2018_05
03
(Thu)10:00

ポール・ルイス ~ ハイドン/ピアノ・ソナタ集 

『レコード芸術5月号』に載っていたルイスのインタビューを読んで、ますます聴きたくなった『ハイドン/ピアノ・ソナタ集』。
タワーレコードの発売日が1週間ほど繰り上がって5月1日に到着。CDで聴くと、試聴した時よりもはるかにルイスのハイドンが好きになってしまった。
芯のしっかりしたまろやかな音と多彩なソノリティがとても綺麗で心地よく響く。伸びやかで豊かな響きにスケール感と開放感があるのは、”温和で明るいベートーヴェン”みたいな感じがするし、滑らかな起伏のあるしなやかなフレージングと過剰にならない繊細さで、ルイスらしい自然な語り口は、まさに私の聴きたかったハイドン。

Haydn: Piano Sonatas 32, 40, 49, 50 Haydn: Piano Sonatas 32, 40, 49, 50
(2018/5/4)
Paul Lewis

試聴ファイル

<収録曲>
ピアノ・ソナタ第59番 Hob.XVI:49 変ホ長調
ピアノ・ソナタ第60番 Hob.XVI:50 ハ長調
ピアノ・ソナタ第47番 Hob.XVI:32 ロ短調
ピアノ・ソナタ第54番 Hob.XVI:40 ト長調
※トラック間の余白時間が長くて、次の楽章がなかなか始まらない。この半分くらいの余白時間なら音楽の流れが途切れなくて良い気がする。

ルイスのハイドンは色彩感豊かで丸みのある伸びやかな響きがとても綺麗。
速いパッセージでもタッチが綺麗で、音が尖ることが全然ない。丁寧なタッチで音がもともと綺麗な上に、タッチの変化と細かいペダリングで響きのバリエーションが多彩。
さらに、強弱の細かい起伏が滑らかだし、フレージングも曲線のように柔らかくしなやかで、シンプルな旋律でも表情豊かで自然に聴こえる。ルイスらしい快活でも品の良い優美さが素敵。
繊細な弱音も美しく、第60番(Hob.XVI:50)の第1楽章では、ペダルを踏んだ時の高音の弱音が天上の調べみたいに柔らかく煌いて、愛らしく夢想的な美しさにため息がでそうなくらい。

テンポは速すぎず遅すぎず、私のテンポ感にぴったり。速いパッセージでも忙しなかったりコミカル過ぎたりすることがなく、安定感があるので、ちょっと生真面目なユーモアが微笑ましい。
ルイスのハイドンには、広がりを感じさせるスケール感と開放感があるせいか、シンプルな音楽だけど奥行きがあって、今まで聴いたことのある曲でも一味違った新鮮さと発見があったりする。

アルバムの中で特に好きなのは、第59番(Hob.XVI:49)。短調の第47番(Hob.XVI:32)よりも、明るく伸びやかなルイスの音色が良く映える。
面白いのは、第54番(Hob.XVI:40)のプレスト。左手バスの”ドン”というタッチや、高音のアクセントとか、フレージング末尾や装飾音でスラリと滑るように切るところとか、面白い。速いパッセージの指回りも良く勢いもあって颯爽としているし、タッチが尖ることなくフレージングも滑らかなので、ユーモラスでも優美さがあって品が良い。
この曲を聴いていてすぐに連想したのは、ベートーヴェンの《ロンド・カプリッチョ ト長調「失われた小銭への怒り」 Op.129》。速いテンポでコミカルなところがよく似ていて、ルイスのタッチがコミカルな曲想にぴったり。(ベートーヴェンの方がもっとコミカルだけど)


ブリュッセルのFlageyのリサイタルで弾いていたライブ映像。
paul lewis | sonata no. 40 in G major, hob, XVI :40 (1784) presto



リサイタルに先立って、ハイドンやベートーヴェンの音楽について語るルイス。(ルイスの英語はとても聴き取りやすい)
paul lewis | haydn and brahms | drive


paul lewis | haydn and brahms | surprise & humour



<インタビュー>
『レコード芸術5月号』に掲載されていたインタビューでは、ルイスがハイドンのピアノ曲の特徴について語っている。
ハイドンに関心を持ったのは、子供の頃や10代の頃から。ブレンデルの弟子として知られるルイスは、20歳の時に初めてブレンデルのマスタークラスを受講し、その時演奏したのがハイドンの最後の変ホ短調ソナタ。
それを聴いたブレンデルから連絡を取り合おうと言われたという。(ブレンデルから、ウィーンの自宅でレッスンを受けないかとオファーされた、と別のインタビューで言っていた。)

「ベートーヴェンやシューベルトに集中していたのであまり演奏しなくなっていました。ですが、いつも身近にあり、いつ焦点をハイドンに戻そうかと考えていた。」

「ハイドンの場合は、全ての音が意味と色彩と性格を持っていて、しかも隠し立てすることがないので、奏者は全てを現前させなくてはいけない。つねに焦点があっていて、そこで非常に難しいところでもある。」
「ハイドンのユーモアは幅広いもので、驚きもあれば、いたずらもあり、とても洗練されたものにもなりえるし、ナンセンスやばかばかしさもある」
「おそらくベートーヴェンは基礎を作って、ジョークを落ちにもっていきますが、ハイドンは即座に笑いをとります」
「ハイドンはなんら偽ることがないのです。たとえば、シューベルトだと、なにかを語りかけるとき、水面下で語ることが表立ったメッセージに影響を及ぼします。ハイドンでは、私はそのように感じたことはありません。メッセージはメッセージとしです。そう非常にダイレクトですぐに語りかける。と同時に、ハイドンにはもっと内省的な瞬間もあり、緩徐楽章では優美さも聴かれますが、これもまた直接的で、曖昧なものではない。明快だと言っていい」


この言葉通り、ルイスが弾くシューベルトとハイドンではタッチも響きも歌い回しも全然違っている。
シューベルトでは、少しルバートのかかったフレージングで、響きに脆さを感じさせる繊細さがあり、音や情感が内側・表層下へ向かっていくように感じるのに、ハイドンでは芯がしっかりした輪郭が明瞭なクリアな響きで、音や情感が外側へ伸びやかに広がっていく。
ハイドンの演奏は直截的というか明快で、シューベルトを聴いたときのような微妙なニュアンスを含んだ陰影や曖昧さ、つかみどころのなさは感じられない。


ルイスが王子ホールで2017年から4年間に渡って行うリサイタルシリーズ『ハイドン・ベートーヴェン・ブラームス プロジェクト(HBBプロジェクト)』のプロジェクトリリースでもハイドンについて語っている。

 「ハイドンの音楽は私たちを微笑ませてくれるだけではなく、声を出して笑わせてくれます。そのような作曲家は他にはなかなかいません。ベートーヴェンもユーモアは使いますが、彼は人をびっくりさせることで笑わせます。でもハイドンは後ろから忍び寄ってきて脇腹をくすぐるのです!モーツァルトも笑わせてくれますが、彼の場合は、私たちが彼はいったいどうやってこんなすばらしい音楽を作曲したのだろうと驚嘆しているのをどこかから見てにやりと笑っているような印象があります。

 ハイドンはいたずらっぽく私たちを驚かせるのであって、ベートーヴェンのように不機嫌だったり荒っぽかったりすることはありません。ハイドンの音楽には悪意はなく、つねに上機嫌で愛想がよいのです。現代のように極端なことが当たり前な時代においても、ハイドンの聴き手をびっくりさせたりからかったりする手法は斬新に感じられます。本当にすばらしく創意に満ちた音楽であり、このたび演奏および録音できることにわくわくしています」

 「ハイドンの音楽には無駄な音はひとつもありません。ですので、一つ一つの音の色合い、性格、そして意味合いがとても重要なのです。それはとりわけピアノ・ソナタの緩徐楽章において顕著で、彼が少ない音でこれほど深い表現ができるのは本当に驚異的です」



今後のハイドン録音については、2019年に2枚目のピアノ・ソナタ集をリリース予定。その後も、継続的に取り組みたいのだそう。
もしかしたら、数年とかもっと長い時間をかけて、結果的に全集を録音したりするのかも。ルイスのハイドンならもっといろいろ聴きたい。


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