜が明けて朝日が輝くように明るく力強い。
でも、カスケードのように流れるアルペジオが美しい第4曲には(アンデルシェフスキの演奏では)悲愴感や切迫感を感じるせいか、命が尽きようとしている蝶々が乱舞するようなイメージがする。
第5曲は穏やかな安らぎに満ちて、柔らかい響きは夢想のよう。
その後のシューマンの運命を思えば、この曲は”白鳥の歌”のように思えて、聴けば聴くほど強く惹かれるものがある。

Schumann - Gesäng der Frühe - I. In ruhigen tempo



これは、モンサンジョン監督によるドキュメンタリー映画の抜粋版。
アンデルシェフスキが弾いているのは、《暁の歌》と《ペダル・ピアノのための練習曲集》。

Piotr Anderszewski talks about Schumann


アンデルシェフスキーが話す部分に英語字幕がついているので、この2曲に対するアンデルシェフスキの捉え方がわかり、これがとても参考になる。
アンデルシェフスキ曰く、《暁の歌》は、シューマンの本性(nature)に根差した音楽、独特の雰囲気があり何か御す(tame)ようなところがなく完璧、それ自身から湧き出る”Poetry”(詩)心を感じる、黄昏のメランコリーはなく新しい地平が開かれるよう、純粋なハーモニー・装飾音・フラグメントの全てが魔法のように結び付いている、人間という存在の脆さも傷つくやすさも完全に肯定した心動かされる曲、など。
一方、《ペダル・ピアノのための練習曲集》については、カノン形式の練習曲を書く一方でバッハや対位法に興味を持っていた、シューマンの本性に反する堅牢で厳格な形式は、全てが崩壊する狂気が迫っているのを食い止める試み。

アンデルシェフスキは、Robert Walser(ロベルト・ヴァルザー,1878-1956)の著作を読んだことで、シューマンを、《暁の歌》に漂う”absurd”(理屈ではわりきれない)な何かを、理解するようになったと言う。
ヴァルザーは、ドイツ語の著作があるスイス人作家で、”Catatonic schizophrenia”(緊張型統合失調症)と診断されたため、亡くなるまでの30年近くを精神病院で過ごした。
「ローベルト・ヴァルザーは散文によるパウル・クレーだ。クレー同様に繊細で神経質だ、彼はまた心やさしいベケットだ、さらにはカフカとクライストの間のミッシング・リンクだ。」(スーザン・ソンタグ)[『ヴァルザーの詩と小品』(みすず書房)の紹介文より]


<インタビュー>
ピョートル・アンデルシェフスキ[伊熊よし子のブログ]
子供時代のピアノの先生に、1本の指でレガートを出す方法を教えてもらい、このレガート奏法を自分で工夫して弾いているという。↑の映像を見ると、緩徐部のレガートでは、指を平らにして少し滑らすように弾いているように見える。


<過去記事>
シューマン/ドビュッシー編曲 ~ カノン形式による6つの練習曲(独奏版&2台のピアノ用編曲版)

tag : シューマン アンデルシェフスキ

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こんにちは。
アンデルジェフスキのアルバムは、少し前にカーネギーホールのライヴを聴きました。バッハやヤナーチェクなどのほか、シューマンの「ウイーンの謝肉祭の道化」が収録されています。その演奏がことのほかよかった記憶があります。
フモレスケもいい曲ですよね。
 
芳野様、こんばんは。

カーネギーホール・ライブは、ベートーヴェンの31番ソナタが聴きたくて、発売時にCD買いました。
ベートーヴェンは期待通りに良かったですし、アンコールで弾いたバルトークの「チーク地方の3つのハンガリー民謡」が叙情美しくてとても印象的でした。
パルティータ第2番はアーティキュレーションがかなり凝っているわりに、叙情感があっさりとした現代的なバッハという感じがしました。

シューマンの「ウイーンの謝肉祭の道化」はスキップしていたので、これから聴いてみようと思っています。
「フモレスケ」は初めて聴きましたが、シューマンにしては明るく調和的でいい曲ですね。
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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