ポール・ルイス ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集(1)第16番、第17番「テンペスト」、第18番「狩り」、第8番「悲愴」、第11番、第28番
2020-05-15(Fri)
昨年11月に発売されたポール・ルイスの『ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集&ピアノ協奏曲全集』。2005年~2007年にかけて録音した分売盤をBOXセットにまとめた廉価盤。私は「ピアノ協奏曲全集」と「ピアノ・ソナタ全集Vol.4」だけ持っている。
久しぶりにルイスのピアノ・ソナタをCDや(購入していないCDの曲を)NMLで聴いていたら、発売時に聴いた印象とは随分違って、時々力をすっと抜く緩さというか優しいタッチがなぜか妙に心地良い。
結局、全曲CDで聴きたくなって、全集BOXを購入。実際CDで聴くと、試聴時よりさらに印象が良くなって、ルイスの演奏で好きになった曲が結構多いので、全集盤を買って本当に良かった。手持ちの全集盤のなかでは、レーゼルと並ぶマイベスト盤の一つ。
ルイスのベートーヴェンは、軽やかなタッチと柔らかく多彩な響きに抑揚のあるしなやかなフレージングで、自然な趣きと親密感があり、時々リートを聴いているような気がする。
ベートーヴェンというとフォルテは力強くて、急速楽章は疾風怒濤なタイプの演奏が少なくない。そういうベートーヴェンを聴き続けているとちょっと疲れてくるので、ルイスのベートーヴェンの優しさと爽やかさが新鮮でとても気に入ってしまった。
分売盤の発行順にセットされている。《ディアベリ変奏曲》と《ピアノ協奏曲全集》(伴奏はビエロフラーヴェク指揮BBC交響楽団)も収録。(カスタマーレビューに書かれていた)初期ロットのエラー(DISC2track10)が残っているかも..と少し心配していたけど、購入したBOXセットはプレスし直した良品だった。
<曲順>
[CD1] 第16番,第17番「テンペスト」,第18番「狩り」(2005年4月)
[CD2] 第8番 「悲愴」,第11番,第28番(2005年12月,2006年3月)
[CD3] 第9番,第10番,第24番,第21番 「ワルトシュタイン」(2005年12月,4月)
[CD4] 第27番,第25番,第29番 「ハンマークラヴィーア」(2006年3月,6月)
[CD5] 第1番,第2番,第3番(2006年10月,11月)
[CD6] 第4番,第22番,第23番『熱情』(2006年10月,11月)
[CD7] 第12番(「葬送行進曲」,第13番(「幻想曲風」),第14番「月光」(2006年10月、11月)
[CD8] 第5番,第6番,第7番(2007年4月)
[CD9] 第15番「田園」,第19番,第20番,第26番「告別」(2005年4月,2006年6月,2007年4月)
[CD10] 第30番,第31番,第32番(2007年6月)
録音場所:ベルリン、テルデックス・スタジオ
響きの美しさは、師匠のブレンデルを思い出すくらいに美しい。(音色はブレンデルの方がカラフルで、響きは硬質だと思う。)
陰翳の薄い明るく暖かみのある音色と丸みのある柔らかい響きがふんわりと包み込むように優しい。
タッチとペダルの使い方が凝っていて、響きのヴァリエーションが多彩。ペダルを多用して残響が重なっていくのに混濁感は感じない。
フレージングは滑らかで起伏は緩やかでも、繊細なニュアンスが籠って表情豊かに聴こえる。
急速楽章は速すぎないテンポと軽快なリズムで疾走感と躍動感がある。フォルテは強打せずともほどよい力感と弾力があって、ガンガンと尖ったところがない。(フォルテはこういうきれいなタッチと響きが好き。)
ただし、(「月光」「悲愴」や「第1番」などの)急速楽章はヘッドフォンで聴いているとあまり迫力を感じないのに、スピーカーで聴いたら疾走感も白熱感もしっかりあって、ヘッドフォンで聴くのが良いとは限らない。(響きの美しさをしっかり味わうならヘッドフォンの方が良い。)
緩徐楽章は、テンポが遅すぎず、弱音のタッチは感情込め過ぎたり神経質なところはないけど、弱音の段階が細かくて響きも多彩でニュアンスが繊細。
ダイナミックレンジはあまり広くはなく、フォルテよりも弱音側に寄っているように感じるせいか、フォルテを強打せずともメリハリあるように感じる。表現に大仰さはなく、フォルテが強くて起伏が大きい雄弁な演奏ではなく、緩やかな起伏で歌うような抑揚のあるフレージングに、弾き語りやリートを聴いている気がすることも多い。
ルイスのピアノ・ソナタはどれも響きが多彩で美しくて、それだけでも聴きたくなる上に、解釈が独特でびっくりするほど素晴らしいと思う曲がいくつも見つかるので、意外性があって楽しい。
[CD1]で好きな演奏は、第16番第3楽章、「テンペスト」第3楽章、「狩り」、[CD2]では「悲愴」全楽章,第11番第4楽章。特に第16番第3楽章が素晴らしい。
<第16番>
第3楽章:主旋律・内声部・伴奏の横の線が滑らかに流れ、互いに絡み合って途切れなく旋律が次々と受け渡されて行くのは、まるで一筆書きみたい。響きが重なり合っていくのに濁りがなくて、この演奏は素晴らしい。
Sonata No. 16 in G Major, Op. 31 No. 1: III. Rondo - Allegretto
<第17番「テンペスト」>
第1楽章;テンポ遅めで、フォルテの力感も緩めなので、悲愴感は薄め。
第3楽章:タッチが柔らかくて、オクターブ移動でもタッチも響きも軽やか。拍子を正確に刻むので、あまり疾走感は少ない。
しっとりと濡れたような質感の響きが美しい。波が打ち寄せるようなうねりのあるファンタスティクな響き。ペダリングが凝っていて響きの厚みと長さがいろいろ変わって多彩。ペダルを入れた持続音の残響がかなり長くてこの弾き方が面白い。
Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 - “The Tempest”: III. Allegretto
<第18番「狩り」>
第1楽章:この楽章のイメージとはかなり違って、弱音よりでリズムが緩めで、フレージングは流麗でしなやか。
第2楽章:第1楽章よりはタッチが少し強めで、リズミカル。勇猛さがなくて、子供の運動会みたいに可愛らしい。一本調子でないところが逆に面白い。第4楽章
第3楽章:ペダルを使った時の響きが幻想的で美しい。
第4楽章:テンポ速めでリズム感良く、ペダルを入れたときの響きが綺麗。波が打ち寄せるようなうねりのある響きが幻想的。低音とフォルテはダイナミックで重層感あり。
第3楽章以外は曲想的に似た印象があったけど、ルイスの弾き方だと第1楽章が緩い分、第2楽章、第4楽章と、スピード感と躍動感がアップしていくので、メリハリがあって面白くて、この演奏はとても好き。
Sonata No. 18 in E-Flat Major, Op. 31 No. 3: IV. Presto con fuoco
<第8番「悲愴」>
第1楽章:速いテンポと軽やかなタッチがリズミカルで、軽快で爽やかな疾走感。クレッシェンドが波みたい盛り上がり、程よい力感と勢いがあって、ちょっとスリリング。右手の主旋律だけでなく左手の伴奏もニュアンスや響きが豊かで、歌うような抑揚が表情豊か。力強さと優美さがバランスよく溶け合ったような感じ。似たような音型が続くので単調な曲だけど、ルイスの演奏は滑らかなフレージングが表情豊かで響きも美しい。
第2楽章:テンポは速めで、さらりとしたフレージングでも、温もりと甘みのある優しい弱音と歌うような語り口。寄り添うような親密感が繊細な情感が籠っていて、まるでリートを聴いているみたい。この楽章では一番好きな弾き方。
第3楽章;軽やかなタッチと音色で繊細な弱音が美しく、そこはかとない憂いも漂っていて優美。
Sonate No. 8 "Pathétique" en ut mineur, Op. 13: II. Andante cantabile
<第11番>
まともに聴いたことがない第11番を珍しく全楽章聴いて見たら、楽し気でユーモアを感じる第1楽章よりも優しく歌うような第3楽章の方が好き。中間部で下行するスケールがカスケードみたいで面白い。苦手な緩徐楽章も響きが綺麗で明るくて意外と好きな曲。
一番好きなのがロンド形式の第4楽章。明るい主題旋律と対照的な短調の第3主題がトッカータ風で対位法も組み合わさってバロック風になってドラマティック。さらに再現部が変奏曲になって、ソナタ形式よりも構成が入り組んでいて、この第4楽章がこんなに聴きごたえがあるとは思わなかった。
<第28番>
第1楽章:柔らかく繊細な弱音が美しく、フレージングは呟くような語り口で、詩情豊か。
第2楽章:タッチとリズムが軽やか。ペダルを入れた弱音の響きが特に綺麗。柔らかい弱音で問いかけるような旋律の中間部と次の第3楽章は、ほとんどシューベルト聴いているみたいな気分。
第4楽章:テンポが遅めで勢いはあまりないけど、フレージングが丁寧。フーガは綺麗な響きで優美。(好みとしてはもっと力感があって荘重で構築感ある方が好き)
<関連情報>
インタビュー ポール・ルイス(王子ホールマガジン Vol.31 より)
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
久しぶりにルイスのピアノ・ソナタをCDや(購入していないCDの曲を)NMLで聴いていたら、発売時に聴いた印象とは随分違って、時々力をすっと抜く緩さというか優しいタッチがなぜか妙に心地良い。
結局、全曲CDで聴きたくなって、全集BOXを購入。実際CDで聴くと、試聴時よりさらに印象が良くなって、ルイスの演奏で好きになった曲が結構多いので、全集盤を買って本当に良かった。手持ちの全集盤のなかでは、レーゼルと並ぶマイベスト盤の一つ。
ルイスのベートーヴェンは、軽やかなタッチと柔らかく多彩な響きに抑揚のあるしなやかなフレージングで、自然な趣きと親密感があり、時々リートを聴いているような気がする。
ベートーヴェンというとフォルテは力強くて、急速楽章は疾風怒濤なタイプの演奏が少なくない。そういうベートーヴェンを聴き続けているとちょっと疲れてくるので、ルイスのベートーヴェンの優しさと爽やかさが新鮮でとても気に入ってしまった。
![]() | Beethoven: Complete Piano Sonatas (2019/11/15) Paul Lewis 試聴ファイル(allmusic.com、ピアノソナタ全集原盤) |
<曲順>
[CD1] 第16番,第17番「テンペスト」,第18番「狩り」(2005年4月)
[CD2] 第8番 「悲愴」,第11番,第28番(2005年12月,2006年3月)
[CD3] 第9番,第10番,第24番,第21番 「ワルトシュタイン」(2005年12月,4月)
[CD4] 第27番,第25番,第29番 「ハンマークラヴィーア」(2006年3月,6月)
[CD5] 第1番,第2番,第3番(2006年10月,11月)
[CD6] 第4番,第22番,第23番『熱情』(2006年10月,11月)
[CD7] 第12番(「葬送行進曲」,第13番(「幻想曲風」),第14番「月光」(2006年10月、11月)
[CD8] 第5番,第6番,第7番(2007年4月)
[CD9] 第15番「田園」,第19番,第20番,第26番「告別」(2005年4月,2006年6月,2007年4月)
[CD10] 第30番,第31番,第32番(2007年6月)
録音場所:ベルリン、テルデックス・スタジオ
響きの美しさは、師匠のブレンデルを思い出すくらいに美しい。(音色はブレンデルの方がカラフルで、響きは硬質だと思う。)
陰翳の薄い明るく暖かみのある音色と丸みのある柔らかい響きがふんわりと包み込むように優しい。
タッチとペダルの使い方が凝っていて、響きのヴァリエーションが多彩。ペダルを多用して残響が重なっていくのに混濁感は感じない。
フレージングは滑らかで起伏は緩やかでも、繊細なニュアンスが籠って表情豊かに聴こえる。
急速楽章は速すぎないテンポと軽快なリズムで疾走感と躍動感がある。フォルテは強打せずともほどよい力感と弾力があって、ガンガンと尖ったところがない。(フォルテはこういうきれいなタッチと響きが好き。)
ただし、(「月光」「悲愴」や「第1番」などの)急速楽章はヘッドフォンで聴いているとあまり迫力を感じないのに、スピーカーで聴いたら疾走感も白熱感もしっかりあって、ヘッドフォンで聴くのが良いとは限らない。(響きの美しさをしっかり味わうならヘッドフォンの方が良い。)
緩徐楽章は、テンポが遅すぎず、弱音のタッチは感情込め過ぎたり神経質なところはないけど、弱音の段階が細かくて響きも多彩でニュアンスが繊細。
ダイナミックレンジはあまり広くはなく、フォルテよりも弱音側に寄っているように感じるせいか、フォルテを強打せずともメリハリあるように感じる。表現に大仰さはなく、フォルテが強くて起伏が大きい雄弁な演奏ではなく、緩やかな起伏で歌うような抑揚のあるフレージングに、弾き語りやリートを聴いている気がすることも多い。
ルイスのピアノ・ソナタはどれも響きが多彩で美しくて、それだけでも聴きたくなる上に、解釈が独特でびっくりするほど素晴らしいと思う曲がいくつも見つかるので、意外性があって楽しい。
[CD1]で好きな演奏は、第16番第3楽章、「テンペスト」第3楽章、「狩り」、[CD2]では「悲愴」全楽章,第11番第4楽章。特に第16番第3楽章が素晴らしい。
<第16番>
第3楽章:主旋律・内声部・伴奏の横の線が滑らかに流れ、互いに絡み合って途切れなく旋律が次々と受け渡されて行くのは、まるで一筆書きみたい。響きが重なり合っていくのに濁りがなくて、この演奏は素晴らしい。
Sonata No. 16 in G Major, Op. 31 No. 1: III. Rondo - Allegretto
<第17番「テンペスト」>
第1楽章;テンポ遅めで、フォルテの力感も緩めなので、悲愴感は薄め。
第3楽章:タッチが柔らかくて、オクターブ移動でもタッチも響きも軽やか。拍子を正確に刻むので、あまり疾走感は少ない。
しっとりと濡れたような質感の響きが美しい。波が打ち寄せるようなうねりのあるファンタスティクな響き。ペダリングが凝っていて響きの厚みと長さがいろいろ変わって多彩。ペダルを入れた持続音の残響がかなり長くてこの弾き方が面白い。
Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 - “The Tempest”: III. Allegretto
<第18番「狩り」>
第1楽章:この楽章のイメージとはかなり違って、弱音よりでリズムが緩めで、フレージングは流麗でしなやか。
第2楽章:第1楽章よりはタッチが少し強めで、リズミカル。勇猛さがなくて、子供の運動会みたいに可愛らしい。一本調子でないところが逆に面白い。第4楽章
第3楽章:ペダルを使った時の響きが幻想的で美しい。
第4楽章:テンポ速めでリズム感良く、ペダルを入れたときの響きが綺麗。波が打ち寄せるようなうねりのある響きが幻想的。低音とフォルテはダイナミックで重層感あり。
第3楽章以外は曲想的に似た印象があったけど、ルイスの弾き方だと第1楽章が緩い分、第2楽章、第4楽章と、スピード感と躍動感がアップしていくので、メリハリがあって面白くて、この演奏はとても好き。
Sonata No. 18 in E-Flat Major, Op. 31 No. 3: IV. Presto con fuoco
<第8番「悲愴」>
第1楽章:速いテンポと軽やかなタッチがリズミカルで、軽快で爽やかな疾走感。クレッシェンドが波みたい盛り上がり、程よい力感と勢いがあって、ちょっとスリリング。右手の主旋律だけでなく左手の伴奏もニュアンスや響きが豊かで、歌うような抑揚が表情豊か。力強さと優美さがバランスよく溶け合ったような感じ。似たような音型が続くので単調な曲だけど、ルイスの演奏は滑らかなフレージングが表情豊かで響きも美しい。
第2楽章:テンポは速めで、さらりとしたフレージングでも、温もりと甘みのある優しい弱音と歌うような語り口。寄り添うような親密感が繊細な情感が籠っていて、まるでリートを聴いているみたい。この楽章では一番好きな弾き方。
第3楽章;軽やかなタッチと音色で繊細な弱音が美しく、そこはかとない憂いも漂っていて優美。
Sonate No. 8 "Pathétique" en ut mineur, Op. 13: II. Andante cantabile
<第11番>
まともに聴いたことがない第11番を珍しく全楽章聴いて見たら、楽し気でユーモアを感じる第1楽章よりも優しく歌うような第3楽章の方が好き。中間部で下行するスケールがカスケードみたいで面白い。苦手な緩徐楽章も響きが綺麗で明るくて意外と好きな曲。
一番好きなのがロンド形式の第4楽章。明るい主題旋律と対照的な短調の第3主題がトッカータ風で対位法も組み合わさってバロック風になってドラマティック。さらに再現部が変奏曲になって、ソナタ形式よりも構成が入り組んでいて、この第4楽章がこんなに聴きごたえがあるとは思わなかった。
<第28番>
第1楽章:柔らかく繊細な弱音が美しく、フレージングは呟くような語り口で、詩情豊か。
第2楽章:タッチとリズムが軽やか。ペダルを入れた弱音の響きが特に綺麗。柔らかい弱音で問いかけるような旋律の中間部と次の第3楽章は、ほとんどシューベルト聴いているみたいな気分。
第4楽章:テンポが遅めで勢いはあまりないけど、フレージングが丁寧。フーガは綺麗な響きで優美。(好みとしてはもっと力感があって荘重で構築感ある方が好き)
<関連情報>

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