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ハンネス・ミンナール ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集
今一番よく聴いているのは、オランダ人の若手ピアニスト、ハンネス・ミンナールの新譜『ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集』。
発売予定日が延期されたので、amazonから届いたのは7月中旬。それからというもの、いつもはスキップする第2番と第5番も含めて何度聴いても飽きないくらいに、試聴時の印象よりもはるかに私の好きなベートーヴェンだった。
丁寧なタッチとなめらかなフレージング、多彩で澄んだ美しいソノリティ、くっきり鮮やかな立体感と、ミンナールのピアノには私の好きな要素のほとんどが揃っている。
とりわけ意外なことに、全集のなかで一番気に入ったのが第5番「皇帝」。(いつもは第4番か第3番が一番気に入ることが多い)
ミンナールの「皇帝」は、今まで聴いてきた演奏と一風違っていて、透明感があって清々しく爽やか。この暑い夏に聴くと涼しく感じるくらい。「皇帝」はもう20回くらいは聴いているけど、すっかりはまってしまった。

何度か聴いていると、「皇帝」と同じくらい好きになったのが第4番。線の細い透明感のある音色と静けさ漂う弱音が清楚でたおやかで繊細な情感が籠っていて、私がとても好きな弾き方。
この第4番の演奏で好きなのは、カッチェンとアラウ。どちらも第1楽章全体に弱音の静けさが強く漂って、ミンナールと相通じるところがある。


ミンナールの持ち味は、透明感のある多彩な響きと立体的な声部とクセのないしなやかな表現だと思うし、このベートーヴェンでもそれは変わらず。
今まで聴いた全集録音のなかでも、ピアノの響きの多彩さと美しさという点では、エゴロフ、コロリオフと並んで、一番好きなピアニストの一人。
私の好みから言えば、今まで聴いた全集録音のなかでは間違いなくマイベスト3に入る。「皇帝」に関してはカッチェンに次いで好きな演奏だった。

面白いのは、バッハ編曲集『Bach Inspirations』を弾いているのと同じように、ミンナールの奏法だとシンプルな2声の部分でも、それぞれがくっきりと浮かび上がって立体的に聴こえてくる。

テンポはどの曲も速くも遅くもない穏当なテンポで、勢い良すぎてテンポが走ってしまうことは全くない。(逆に、オケのトッティでテンポが少し上がっている感じがすることがある)
緩徐楽章ではテンポが遅いということはなく、結構速い。弱音がとても綺麗で情感もしっかり籠っているので、遅いテンポで粘って弾かずとも、落ち着いた静けさと夢見るような美しさが漂って、緩徐楽章苦手な私でも聴き惚れてしまう。

音色自体がカラフルというよりは、ソノリティの多彩さでカラフルに聴こえ、透明感のある音なので、油絵と違ってパステル画風の淡い色彩感。この明るく澄んだ音色が長調の曲(楽章)に良く似合っている。
やや硬質で線が細めの粒立ち良い音は一音一音が澄んでいて、重音やペダルを使った時でも濁らずに綺麗に響くし、とりわけペダルを使ったときの和声の響きの美しさが素晴らしい。
もともと透明感のある軽めの音質に加えて、ペダリングも上手いせいか、音がいくら重なっても響きが全然重たくならないし濁らない。
特に弱音豊かなニュアンスと柔らかな羽毛のような響きはファンタスティックなくらい。このピアノの音の美しさにうっとりしていると、いつのまにか演奏が終わっていたりする。

表現自体は斬新・奇抜だったり、ピアニストの強い個性が出るというわけではなく、ディナーミクやアゴーギグに凝ったり、弱音部で情感たっぷりに弾いたり、強奏部でガンガン弾くようなこともないので(そこそこ力感はある)、一見(一聴)した印象は地味だと思う。
澄んだ美しいソノリティと声部の立体感のバランスがいろいろ変わるので、表情自体は豊か。緩急・強弱というよりは、硬軟・柔剛の変化が鮮やかに聴こえるし、どの曲も端正で品が良く清々しい。

カッチェンの演奏と比べると、ロマン派に近付いた第3番では、細かな起伏のつけ方がちょっとぎこちないというか、硬い感じがする。特に雄壮な「皇帝」では、フォルテのタッチが柔らかくて力感があまり強くないので、強弱の落差が大きくないし、音質がやや軽めで(低音部でも)響きの厚みも量感も薄いので、重心が軽くメリハリが少し弱く感じる。
これは意識的に聴き比べた時にそう感じるので、これだけ聴いていたらさほど気になることもなく、「皇帝」の澄んだ美しい響きに聴き惚れてしまう。

オケは、音がクリアで透明感があり、響きも重厚ではなく軽やか。アクセントがよく効いてメリハリがあり、音の切れが良い。管・打楽器もよく聴こえて、テンポ感と躍動感でキビキビしている。響きも澄んでいるので、ミンナールのピアノの音に良く似合う。
ミンナールのピアノが爽やかで端正なのに対して、オケがスパイスみたいにピリっと引き締めているような気もする。
フリエンドは、同じネザーランド交響楽団とベートーヴェンの『交響曲全集』も録音している。「金管楽器セクションなどに歴史的楽器を使用、打楽器や弦楽器、木管楽器にも古楽奏法のイディオムを適用」しているそうなので、たぶんこのコンチェルトの伴奏でも楽器編成やアプローチは同じなのだと思う。

Beethoven: The Complete Piano ConcertosBeethoven: The Complete Piano Concertos
(2017/7/7)
Hannes Minnaar, Jan Willem de Vriend & The Netherlands Symphony Orchestra

試聴ファイル

このジャケット写真が面白いのは、一緒に楽譜を見ている指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリエンドが先生で、ミンナールが学生みたいに見えるところ。
フリエンド自身はヴァイオリニスト出身で音楽学者でもあり、古楽器グループ<コンバッティメント・コンソート>の芸術監督だったし、今はネザーランド交響楽団の首席指揮者兼芸術監督なので、先生風の威厳がある。
今年54歳のフリエンドより21歳も若いミンナールは、ウェービーヘアで若い学生ぽい。

この全集録音で一風変わっているのは、曲順。(分売盤を全集化した場合は除いて)一般的には、曲番通りに最初は第1番になるのに、なぜか第2番が冒頭に置かれ、次が第1番。
いつも第1番を聴いて、第2番をスキップして、第3番という順番に聴くパターンなのに、今回は第2番も最後まで聴いてしまった。
この曲順だと、モーツァルトやハイドン風の第2番から始まると、ベートーヴェンの作風の変遷が、第2番⇒第1番⇒第3番⇒第4番⇒第5番と自然な流れで聴ける。

第2番では、コロコロと粒立ちの良く軽やかでしなやかなタッチが可愛らしい。明るく澄んだ音色もこの曲にぴったり。
モーツァルトを聴いているみたいで好きではなかったこの曲が、思っていたより素敵な曲に思えてきた。
ミンナールの弾くモーツァルトのコンチェルトやピアノソナタなら、好きになれるような気がする。

次の第1番になると、若い頃のベートーヴェンのコンチェルトだとはっきりわかる力強く快活で歯切れよいタッチに。
速いテンポでやたらに元気に弾く人も結構多い第1楽章と第3楽章は、バタバタと元気過ぎず速すぎず、快活さのなかにもしなやかさと優美さがあって、品良く端正。(この曲はこういう弾き方が好きなので)

第2番⇒第1番⇒第3番になるほどフォルテもリズムも力強い。
第3番では、冒頭のピアノソロやカデンツァで和音をアルペジオで崩して弾いていたりして、前の2曲よりもロマン派風。
やはりこの曲でも、カデンツァの和音の響きが波のように豊か。弱音にはちょっとはかなげな繊細さが漂って美しい。タッチとソノリティが多彩で、アルペジオの響きはふわっと広がるように豊か。
第2楽章の弱音は静けさと温もりの籠った響きで、しみじみとした味わいがある。
ブラームスが得意だったカッチェンやルプーに比べると、時々かけるルバートがちょっとぎこちない気がしないでも...。ミンナールの録音にはロマン派がほとんど入っていないし、ロマン派的なベタっとした感情表現はあまり得意ではない気がする。

第4番は、硬質で歯切れ良いタッチと線の細い透明感のある音色できりっと引き締まった清楚さがとても美しい。しっとりとした静けさを帯びた弱音が繊細でたおやか。端正で優美で気品があって、この第1楽章はこの上なく私の好きな弾き方。
カデンツァは、ベートーヴェンが書いた2つのうち、短い方(ブレンデルやポリーニが弾いている方)。単音の線の細い旋律とか、終盤で小鳥のさえずりみたいなトリルとか、叙情感と響きの美しさからいえば、こちらの方がミンナールの音質と演奏に向いていると思う。
何度も聴いていると、この短いカデンツァがとても意味深く思えてきた。静動が急に交代して、感情の揺れが激しく、まるで神の怒りに触れた人間がパニックに陥ったみたいな錯綜感がある。
続く第2楽章は、カデンツァからの流れで、意気消沈して、消え入りそうな弱音で息も絶え絶えに囁くような歌い回し。重たく深刻な悲愴感ではなく、畏れ慄いて黙々と許しを乞うように静寂。この第2楽章はとても印象的。
※デュシャーブルの解釈では、この第2楽章は、宇宙・神・神の怒り と (ためらいつつも落ち着かせようとする)人間の対立のドラマ。

第5番「皇帝」。冒頭のアルペジオから、明るく澄んだ響きで爽やかな清涼感。迫力や重量感は薄いとは思うけど、重なりあって膨らんでいくアルペジオの豊かな響きが品の良く華やか。
協奏曲5曲のなかでは、「皇帝」の第1楽章が一番ソノリティが多彩。タッチやペダリングがいろいろ変わるので、響きも立体感も鮮やかに移り変わっていく。
第2楽章は夢見るように柔らかく優しい弱音の響きと細やかで澄んだ叙情感がとても綺麗。
第3楽章はフォルテでもタッチが穏やかなので、力感はやや弱いけれど、品良い優美さがあり、特に弱音で弾くフレーズの響きが柔らかくて優しい。
力強くパワフルな演奏が”男性的”だとすれば、ミンナールの「皇帝」は威圧的なところがなく、透き通るように爽やかなところは”中性的”で、優美なところは”女性的”という感じがする。


《ピアノ協奏曲》第3番第1楽章&第3楽章の一部のライブ映像
Orkest van het Oosten Beethoven 23 9 2016 Enschede Jan Willem de Vriend


Discover The Sound - Excerpt from Beethoven's 5th piano concerto by Hannes Minnaar

これはデッドな録音環境なので、ミンナールのピアノの音の美しさがあまりわからない。
指を鍵盤に触れながら打鍵していたり、指を滑らせるように移動させていたり、指の動きがよくわかる。たぶん上下動やブレが少ないタッチで上部雑音が少ないので、あの透明感のある綺麗な音が出るのかな?

tag : ベートーヴェン ミンナール

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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