2018_10
04
(Thu)18:00

モーリス・ルブラン『アルセーヌ・ルパン全集』 

今年の夏、読書に励んだのはなぜか『アルセーヌ・ルパン全集』。
暑い夏の最中に音楽を聴く気にならないので、いつも夏は私の読書シーズン。

子供の頃(たぶん小学校低学年の頃)の愛読書がポプラ社版『怪盗ルパン全集』。
子供向けに南洋一郎がリライトしているので、頁数が少なくなってストーリーの骨格がよくわかるし、泥棒のルパンも紳士的でカッコよくて、ほぼ全集を揃えて繰り返し読んでいた。
何度か引っ越しした途中で全集は処分して、長い間ルパンとはお別れしていたけれど、大人になってたまたま新潮文庫の完訳版『八点鐘』と『強盗紳士』を書店で見つけて随分昔に購入。
なぜか今年の夏になって、ルパンをまた読みたくなったので、初めて偕成社版全集を図書館で借りて、気に入った作品だけ単行本や文庫本で手に入れた。

ルパン全集は、抜粋版を含めて、ポプラ社(単行本、文庫)、偕成社(単行本、文庫)、新潮社(文庫)、東京創元社(創元推理文庫)、ハヤカワ書房(ポケットミステリ、ミステリ文庫)などから出ている。
完訳版が揃っているのは偕成社の単行本で、文庫版は抜粋。新潮文庫、創元推理文庫、ハヤカワ・ミステリ文庫は、在庫切れ(または絶版)がかなり多く、新品は入手しにくい。
私が完訳版を買うなら優先順位は、ハヤカワ・ミステリ文庫>偕成社>創元推理文庫>新潮文庫。

<ポプラ社>
子供向けに南洋一郎がリライトした『怪盗ルパン全集』。(子供の頃の記憶がすっかり薄れていたので、ストーリーの細部をかなり忘れていた)
昔は単行本『怪盗ルパン全集(全30巻)』(26巻以降は原文がボアロー&ナルスジャック作)しか出ていなかった。子供向けの絵柄のカバーと、対照的にすっきりした線で描写された大人っぽい挿絵が入っていて、どちらも好きだった。

2種類の文庫版-『新訂シリーズ怪盗ルパン(全20巻)』ポプラ文庫『怪盗ルパン全集シリーズ(全15巻)』は読んだことがない。。
※『黄金三角 怪盗ルパン 文庫版第10巻』のユーザーレビューによると、新訂文庫版は単行本版を一部改変しており、ポプラ文庫クラシック版の方は単行本と同じらしい。

新訂版のジャケットは単行本と随分雰囲気が違う。
怪盗紳士 怪盗ルパン 文庫版第1巻 <怪盗紳士 怪盗ルパン 文庫版第1巻
(2005/2/1)
モーリス・ルブラン



ポプラ文庫版は、単行本と同じジャケット。(挿絵も同じ?)
([る]1-2)怪盗紳士 怪盗ルパン全集シリーズ(2) (ポプラ文庫クラシック)  ([る]1-2)怪盗紳士 怪盗ルパン全集シリーズ(2) (ポプラ文庫クラシック)
(2009/12/2)
モーリス・ルブラン



特に分厚い2巻本『813』と『虎の牙』は、1冊に収まるようにまとめられているので、展開がスピーディで読みやすい。
子供の頃に読んだこのルパン像が刷り込みになっているせいで、他社の完訳版を読むと、『813』ではルパンの権力欲が強く、嫉妬心で激高して暴力をふるったりするので、違和感を感じることがある。
他の作品の完訳版を読んでも、展開やセリフ、オチがかなり違っている部分がいろいろあり、ポプラ社版は南洋一郎が子供向けにルパン像をちょっと理想的に変えたらしい。
大人になってもストーリーを細部まで覚えていたのは、『八つの犯罪』。新潮文庫で『八点鐘』を見つけたときは嬉しくてすぐに買ってしまった。


<ハヤカワ・ミステリ文庫>
ハヤカワ・ミステリ文庫の平岡敦訳は平明な文体が現代的で読みやすいし、文庫版でコンパクトなところが良い。ハヤカワポケットミステリから出ているのは、『ルパン、最後の恋』のみ。
翻訳されているのが5作品と少ないので、私の好きな『金三角』と『813』、『バーネット探偵社』、『八点鐘』が収録されていないのが残念。
文庫版『ルパン、最後の恋』の巻末に収録されている「壊れた橋」は、探偵バーネットの短編。原文のフランス語版にはなく、英語版だけに収録されていた短編で、新潮文庫・創元推理文庫にも未収録。この短編が結構面白い。


<偕成社>
大友徳明訳の偕成社版も読みやすいので、ハヤカワ文庫で読めない作品は、偕成社版で読んでいる。
単行本は全集版(25巻、別巻5巻。ボアロー&ナルスジャック作は未収録)、文庫版(ソフトな紙質の単行本)は7作品・8巻しか収録していない。文庫版といっても新書版並みに大きく紙質がソフトすぎて、読むのにも保管にも不便。


<新潮文庫と創元推理文庫>
新潮文庫は堀口大學の時代がかった古めかしい訳文が独特で、特にルパンの一人称が「わし」と訳している作品が多いのに閉口してしまう。
創元推理文庫版『アルセーヌ・リュパン全集』(訳者は井上勇または石川湧)も同じく古いめかしいところはあるけれど、「わし」と訳していない(ことが多いと思う)ので、どちらか選ぶなら創元推理文庫の方。
ただし、新潮文庫も創元推理文庫も絶版になっている作品が多いので、新品は入手しにくい。

新潮文庫版の『八点鐘』はポプラ社版と同じように面白いのに、『強盗紳士』はどうも波長が合わない。
堀口大學の訳文の古めかしさはあまり気にならない(漢字が多い文章が好きなので)けど、『強盗紳士』はルパンの一人称を「わし」と訳している短編が多くて、これがどうも受け入れられない。
この短編集は青年時代のルパンが登場するので、「わし」というのは変。(ハヤカワ文庫の平岡訳では「ぼく」)
さらに、ガニマールとの会話でも、ガニマールも「わし」と自称しているので、こんがらがってしまう。
『八点鐘』では、レニーヌ公爵(ルパンの変装)の一人称を「僕」と訳している。


ルパン全集では、時々部下・手下たちが登場する作品があり、ルパンのことを「親分」、「パトロン」、「ボス」とか読んでいる。フランス語原文では「パトロン」らしいけど、たぶん新潮・偕成社・創元・ハヤカワでは「親分」、ポプラ社では「パトロン」や「ボス」が多かったような気がする。
中でも一番よく出てくるのが「親分」。このセリフを読むたびに、清水次郎長みたいな任侠の世界を連想してしまう。窃盗団なんだから、マフィアみたいに「ボス」という方がまだしも私としてはしっくりくる。

完訳版を読んでいて、私が一番面白かったのは『水晶の栓』と『金三角』。
『水晶の栓』では、ルパンが難敵にことごとく裏をかかれて窮地に陥る。最後は逆転満塁ホームランみたいに胸のすくような結末。
『水晶の栓』に関しては、ジルベールの人物設定とセリフの整合性というところで、新潮文庫&創元推理文庫ではちょっとズレを感じるので、ハヤカワ文庫か偕成社の方が良いと思う。

水晶の栓 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 水晶の栓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2007/2/1)
モーリス・ルブラン




『金三角』は、ポプラ社版の題名『黄金三角』の方がイメージも語呂も良い。
ルパン扮するスペイン貴族ドン・ルイス・ペレンナが颯爽としていて、変装したルパンの中では一番好きなキャククタ。特にペレンナは自分のことを「小生」と言うところがちょっとキザで、知的な雰囲気もあって好きだな~。
ストーリーも、パトリス大尉のママン・コラリーとのロマンスが素敵だし、悪役エサレスと秘書のシメオンが絡んだ謎解きも面白い。

金三角 (アルセーヌ・ルパン全集 (10)) 金三角 (アルセーヌ・ルパン全集 (10))
(1981/12)
モーリス・ルブラン




『813』は、登場人物が多く、次々と展開していくストーリーが面白い。どちらかというと、ルパン扮するルノルマン国家警察部長&ロシア貴族セルニーヌ公爵が登場する前編が好きで、ルパンが正体不明の敵に翻弄された挙句にとうとう逮捕されてしまう。
後編は、サンテ刑務所でのルパンの行動やロシア皇帝も登場して謎を解いていくところとか、面白い話はいくつもあるけど、ルパンの権力欲や嫉妬心(と「犯人」の思い込み)が強く出てくるので、ちょっと鼻につくところはある。
ルパンが無実の人間を殺人犯だと思い込んで証拠を次々と公開して死刑の判決が出るように追い詰めていき、その後真犯人がわかった後に死刑執行を止めることができなかったのが、ルパンの大きな過ち。(ポプラ社版では、死刑執行寸前で、ルパンが死刑を食い止めたことになっている。)

813 (偕成社文庫) 813 (偕成社文庫)
(2005/9/1)
モーリス ルブラン


続813 (偕成社文庫) 続813 (偕成社文庫)
(2005/9/1)
モーリス ルブラン




短編集は『怪盗紳士』、『バーネット探偵社』、『八点鐘』と『ルパンの告白』の4冊。1冊に10作品くらい収録していて、趣向の違った謎解きがバラエティ豊か。

『怪盗紳士』で好きな話は、逮捕された青年ルパンの獄中&脱獄話と、幼少期に盗んだマリー・アントワネットの首飾りの話。
怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM) 怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)
(2005/9/9)
モーリス・ルブラン




『バーネット探偵社』では、ベシュー刑事との掛け合いや、探偵料”無料”なのに最後はしっかり報酬を手に入れるところとか、コメディ風なのが異色。(「壊れた橋」は収録されていない)
バーネット探偵社 (アルセーヌ・ルパン全集 (17))バーネット探偵社 (アルセーヌ・ルパン全集 (17))
(1983/10)
モーリス ルブラン



探偵バーネットが登場する「壊れた橋」を収録しているのは、ハヤカワ・ミステリ文庫のみ。
ルパン、最後の恋 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕ルパン、最後の恋 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
(2013/5/24)
モーリス・ルブラン




『八点鐘』では、謎解きに加えて、レニーヌ男爵(=ルパン)と美しい令嬢オルタンスとのロマンスの要素も入っていて、堀口大學の古典風な訳が結構似合っている。それにレニーヌ公爵の一人称を「僕」と訳しているので、違和感なく読める。
八点鐘―ルパン傑作集〈8〉 (新潮文庫)  八点鐘―ルパン傑作集〈8〉 (新潮文庫)
改版 (1961/01)
モーリス ルブラン




『ルパンの告白』のなかで有名や短編は、「太陽のたわむれ」と「赤い絹のスカーフ」らしい。
「ルパンの結婚」は、ポプラ社版では読んだ記憶がない。この作品に限らず、完訳版ではルパンの恋愛沙汰が多くて、かなり惚れっぽい性格?。
「地獄の罠」は、ポプラ社版ではかなり改変されていてオチが全然違う。ポプラ社版ではルパンを救った泥棒は、少女の頃にルパンが助けた女性だったという麗しい話なのに、原文は、単にルパンの顔が良くてその女泥棒に好かれただけだったので、気が抜けてしまった。

ルパンの告白 (アルセーヌ・ルパン全集 (8)) ルパンの告白 (アルセーヌ・ルパン全集 (8))
(1982/07)
モーリス ルブラン




他にも『謎の家』、『パールイヴァ荘』、『虎の牙』とかもわりと好き。
『虎の牙』で登場するのは、私の好きなドン・ルイス・ペレンナ。前編は推理小説風の謎解きが面白いけど、後編終盤はルパンがアフリカ某国の皇帝になったりして、荒唐無稽なストーリー。
ルパンの子分は他の作品でもいろいろ登場するけど(『水晶の栓』のジルベールとか)、『虎の牙』ではかつて子分だったマシュー巡査部長の人物像が詳しくて、ストーリーにもよく絡んでいて、キャラクタに味がある。

虎の牙 (創元推理文庫 107-7 アルセーヌ・リュパン・シリーズ) 虎の牙 (創元推理文庫 107-7 アルセーヌ・リュパン・シリーズ)
(1973/03)
モーリス ルブラン





<参考情報>
ルパンのことを詳しく知るなら、<怪盗ルパンの館>というサイトが一番。特に読書案内が充実していて、作品や訳文を選ぶのにとても役に立つ。
怪盗ルパンの館
??どれを読んだらいいの??ルパンシリーズ読書入門編
―ぼくが、わたしが、みんなが読んだ― 南洋一郎「怪盗ルパン全集」の部屋
「子ども時代にルパンを夢中で読んだ」という日本人の多くが、南洋一郎による『怪盗ルパン全集』(ポプラ社刊)でルパンに触れています。」という通り、私もこの全集が愛読書だった。
原文をかなり改変・創作していたのは、完訳版を読んで初めてわかり、私の抱くルパン像がちょっと変わってしまったけど、こっちのルパンの方が好きな作品もある。

2 Comments

matsumo  

yoshimiさん、こんにちは

私もルパン物は好きで、新潮文庫を基本として、色々と読んでいます。

さて、未出版であった遺作で、2012年になってようやくフランスで出版されたモーリス・ルブラン著、平岡敦訳「ルパン、最後の恋」(発行日:2013. 5.25、発行所:(株)早川書房、ハヤカワ文庫)は読まれましたか。これ、少年探偵団風の話で、ちょっとと言う感じがしますが、中々、面白かったです。加えて、この本には「バーネット探偵社」の話で、英国版のみ含まれていたものや、ルパン物の最初のものの初版も入っています(現行のものは初版と随分、異なっているらしいです)。

2018/10/05 (Fri) 17:53 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

matsumo様、こんばんは。

記事にも書いていますが、『ルパン、最後の恋』に収録されている「壊れた橋」はバーネット物で面白かったです。本編の方は推敲途上の話だったせいか、私はあまり楽しめませんでしたが...。
文庫版は手軽でいいのですが、全集読むなら偕成社しか選択肢はないので、今年の夏にほとんど読みました。完訳の文庫版全集がないのが残念ですね。

2018/10/06 (Sat) 01:27 | EDIT | REPLY |   

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