コロリオフ ~ ベートーヴェン/後期ピアノ作品集
2020-05-20(Wed)
2年半くらい前にリリースされたエフゲニー・コロリオフの『ベートーヴェン/後期ピアノ作品集』。
選曲がユニークで、冒頭は奥様のリュプカ・ハジ=ゲオルギエヴァ(何度聴いても名前が覚えられない)とのデュオによるピアノ連弾版《大フーガ Op.134》。コロリオフのピアノソロは 《11のバガテル Op.119》と《6つのバガテル Op.126》、《ディアベリ変奏曲》。
連弾版《大フーガ》のベートーヴェン自筆譜がペンシルベニア州にある神学校の図書館で発見されたのが2005年。今はピアノ連弾のレパートリーの一つになっている。
ベートーヴェン「大フーガ」の自筆譜、115年ぶりに発見[HODGE’S PARROT]
あの「大フーガ」の楽譜の落札者がコレクションをジュリアードに寄贈[「おかか1968」ダイアリー~いっそブルレスケ~]
発売時に試聴した時には、ソロの緩徐系の曲でテンポがまったり遅くてやや粘着的なタッチと表現だったので、私の好みとは違っていて試聴どまり。でも、最近聴き直したら、ピアノの音の美しさとしっとりした情感に惹かれて、結局CDを買ってしまった。
CD2枚組。実売価格が1700円くらい。TACETにしてはかなり安い。
ピアノ連弾版《大フーガ Op.134》
原曲の大フーガを初めて聴いたのは、映画『敬愛なるベートーヴェン』の終盤だった。(この映画、タイトルの日本が変。「親愛なる」か「敬愛する」が正しいと思うけど)
ブックレットの解説によると、当初は出版社が別の作曲家に連弾版《大フーガ》の作曲を依頼したけれど、その作品に満足できなかったベートーヴェンが自分で作曲を引き継いで完成させた。
さらに晩年に近付いた頃に、ピアノ独奏曲版も作曲した。(解説では、このバージョンは原曲の巨大な音楽的豊かさとは違ったものになっているので連弾版の方が良い、とコメントしている)
連弾版は、ピアノの低音域~高音域を幅広く使っているので、弦楽四重奏よりも音色がとってもカラフル。スタッカートが多いし、フレーズやスラーがかかっている音が短いので、音が跳びはねるような躍動感と、4手で弾いているので重層感と立体感もある。
原曲の深遠さはないとはいえ、現世と隔絶し調和と純粋さで完結した小宇宙のなかで色とりどりの音たちが自由に戯れているような愉悦感がある。Meno mosso e moderatoでは、遊び疲れた音たちがちょっと一休みしているように穏やか。Allegroは単音とトリルが軽やかに楽しそうに舞っている。終盤は調和的な和音で明るいエンディング。
楽譜を見ながら聴いていたら、似たような音型がずっと続くし、主旋律が左手と右手に頻繁にを移り変わるので、どこを弾いているのか迷子になってしまった。楽譜見ないで聴いた方がずっと楽しいし、もともと弦楽重奏曲の音色があまり好きではない私は原曲よりもずっと好き。
Große Fuge in B-Flat Major, Op. 134
ピアノ独奏版(↓)になると、音が少なくて(特に低音域)、色彩感・立体感・重層感とも薄くて、やはりピアノで弾くなら連弾版の方がいいと思う。
有馬みどり: Ludwig van Beethoven Große Fuge in B Dur Op.133 on piano / ベートーヴェン: 大フーガ(ピアノソロ版) 変ロ長調 作品 133
原曲の弦楽四重奏。
Beethoven Große Fuge B Dur Op 133 Alban Berg Quartett
コロリオフのピアノソロは、明瞭で潤いのある多彩な音色と長い残響が美しい。やや粘りのあるタッチと流麗で細やか起伏のある表情が立体的で彫りが深く、しっとりした情感が豊かで深みがある。コロリオフのフォルテは鋼のような力感と時には荒々しさも加わって、流麗で繊細な弱音とは対照的。この落差の大きさで表情がさらに豊かに聴こえる。
《11のバガテル Op.119》、《6つのバガテル Op.126》
ベートーヴェンのバガテル集は、色とりどりのお菓子が詰め込まれた小箱みたいな楽しい作品集。シンプルで歌謡性のある旋律と美しい和声で叙情豊か。第10番と第11番は短いけど、その他の作品は小さなソナチネみたいに中間部も入っていたりして、曲想の変化が楽しめる。
第1番ト短調:短調の憂いを帯びた主題、中間部(長調)は安らぎが明るく綺麗
第2番ハ長調:ちょっとユーモラスな旋律が、カッコウみたいにエコーする。
第3番ニ長調:愛らしく優し気に問いかけるような旋律がオルゴールみたいな響き。中間部は輝くように明るく快活。
第4番イ長調:穏やかな回想風な優しく柔らかい旋律。
第5番ハ短調:付点のリズムとトリルで悲愴感を帯びた行進曲風でドラマティック。
第6番ト長調:冒頭は瞑想風、ちょとお茶目な主題とリズム、問いかけ風の旋律、音の動きが面白い。
第7番ハ長調:トリルが夢想的、散文的、上昇する旋律、音の動き面白い。
第8番ハ長調:穏やかなで静かな回想風
第9番イ短調:憂いをおびた舞曲風
第10番イ長調:音が快活に飛び回る断片
第11番変ロ長調:穏やかな回想風
ベートーヴェン最後のピアノ作品《6つのバガテル Op.126》は、現世的なOp.119とは別世界で、凝縮されて完結した小宇宙みたいな曲集。
第1番ト長調:シンプルな旋律が調和的で均整のとれた美しさ。
第2番ト短調:警告するような急迫的な旋律がドラマティック。光と影、憂いと安息感が交錯する。
第3番変ホ長調:安息感に満ちた穏やかで追憶するような冒頭から、甘い夢を見るようなエンディング。
第4番ロ短調:力強くも軽快なタッチで拍子をきっちり刻んで、舞踏か駆け足みたいにリズミカル。
第5番ト長調:大切なものを思い遣るような優しさ。
第6番変ホ長調:冒頭は序幕、次に過ぎ去り過去の甘い思い出の追憶、最後は序奏に似た幕引き。
特に好きなのは第5番、次に第1番。でも、コロリオフの第5番の弾き方はしっとりと密やかすぎて好みと違うので、第6番の方が好き。
6 Bagatelles, Op. 126: No. 1, Andante con moto
6 Bagatelles, Op. 126: No. 6, Presto - Andante amabile e con moto
《ディアベリ変奏曲》
《ディアベリ変奏曲》は好きな曲なので、いろんなピアニストの演奏を聴いてきたけど、この曲を面白く聴かせるのは至難の業だと思う。
コロリオフのディアベリは太目で輪郭のしっかりした音色と、量感・力感豊かな響きで、テンポも速すぎず重みと安定感がある。同時に、音色の色彩感が美しく、タッチの硬軟・強弱の違いで響きのバリエーションが豊かで、しっかりとした深みのあるフォルテも煌きのある高音もどちらも美しい。もともとコロリオフのピアノの音は綺麗だし、Tacetの音質も素晴らしく良い。
流麗でもややルバートがかったフレージングで、メリハリと立体感もあり、表情の彫りも深い。特にしっとりした音色と少し粘着的なタッチの緩徐系変奏が叙情美しい。急速楽章は速いテンポと鋼のように力強く打ち込む打鍵でコントラストが鮮やか。変奏ごとの曲想の違い(優美、愛らしさ、ユーモラス、哀感、疾走感、軽快さ、etc)が楽しめて、全然退屈しない。
コロリオフ以上に彫の深いソコロフの演奏はかなり人工的なものを感じるけど(それでも面白さはこの上なく)、コロリオフの表現と音楽の流れは流麗で自然な趣があり、特にしっとりした叙情感が美しい。今まで聴いたディアベリの中では一番好きかもしれない。
一番な好きな第24変奏の”Fughetta”。
Diabelli Variations, Op. 120: Var. 24, Fughetta
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
選曲がユニークで、冒頭は奥様のリュプカ・ハジ=ゲオルギエヴァ(何度聴いても名前が覚えられない)とのデュオによるピアノ連弾版《大フーガ Op.134》。コロリオフのピアノソロは 《11のバガテル Op.119》と《6つのバガテル Op.126》、《ディアベリ変奏曲》。
連弾版《大フーガ》のベートーヴェン自筆譜がペンシルベニア州にある神学校の図書館で発見されたのが2005年。今はピアノ連弾のレパートリーの一つになっている。


発売時に試聴した時には、ソロの緩徐系の曲でテンポがまったり遅くてやや粘着的なタッチと表現だったので、私の好みとは違っていて試聴どまり。でも、最近聴き直したら、ピアノの音の美しさとしっとりした情感に惹かれて、結局CDを買ってしまった。
![]() | Beethoven: Late Piano Works (2017/11/10) Evgeni Koroliov,Duo Koroliov 試聴ファイル(allmusic.com) |
ピアノ連弾版《大フーガ Op.134》
原曲の大フーガを初めて聴いたのは、映画『敬愛なるベートーヴェン』の終盤だった。(この映画、タイトルの日本が変。「親愛なる」か「敬愛する」が正しいと思うけど)
ブックレットの解説によると、当初は出版社が別の作曲家に連弾版《大フーガ》の作曲を依頼したけれど、その作品に満足できなかったベートーヴェンが自分で作曲を引き継いで完成させた。
さらに晩年に近付いた頃に、ピアノ独奏曲版も作曲した。(解説では、このバージョンは原曲の巨大な音楽的豊かさとは違ったものになっているので連弾版の方が良い、とコメントしている)
連弾版は、ピアノの低音域~高音域を幅広く使っているので、弦楽四重奏よりも音色がとってもカラフル。スタッカートが多いし、フレーズやスラーがかかっている音が短いので、音が跳びはねるような躍動感と、4手で弾いているので重層感と立体感もある。
原曲の深遠さはないとはいえ、現世と隔絶し調和と純粋さで完結した小宇宙のなかで色とりどりの音たちが自由に戯れているような愉悦感がある。Meno mosso e moderatoでは、遊び疲れた音たちがちょっと一休みしているように穏やか。Allegroは単音とトリルが軽やかに楽しそうに舞っている。終盤は調和的な和音で明るいエンディング。
楽譜を見ながら聴いていたら、似たような音型がずっと続くし、主旋律が左手と右手に頻繁にを移り変わるので、どこを弾いているのか迷子になってしまった。楽譜見ないで聴いた方がずっと楽しいし、もともと弦楽重奏曲の音色があまり好きではない私は原曲よりもずっと好き。
Große Fuge in B-Flat Major, Op. 134
ピアノ独奏版(↓)になると、音が少なくて(特に低音域)、色彩感・立体感・重層感とも薄くて、やはりピアノで弾くなら連弾版の方がいいと思う。
有馬みどり: Ludwig van Beethoven Große Fuge in B Dur Op.133 on piano / ベートーヴェン: 大フーガ(ピアノソロ版) 変ロ長調 作品 133
原曲の弦楽四重奏。
Beethoven Große Fuge B Dur Op 133 Alban Berg Quartett
コロリオフのピアノソロは、明瞭で潤いのある多彩な音色と長い残響が美しい。やや粘りのあるタッチと流麗で細やか起伏のある表情が立体的で彫りが深く、しっとりした情感が豊かで深みがある。コロリオフのフォルテは鋼のような力感と時には荒々しさも加わって、流麗で繊細な弱音とは対照的。この落差の大きさで表情がさらに豊かに聴こえる。
《11のバガテル Op.119》、《6つのバガテル Op.126》
ベートーヴェンのバガテル集は、色とりどりのお菓子が詰め込まれた小箱みたいな楽しい作品集。シンプルで歌謡性のある旋律と美しい和声で叙情豊か。第10番と第11番は短いけど、その他の作品は小さなソナチネみたいに中間部も入っていたりして、曲想の変化が楽しめる。
第1番ト短調:短調の憂いを帯びた主題、中間部(長調)は安らぎが明るく綺麗
第2番ハ長調:ちょっとユーモラスな旋律が、カッコウみたいにエコーする。
第3番ニ長調:愛らしく優し気に問いかけるような旋律がオルゴールみたいな響き。中間部は輝くように明るく快活。
第4番イ長調:穏やかな回想風な優しく柔らかい旋律。
第5番ハ短調:付点のリズムとトリルで悲愴感を帯びた行進曲風でドラマティック。
第6番ト長調:冒頭は瞑想風、ちょとお茶目な主題とリズム、問いかけ風の旋律、音の動きが面白い。
第7番ハ長調:トリルが夢想的、散文的、上昇する旋律、音の動き面白い。
第8番ハ長調:穏やかなで静かな回想風
第9番イ短調:憂いをおびた舞曲風
第10番イ長調:音が快活に飛び回る断片
第11番変ロ長調:穏やかな回想風
ベートーヴェン最後のピアノ作品《6つのバガテル Op.126》は、現世的なOp.119とは別世界で、凝縮されて完結した小宇宙みたいな曲集。
第1番ト長調:シンプルな旋律が調和的で均整のとれた美しさ。
第2番ト短調:警告するような急迫的な旋律がドラマティック。光と影、憂いと安息感が交錯する。
第3番変ホ長調:安息感に満ちた穏やかで追憶するような冒頭から、甘い夢を見るようなエンディング。
第4番ロ短調:力強くも軽快なタッチで拍子をきっちり刻んで、舞踏か駆け足みたいにリズミカル。
第5番ト長調:大切なものを思い遣るような優しさ。
第6番変ホ長調:冒頭は序幕、次に過ぎ去り過去の甘い思い出の追憶、最後は序奏に似た幕引き。
特に好きなのは第5番、次に第1番。でも、コロリオフの第5番の弾き方はしっとりと密やかすぎて好みと違うので、第6番の方が好き。
6 Bagatelles, Op. 126: No. 1, Andante con moto
6 Bagatelles, Op. 126: No. 6, Presto - Andante amabile e con moto
《ディアベリ変奏曲》
《ディアベリ変奏曲》は好きな曲なので、いろんなピアニストの演奏を聴いてきたけど、この曲を面白く聴かせるのは至難の業だと思う。
コロリオフのディアベリは太目で輪郭のしっかりした音色と、量感・力感豊かな響きで、テンポも速すぎず重みと安定感がある。同時に、音色の色彩感が美しく、タッチの硬軟・強弱の違いで響きのバリエーションが豊かで、しっかりとした深みのあるフォルテも煌きのある高音もどちらも美しい。もともとコロリオフのピアノの音は綺麗だし、Tacetの音質も素晴らしく良い。
流麗でもややルバートがかったフレージングで、メリハリと立体感もあり、表情の彫りも深い。特にしっとりした音色と少し粘着的なタッチの緩徐系変奏が叙情美しい。急速楽章は速いテンポと鋼のように力強く打ち込む打鍵でコントラストが鮮やか。変奏ごとの曲想の違い(優美、愛らしさ、ユーモラス、哀感、疾走感、軽快さ、etc)が楽しめて、全然退屈しない。
コロリオフ以上に彫の深いソコロフの演奏はかなり人工的なものを感じるけど(それでも面白さはこの上なく)、コロリオフの表現と音楽の流れは流麗で自然な趣があり、特にしっとりした叙情感が美しい。今まで聴いたディアベリの中では一番好きかもしれない。
一番な好きな第24変奏の”Fughetta”。
Diabelli Variations, Op. 120: Var. 24, Fughetta
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