ポール・ルイス ~ べートーヴェン/バガテル集、ピアノのための小品、幻想曲
2020-08-26(Wed)
ポール・ルイスの最新録音は『ベートーヴェン/バガテル集』。バガテルに加えて、聴いたことがない小品3曲と、ちょっと面白い《幻想曲》も収録されている。《ロンド・ア・カプリッチョ「失われた小銭への怒り」》も入っていたら嬉しかったけど。
デジパックのジャケット面を開けるとすぐ目に入るベートーヴェンのイラストがとってもお洒落。立ったまま右手でピアノを弾き、左手には楽譜。背景はベージュ、イラストはモノクロで、レトロな雰囲気がベートーヴェンの姿に良く似合う。
<収録曲>
7つのバガテル op.33
11のバガテル op.119
6つのバガテル op.126
エリーゼのために WoO 59
ピアノのための小品 変ロ長調 WoO 60
ピアノのための小品 ロ短調 WoO 61
ピアノのための小品 ト短調 WoO 61a
幻想曲 op.77
録音年月:2018年1月、2019年1月(テルデックス・スタジオ, ベルリン)
ルイスの演奏は、明るく温もりのある音色に多彩なタッチで響きがとても美しく、細やかな起伏で表情が移り変わり、小品ながらも音楽に奥行きと広がりがあってコクがある。落ち着いた安定感のあるルイスのピアノの音を聴いていると和やかな気分になってくる。
あまり聴くことがなかった《7つのバガテル op.33》は全曲長調。柔らかいタッチと響きがとても優しくて愛らしい。第2番・第5番・第7番は旋律とリズムがちょっと面白い。
第2番は、レーゼルがリサイタルのアンコールで、軽やかで歯切れ良いのタッチで弾いていた曲。楽譜通り正確に拍を刻むレーゼルと違って、ルイスは3拍めの左手低音がほんの少し遅く入ってくるので、リズムが違って聴こえる。途中で転調して出てくる短調は嵐の前触れみたいなざわめき。
7 Bagatelles, Op. 33: 2. Scherzo. Allegro (C Major)
第4番の主題旋律は子守歌みたいに優しくまろやか。
7 Bagatelles, Op. 33: 4. Andante (A Major)
《11のバガテル op.119》は、短調の曲も入っている。演奏時間は第1番以外は《7つのバガテル》よりもずっと短い。
短調の3曲は密やかな哀感漂う第1番と、悲愴感ありながらも力強い第5番、短いながらもリズが面白いワルツの第9番。
第3番の主題は旋律も響きも蝶が舞うように軽やかで優美。
11 Bagatelles, Op. 119: 1. Allegretto (G Minor)
11 Bagatelles, Op. 119: 3. à l'Allemande (D Major)
子守歌みたいに優しい第4番。
11 Bagatelles, Op. 119: 4. Andante cantabile (A Major)
第7番が一風変わっていて、調性感の曖昧な長いトリラー部分は後期ソナタを連想する。
11 Bagatelles, Op. 119: 7. [Allegro ma non troppo] (C major)
ベートーヴェン最後のピアノ曲《6つのバガテル op.126》。曲想の異なる6曲の中に音楽が凝縮されて自己完結した小宇宙みたいな曲集。長調と短調が交互に配置されているので、明暗・柔剛のコントラストが鮮やか。
特に好きなのは第5番、それに第1番。第5番はルイスの優しく柔らかい響きとしなやかなフレージングが良く似合う。主題部と再現部は抑制されたタッチで淋しげ。中間部は左手低音部のアルペジオの響きがとても綺麗で、第2拍と第4拍の音がくっきり浮かび上がって、内声部が聴こえてくるみたいな立体感。ペダルをかなり長く踏み続けて響きが次々と重なっていくので、霞がかかったような響きは遠い昔を回想しているような雰囲気。ルイスの第5番は速いテンポのカッチェンと同じくらい好き。
6 Bagatelles, Op. 126: 5. Quasi allegretto (G Major)
第6番の冒頭とラストは、過ぎ去った昔を追憶する前後の幕開けと幕引きみたい。追憶部分は甘くて、ほろ苦くて、感情があふれ出てくるように激しくもある。最後は”もう、おしまい!”って言っているように聴こえる。
6 Bagatelles, Op. 126: 6. Presto. Andante amabile e con moto (E-Flat Major)
バガテル集で気になる点があるとすれば、第5番、第6番、それに続いて《エリーゼのために》とも、長調であっても寂寥感や陰翳を感じるので、3曲続けて続けて聴くと気分がちょっと暗くなる。第6番の回想風の主題部はもう少し明るいタッチで聴きたい気はする。
全編に憂い漂う《エリーゼのために》。転調したハ長調にも弾けるような明るさはなく、雨だれのような同音連打が出てくる短調部分でも激しさが抑制されて、しっとり湿った質感と陰翳の濃い情感。
この曲で好きな演奏はデュシャーブルだけだったけど、ルイスのエリーゼも同じくらいに私の好きな弾き方。
Bagatelle in A Minor, WoO 59 ʻFür Eliseʼ
たぶん初めて聴いたピアノのための小品3曲。《ロ短調 WoO 61》は小さなフーガみたいでかなり好き。
Klavierstück in B Minor, WoO 61
《幻想曲 op.77》は、曲名のわりに幻想性は薄く、形式に縛られない自由さがある。
前半は即興風で、いろんなモチーフの旋律が次々と現れては途中で消えたり、遮られたり、一風変わったリズムや旋律もでてきたりする。情感もコロコロ変わり、モザイクみたいな変則的な不安感が面白い。
後半はかなり構成感があるので、時々即興風の旋律が突然現れるけど、しっかりした小さなソナチネみたいでわりと安定感がある。最後は冒頭と同じく急下行するユニゾンの旋律でエンディング。とりとめなさはあるけど、最初から最後まで面白い曲。
Fantasia in G Minor, Op. 77
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![]() | Fur Elise/Bagatelles (2020年7月20日) Paul Lewis 試聴ファイル(harmoniamundi.com) |
<収録曲>
7つのバガテル op.33
11のバガテル op.119
6つのバガテル op.126
エリーゼのために WoO 59
ピアノのための小品 変ロ長調 WoO 60
ピアノのための小品 ロ短調 WoO 61
ピアノのための小品 ト短調 WoO 61a
幻想曲 op.77
録音年月:2018年1月、2019年1月(テルデックス・スタジオ, ベルリン)
ルイスの演奏は、明るく温もりのある音色に多彩なタッチで響きがとても美しく、細やかな起伏で表情が移り変わり、小品ながらも音楽に奥行きと広がりがあってコクがある。落ち着いた安定感のあるルイスのピアノの音を聴いていると和やかな気分になってくる。
あまり聴くことがなかった《7つのバガテル op.33》は全曲長調。柔らかいタッチと響きがとても優しくて愛らしい。第2番・第5番・第7番は旋律とリズムがちょっと面白い。
第2番は、レーゼルがリサイタルのアンコールで、軽やかで歯切れ良いのタッチで弾いていた曲。楽譜通り正確に拍を刻むレーゼルと違って、ルイスは3拍めの左手低音がほんの少し遅く入ってくるので、リズムが違って聴こえる。途中で転調して出てくる短調は嵐の前触れみたいなざわめき。
7 Bagatelles, Op. 33: 2. Scherzo. Allegro (C Major)
第4番の主題旋律は子守歌みたいに優しくまろやか。
7 Bagatelles, Op. 33: 4. Andante (A Major)
《11のバガテル op.119》は、短調の曲も入っている。演奏時間は第1番以外は《7つのバガテル》よりもずっと短い。
短調の3曲は密やかな哀感漂う第1番と、悲愴感ありながらも力強い第5番、短いながらもリズが面白いワルツの第9番。
第3番の主題は旋律も響きも蝶が舞うように軽やかで優美。
11 Bagatelles, Op. 119: 1. Allegretto (G Minor)
11 Bagatelles, Op. 119: 3. à l'Allemande (D Major)
子守歌みたいに優しい第4番。
11 Bagatelles, Op. 119: 4. Andante cantabile (A Major)
第7番が一風変わっていて、調性感の曖昧な長いトリラー部分は後期ソナタを連想する。
11 Bagatelles, Op. 119: 7. [Allegro ma non troppo] (C major)
ベートーヴェン最後のピアノ曲《6つのバガテル op.126》。曲想の異なる6曲の中に音楽が凝縮されて自己完結した小宇宙みたいな曲集。長調と短調が交互に配置されているので、明暗・柔剛のコントラストが鮮やか。
特に好きなのは第5番、それに第1番。第5番はルイスの優しく柔らかい響きとしなやかなフレージングが良く似合う。主題部と再現部は抑制されたタッチで淋しげ。中間部は左手低音部のアルペジオの響きがとても綺麗で、第2拍と第4拍の音がくっきり浮かび上がって、内声部が聴こえてくるみたいな立体感。ペダルをかなり長く踏み続けて響きが次々と重なっていくので、霞がかかったような響きは遠い昔を回想しているような雰囲気。ルイスの第5番は速いテンポのカッチェンと同じくらい好き。
6 Bagatelles, Op. 126: 5. Quasi allegretto (G Major)
第6番の冒頭とラストは、過ぎ去った昔を追憶する前後の幕開けと幕引きみたい。追憶部分は甘くて、ほろ苦くて、感情があふれ出てくるように激しくもある。最後は”もう、おしまい!”って言っているように聴こえる。
6 Bagatelles, Op. 126: 6. Presto. Andante amabile e con moto (E-Flat Major)
バガテル集で気になる点があるとすれば、第5番、第6番、それに続いて《エリーゼのために》とも、長調であっても寂寥感や陰翳を感じるので、3曲続けて続けて聴くと気分がちょっと暗くなる。第6番の回想風の主題部はもう少し明るいタッチで聴きたい気はする。
全編に憂い漂う《エリーゼのために》。転調したハ長調にも弾けるような明るさはなく、雨だれのような同音連打が出てくる短調部分でも激しさが抑制されて、しっとり湿った質感と陰翳の濃い情感。
この曲で好きな演奏はデュシャーブルだけだったけど、ルイスのエリーゼも同じくらいに私の好きな弾き方。
Bagatelle in A Minor, WoO 59 ʻFür Eliseʼ
たぶん初めて聴いたピアノのための小品3曲。《ロ短調 WoO 61》は小さなフーガみたいでかなり好き。
Klavierstück in B Minor, WoO 61
《幻想曲 op.77》は、曲名のわりに幻想性は薄く、形式に縛られない自由さがある。
前半は即興風で、いろんなモチーフの旋律が次々と現れては途中で消えたり、遮られたり、一風変わったリズムや旋律もでてきたりする。情感もコロコロ変わり、モザイクみたいな変則的な不安感が面白い。
後半はかなり構成感があるので、時々即興風の旋律が突然現れるけど、しっかりした小さなソナチネみたいでわりと安定感がある。最後は冒頭と同じく急下行するユニゾンの旋律でエンディング。とりとめなさはあるけど、最初から最後まで面白い曲。
Fantasia in G Minor, Op. 77
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