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アレン・スティール『新キャプテン・フューチャー/キャプテン・フューチャー最初の事件』(創元SF文庫)

アレン・スティールの<新キャプテン・フューチャー>シリーズ第1作『キャプテン・フューチャー最初の事件』が創元SF文庫から4月30日に発売。
半年前に見つけたペーパーバック(原題『Avengers of the Moon)で読んで、とっても面白かった。わかりにくかった部分("the writing is on the wall"、"no pun intended"など)がどう翻訳されているか確認したいし、日本語はスピーディに読めるので文庫版も購入。
でも文庫版の会話文の文体にいろいろ違和感あるので、自分の思い通りの文体に翻訳して読めるのがペーパーバックの良いところ。それに、?な日本語訳が出てきたときに原文をチェックすると、翻訳者がどんな意訳をしているかわかる。

キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫)
(2020/4/30)
アレン・スティール (著), 中村 融 (翻訳)

カバーイラストはハミルトン全集版と同じく鶴田謙二で、緻密で色彩感がとても綺麗。全集版のイメージと同じなのは、カーティス(カート)、オットー、グラッグ。スティール版カートは長髪。サイモンは原書通りドローン、ジョオンは全集版とは別人、エズラはアニメ版に似ている。美人のヌララの顔がクローズアップされているのに、クォルンは小さい赤いマント姿?で容姿不明。

キャプテン・フューチャー最初の事件/新キャプテン・フューチャー[東京創元社](一部立ち読み可)
中村融 訳者あとがき「キャプテン・フューチャーの新生」/アレン・スティール『キャプテン・フューチャー最初の事件』[東京創元社]
【今週はこれを読め! SF編】ヤング・カーティス・ニュートン、青二才からヒーローへ[WEB本の雑誌]

amazonのカスタマーレビューは、海外では概ね好評なのに、日本では不評続出。その主たる理由は、1)原作設定の大幅改変、2)ハミルトン流の科学的アイデアの欠如、3)野田昌宏訳ではないこと。さらに、内面・状況描写がハミルトン版よりも多く、ストーリー展開も平板でテンポが悪く、スピーディではない、なども不評の原因の一つ。

1)原作設定の大幅改変
ハミルトン原作と比べて、時代背景・人物設定・機器装備類の全てにわたって大幅に違うので、これは全くの別作品。言うなれば”並行宇宙のキャプテン・フューチャー”。
設定が現代的にアップデートされているので、ハミルトン原作の古めかしさがないし、内面描写がハミルトンよりも詳しいので人物造形にリアリティがある。『スタートレック・エンタープライズ』第4シーズンの並行宇宙エピソードでも、設定が大幅に改変されていて、そこが逆に面白かった。

特にキャラクター設定が大幅に変えられていて、ハミルトン原作のイメージとかなり違う。もともと原作とは別物だと思っているので、スティール版には全然違和感がなかった。

カートは、科学の魔術師でも知力・体力に優れたスーパーヒーローでもなく、孤児の境遇から人間との付き合い方がよくわからないナイーブなところのある青年。オットーたちに鍛えられて筋肉質で身のこなしも敏捷だし、(対人関係は別として)機転も利くし、ハードボイルドか冒険小説の主人公みたいに思える。

ドローンの体を嫌っていたサイモンは、開発中のオットーのボディに脳移植する希望をコルボに挫かれ、弟子で親友でもあったカートの両親を殺されたため、復讐を目的にカートを育ててきた。原作よりも少々厳格で暗くて感情的なところがある。

オットーはカートを見守る兄貴分として、ちょっとクールで思慮深いところもあり、シニカルなユーモアの持ち主。原作みたいなコメディ風の軽率さはなく、体を自在に変形させることもできない。兄弟みたいに育ったせいか、メンタリティ的にはサイモンやグラッグよりもカートに近い。

グラッグは人間の命令に従う産業用ロボットとして設計されたので、ロボット的な生真面目さと忠実さがある。AIをバージョンアップしてから、自律的な判断能力に人間的な知性と感情を持つようになっている。声や表情に感情を表すことはできない。

ジョオンは自立心と賢明さと気の強いところのある美人で、復讐心に燃えるカートをあるべき方向へ導いていく存在。原作では危地に陥るといつもカーティスに救われるちょっと頼りないヒロイン風だったので、スティール版のジョオンの方が現代的で魅力的。

頼もしいエズラのキャラクターは、一番ハミルトン原作に近い感じがする。サイモン、グラッグ、イイクと絡む時はユーモラスなシーンが多くて笑える。


2)ハミルトン流の科学的アイデアと謀略、スピーディな展開に欠ける
スティールの他の短編をペーパーバックで読んだけど、ハードSF作家でもなく、科学技術やSF的アイデアで読ませるタイプではないと思うので(長編では違うのかもしれない)、ハミルトンのようなSF的アイデアの面白さを期待するのは無理のような気がする。
火星独立のために戦うテロリスト集団とデネブ人を信奉する宗教的結社が出てくるのは、現代の政治的構図を宇宙版に組み替えたような設定だし、(キャラクター的にはハミルトン版よりも好きな)クォルンの計画は誇大妄想に近い。
陰謀のアイデアはハミルトンの方が、原理はともかく科学的で格段に面白い。ストーリーが次々とスピーディに展開するハミルトンとは違って、スティール版はかなり緩くて平板で、ようやく最後だけちょっと盛り上がるくらい。


3)野田昌宏訳ではないこと
不評の大きな原因は、翻訳が必要ない英語圏の読者と違って、日本では野田昌宏訳に馴染んでいる人が多いこと。
個人的には、グラッグとオットーが掛け合い漫才するトーンの野田訳が特に好きなわけではないので、翻訳者の違いに拘りはない。
スティール版のグラッグは、新しい人工生命体として創造されたオットーとは違うし、ロボットらしい生真面目なところが特徴。それにグラッグは”感情を表す声質を持っていない”と原文に書かれているので、(原文に忠実に訳すと)野田訳のような感情噴出するセリフにはならない。
グラッグの言葉遣いは、野田訳を踏襲しているので結構くだけているけど、原文はもっと丁寧でロボットらしい生真面目な感じがする。個人的にはスタトレの「データ少佐」みたいに、感情を抑制して丁寧な言葉遣いのイメージ。


そもそもハミルトンが書かなくなって『キャプテン・フューチャー』は完結したと思っている。(作風が変わった晩年の短編は夫人のリイ・ブラケットが書いていたとかいう話もある)
それに、ハードSFが一般化した現代では、科学的事実を無視した奇想天外なSFアイデアも天文学的設定も通用しにくい。
ハミルトンが短編で描いていた少年時代のカーティスの話をもっと読みたいと思っていたから、スティール版キャプテン・フューチャーがハミルトンと同じ設定とスタイルではなくても、全然気にせずに楽しめた。でも、ハミルトン&野田ワールドの”キャプテン・フューチャー”を求める人には全然お勧めしない。

訳者あとがきに、”Haffner Pressからハミルトン版ハードカバー全集が刊行中”という書かれていたので調べてみると、第1巻第2版と第4巻が発売予定、第2巻と第3巻が発売中。各巻4話収録で価格は40ドル~45ドル。米国amazonなら送料込みで6000円~7000円くらい。ペーパーバックのkindle版(1話ごと)の方が安いんだけど、パソコン版kindleで読むと眼が疲れるので、紙の本の方がいい。今のところ好きな話の収録数が多い第3番と第4巻を買うかどうか思案中。

THE COLLECTED CAPTAIN FUTURE[HAFFNER PRESS]

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