2018_02
09
(Fri)18:00

カッチェン、謎の録音 ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番 

Youtubeに最近登録されていたのは、カッチェンのベートーヴェン《ピアノ・ソナタ第30番 Op.109》の音源。
この曲はDECCAの録音全集にも、今まで他レーベルでリリースされたライブ録音にも、Youtubeのライブ映像にも残っていない。録音場所と日付が書いていないので、真偽不明。
録音は1967年なので、演奏(録音)時から50年が経過してパブリックドメインとなったため、公開された模様。
1950年代のスタジオ録音をリマスタリングしたみたいなちょっと古めかしいモノラルな音がする。音自体は鮮明なので聴きづらいということはない。
DECCAの未公開録音が存在していたとしても、1967年のステレオ録音とは思えない。演奏会のライブ録音にしては雑音が入っていないので、どこかの放送局のアーカイブで保管されていた放送用録音か、そのラジオ放送をリスナーがたまたま録音していたのか、どちらかではなかろうかと。

本当にカッチェンの演奏なんだろうか?と半信半疑ながらもじっくりと聴いてみると、カッチェンの演奏だと言われても全然違和感がない。
少し丸みのあるコロコロした音色、重量感のある左手、少し掠れたような弱々しい弱音の静けさ、音と音の間合いとフレージング、強弱の振幅の大きさと移り変わり方、ベタっとした情緒過剰さのない頻繁なルバート、繊細ながらもさっぱりとした叙情感、最終楽章終盤の盛り上がり方とか、とてもカッチェンらしい。
特に、急速部の演奏でよくわかるカッチェンの特徴は、指回りの良さとテンポが前のめりになるクセ。Prestissimoの第2楽章なんて、カッチェンならこう弾くだろうと思うような急き込むようなテンポと滑るような指回りだし。(彼が弾いているのなら、当然のことだけど)

何よりもこの演奏から感じとれる情感と”息づかい”というか”呼吸”のようなものが、聴き慣れたカッチェンの演奏と同じ。
詳しい録音状況はわからなくとも、繰り返し聴けば聴くほど、間違いなくカッチェンが弾いていると思えるし、カッチェンの演奏だと思って聴けばとても幸せな気分になれる。たとえ違っていたとしても、この演奏自体がとても好きなので、それはそれで全然構わない。



チャンネル開設者のアカウント名は”Piano Platform”。マイチャンネルの「チャンネル」には英国のピアニスト・オルガニストであるJohn Peace氏のチャンネルが表示されている。これが現役のピアニストがアップロードした音源なのであれば、やはり本物に違いない気がする。


”Piano Platform”のチャンネルには、同じくカッチェンのショパン《幻想曲》、バッハ《パルティータ第2番》が登録されていた。
録音年を見ると、両方とも1967年なので、既出音源(ショパンが1949年DECCA盤、バッハが1965年Dremi盤)とは異なる別音源。音質的にはベートーヴェンと同じなので、ベートーヴェンのソナタと同時に録音したのだと思う。


Chopin - Fantaisie in F minor Op 49 - Julius Katchen


ショパンの《幻想曲》のDECCA盤は1949年録音。DECCA盤よりも音の分離がよく、ずっと聴きやすい。
テンポ・演奏時間はほぼ同じ。DECCA盤よりも、タッチも表現もはるかに丁寧になっているので、フォルテでも音が尖っていないし、荒っぽさを感じたところも無くなっている。23年前の演奏と聴き比べても、フレージングのクセや音の間合とかはほとんど変わっていない。
どちらの演奏も音の線が太くて重量感があり、強奏部はダイナミックでパワフル。
この曲はほとんど聴かないけど、冒頭を聴くたびに、「雪の降るまちを~」という歌詞が頭の中を流れて行く。
ちょっと感傷的な曲だけど、カッチェンが弾くと力強くて男性的なショパンなので、ブラームスを聴いている気分がしたりする。この曲に限らず、カッチェンのショパンは面白くて結構好き。


Bach - Keyboard Partita No 2 C minor (BWV 826) Julius Katchen


Doremi Record盤の《パルティータ第2番》は1965年のライブ録音。↑の音源の2年前に録音しているので、聴き比べればカッチェンの演奏かどうかはっきりわかるはず。
テンポ・演奏時間から、アーティキュレーション、フレージング、装飾音の弾き方とか細かいところもほぼ同じ。
特に「V. Rondeau」が滅法速くて1分12秒で弾いているし、こんな弾き方をするのはカッチェンしかいない思う。(このテンポはいくら何でも速すぎると思うけど)
音質はDoremi盤とは全く違う。Doremi盤の方はややデッドで客席の雑音が入っているし、はるかに音が近くて鮮明で細部まで明瞭に聴きとれる。
音質の違いはともかく、あまりに弾き方がそっくりなので、録音年が間違っていて「1967」ではなくて「1965」ではないかと疑ったけど、同じフレーズでの指のもつれ具合が微妙に違っている。
やはりこの音源は明らかにカッチェンの未発表の演奏。ということは、ショパンもベートーヴェンも同じくカッチェンが弾いているのは確実だと思う。

それにしても、どうやってこの未発表音源を手に入れたのだろう?
もし放送用録音ではないのであれば、カッチェンはDECCAスタジオがあるイギリスにもよく行っていただろうし、Peace氏はイギリス人のピアニストなので、カッチェンと何らかの接点があって、私家録音を持っていたとか? 録音年以外の情報が載っていないので、謎のまま。


[2/10 追記]
ヘッドフォンで聴いていると、ときたま後方でピアノの音や物音がかすかに聴こえる。
客席の雑音とは違う別室の雑音なので、この雑音が混じったシチュエーションとして考えられるのは、ラジオ放送(放送用録音)をリスナーが録音をしていた、または、(隔絶されたスタジオではなく)小人数のサロン等で演奏/演奏会前のリハーサル/普段の練習時の演奏を録音していた(いわゆる「私家録音」の類)、とか。

タグ:ベートーヴェン バッハ ショパン カッチェン

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