アレン・スティール『新キャプテン・フューチャー/キャプテン・フューチャー最初の事件』 【翻訳の問題点(1)】
2020.05.10 18:00| ・・ SF,宇宙探検|
![]() | キャプテン・フューチャー最初の事件 (新キャプテン・フューチャー) (創元SF文庫) (2020/4/30) アレン・スティール (著), 中村 融 (翻訳) |
文庫版を読んだ時、英文とは違う表現がいくつかあったので、ペーバーバック半分ほどの頁で英文と照らし合わせてみると、(文法・語義・用法を辞書やオンライン辞書で確認した結果)私の解釈が正しいとすれば、誤訳や意味の異なる意訳に変な日本語表現などが思った以上に多い。(それに、原文49頁2行目の翻訳が抜け落ちている)
【PART ONE: Encounter at the Straight Wall】
1)文法/語義の点で明らかな誤訳
明らかに文法的に間違っている誤訳は充分回避可能だろうし、もし意図的に原文と異なる(それも逆の)意味に意訳したのなら、読者としてはそういう翻訳は止めて欲しいと思う。
「またの機会があるさ」(原文:At any other time, my boy, I'd agree.) ⇒ 意訳したのだろうけど、原文の仮定法を無視しているし、意訳が必要な文章だとは思えない。「他の時ならいつだって同意するだろう」
下の2つの翻訳文は、暗殺行為を止めようとしているのか?と訊いている。原文はその逆で、暗殺行為をさせたいのか?と確認している。
「それなのに、いまはぼくが彼を殺しに行くのを止めるのか?」(原文:And now, you're going to let me go out and kill him.) ⇒ 正確には、「それで今、彼を殺しに僕を行かせるつもりなのか?」になる。文脈から言っても、オットーはカートを止めていないし。
「それなら、ぼくにどうしろっていうんだ?両親の仇討ちをしちゃいけないのか?」(原文:So that's what you want me to do? Avenge my parents?.) ⇒ 正確には、「それで、僕にして欲しいと思っているのか?両親の敵討ちを?」になる。直前の文章で、ニュートン夫妻が殺されたことでカートたち4人が失ったものをオットーが列挙しているので、それを聞いたカートが「だから僕に復讐して欲しいのか?」と確認している。
「あなたはお尋ね者になり、捕まるか死ぬかするまで、IPFはあなたを休ませちゃくれないでしょう」(原文: You'll become a hunted man and the IPF won't rest until you're either in custody or dead.. ) ⇒ 主語が違う。後の文章の主語は「IPF」で、「IPFは休まない、止まらない」という意味。つまり「あなたが捕まるか死ぬ(かする)まで、IPFはあなたを追い続けるだろう」。
「ことを起こすまえに、何もかもはじめから話した方がいいかもしれませんね」(原文: Before you commit yourself, perhaps you should hear everything.. ) ⇒ ”commit oneself”は「態度を明らかにする、確約する、決意する」という意味なので、「ことを起こす」は間違い。正しくは、「決心(決意)する前に」、「心を決める前に」(これが一番良いと思う)。
「いったん手を染めたら、自分の行為を取り消すすべはない」(原文: Once committed, Once there would be no turning back from your deeds. ) ⇒ ”once committed”は直前の文章を受けて、”once the most hienous of crimes was committed”の省略だと思われるので、正しくは、「いったん犯罪を犯したら」。
”there was no turning back from his deeds”、直訳的には「自分の行為から引き返すことはできない」ので、訳文通り「自分の行為を取り消すことはできない」。そういう意味でも、「いったん手を染めたら」は間違い。「手を染めた」(=始める、着手する)くらいなら、まだ引き返す(turn back)ことはできるが、犯罪を完遂してしまえば、引き返せない(=取り消し不可能)。
2)誤訳または別の解釈がありうる訳文
かなり高い可能性で誤訳しているか、または、訳文とは別の解釈がありうると思う訳文。
「姿を消したとき、ホッパーはまだクレーターの上空二百フィートあまりのところにいたから、眼の錯覚では説明できない」(原文: The popper had still been a couple of hundred feet or more above the crater when it disappeared, so that wasn't an explanation. ) ⇒ ”that”を全段落の冒頭に出てくる「眼の錯覚(an optical illusion)」と解釈しているが、2つの言葉の位置が離れすぎているし、レーダー上も消失しているので「目の錯覚」でないことはすでに分かっている。
この「that」は、直前の”The popper had still been a couple of hundred feet or more above the crater when it disappeared,”を指していて、「それは(消失の)何の説明にもならない」という意味だと思う。レーダーでは上空二百フィートあまりにいる表示で終わっているので、突然ホッパーが消えた理由は、レーダーの情報ではわからない。ただし、レーダー表示が突然消えたのは「ステルスモード」に入った可能性もあるので、次の文章でさらに「たとえステルス・モードに移行できるのだとしても、肉眼ではとらえられるはずだ」と付け加えている。なので、”that wasn't an explanation”は、レーダーの情報では追跡していたホッパーが突然消えた理由がわからないと意味だと思う。
「オットーが少しだけ居ずまいをただした、「コメットへですか?どうしてまた?」」(原文:Otto sat up a little straighter, "The Comet? Why?" ) ⇒ "set up a little straighter"は他にも出てくるが、意味が2つあり、「座り直す」、または、「興味をもつ、驚く」。この場合は、オットーがカートの指示に驚いているのは明らかなので、「すこし驚いた」。
"sit up";俗語で”to show interest, alertness, or surprise”「興味・驚き・警戒を示す」 (用例)The news that he was getting married really made her sit up.
"sit up a little straight”の用例を調べると、同じ意味で使われていると思われる例文が多数あり。
(用例)There is something about a silver tea set that makes you sit up a little straighter/This pastry will make you sit up a little straighter and put a smile on your face./We usually like anything that makes the audience sit up a little straighter and think about what’s going on. (どれも文脈から考えれば「居ずまいをただす」というより、「少し興味を持つ」の方が適切だと思う)
「何を考えているんです?おれには見当もつきそうにない」(原文:What's on your mind? As if I can't guess.) ⇒ わざわざ”As if”を文頭につけているので、続く文章を反語的に否定していると思う。直訳は「まるでおれが推測できないかのように」、つまり「おれには見当もつかないとでも(思っているのかい)」(=察しはつくが)。
オーレックスに載っていた用法では、”As if you didn't know!”(知っているくせに!(=知らなかったかのように))と相手の提案・暗示を非難するときに使う。オットーの場合もこの用法に近いと思う。
3)言葉の選択・言い回しが不適切、不自然な日本語
「かれはミスを犯した。これからその尻ぬぐいをせねばならん。なにか考えはあるかね、カーティス?」(原文: He made a mistake, and now we'll just have to deal with it. Any ideas, Curtis? ) ⇒ 「尻ぬぐい」とは他人が起こしたミスやトラブルを代わりに処理すること。この場面では、サイモンがカート自身に対処法を求めているから、カート以外の誰かが「尻ぬぐい」するわけではない(オットーとグラッグが協力するとはいえ)。
本来”deal with”に「尻拭い」の意味はないので、「対処、対応、処理する」が適切。この場面では、「われわれでそれに対処する必要がある(対処しなければならない)」。
「<生きている脳>は彼の恩師でありつづけた」(原文: the Brain remained his mentor.. ) ⇒ 「恩師」は、(教師も含めて)過去に世話になった人というニュアンスなので、サイモンがオットーの「恩師」も「ありつづける」という言葉も変。(「恩師」とは、そもそも「ありつづけるもの」だから)。”mentor”は「指導者・教師・助言者」なので、オットーが成熟してもなおサイモンは「彼の師でありつづけた」が適切。
「ぼくを地球へ連れもどすことだって...」(原文: You could have taken me back to Earth... ) ⇒ 「連れ戻す」というと、地球にいる誰かが月へ行って、カートを地球に連れて帰るという行動。この場合は、サイモンたちもカートと一緒に月にいるので、「地球へ連れて帰る」が適切。
「そして残りの寿命は、十中八、九、一分に満たないだろう」(原文: rest of his life would probably be measured in seconds. ) ⇒ ”measured in seconds”は「秒数で測定される」。「寿命」は長期間で考えるときに使う言葉で、1分未満の場合に使うような言葉ではない。「残りの寿命」の代わりに「余命」を使っても、やっぱり変な文章だと思う。
直訳的には「残りの命の長さは秒数で測定できるだろう」、意訳すると、「おそらく彼の命は一分もたたないうちに尽きるだろう」、「おそらく彼は一分も生き延びれないだろう」、「おそらく一分もたたないうちに彼は死ぬだろう」とか、いろいろ訳せる。
他の頁でも、”probably”をたいてい「十中八九」と訳し、これが頻繁に出てきてかなり気になる。蓋然性が高いとはいえ、常に8~9割の確率とは限らないだろうから、状況に応じて、「おそらく」「ほぼ(間違いない)」「ほとんど」とか訳し方を変えてはいけないのだろうか。
4)言葉の選択について気になる訳文
文脈や意味合いの点では(ほぼ)正しいと思われるが、私には気になる訳語がいろいろある。ベテランの翻訳者だから私とほぼ同年代なので、気になる理由は、世代の差ではなく、言語感覚・言葉の好みの違い。
兄弟みたいに育ったオットーがカートに話す時と、カートが親代わりのサイモンに話す時に、日本語訳では「です・ます」調の丁寧語になっているので、最初はかなり違和感あり。彼らは家族のように暮らしてきたので、もっとフランクな口調でもよいように思う。(でも、英語の文体や言い回しが実際に丁寧なのであれば、訳文で問題ないと思う)
ただし、最初は、カートはフランクな口調でサイモンに話しているのに、なぜか第3部(PART THREE)から丁寧語に変わっているのが不自然。
「さてと、耳の穴をかっぽじって聞いてください」 (原文:All right. Now listen) ⇒ 意訳しすぎだし、「耳の穴をかっぽじって」なんて今時使わない。単に、「さあ、いいですか、よく聞いてください」というシンプルな訳で充分。
「仰せのとおりです」(原文: That's correct. ) ⇒ ”You've always told me Grag killed the people who murdered my parents.”と言ったカートに対して、オットーが答えた言葉だけど、まるで執事や家来が主人に対して言うようなセリフ。今までの二人の会話から考えれば、「その通りです」くらいが適当だと思う。
それに、”That's correct.”はグラッグが殺人者を殺したことを指しているとすれは、「それは間違いない」とも訳せる。
「ラブ・ケインとヴォル・コットーは見かけどおりの人畜無害の存在ではない」(原文:Rab Cain and Vol Cotto weren't as much as innocuous as they are pretending to be.) ⇒ "pretend to”は「装っている、ふりをしている」。「みかけどおり」は単に外見だけを指しているので、"pretend to”のニュアンスが感じ取れない。
「見せかけているほどに人畜無害な存在ではない」の方がふりをしている感じが伝わると思う。
「少なくともそれが彼女の本音だった」(原文:At Least this was what she told herself.) ⇒ 「本音」というと、建て前やうわべの背後にある本心というニュアンス。この場面は、(エズラの命令よりもさらに踏み込んで)ケイン(カート)を追い詰めて謝罪させたいと思っているので、「本音」というよりは(言えないことはないけど)、直訳的に「自分に言い聞かせたことだった」、「胸の中でつぶやいたことだった」で良いと思う。
「その船は、陽光を反射しないようなやり方で瞬時に方向転換したのかもしれない」(原文: Perhaps the craft had momentarily turned in such a way that it didn't reflect the sunlight.. ) ⇒ ”momentarily”は「一瞬、つかの間、短時間、しばらく」または「すぐに、まもなく、瞬時に(北米での使用法)」。この場合は文脈と↓の用法から判断して、「一瞬、短時間」の意味だと解釈した。
”in such a way that”は「という(ような)方法で」なので、「たぶんその船は太陽光を反射しないような飛び方で一瞬向きを変えたのかもしれない」。また「陽光」は地球のように厚い大気に遮られて届いた光のイメージがするので、大気のない月面なら宇宙空間と同じように「太陽光」のほうが良いと思う。
※Many speakers object to the use of momentarily in the sense of “in a moment” rather than “for a moment”, since this is inconsistent with the meaning of momentary; nonetheless, this use is quite common in North America, and is particularly associated with airlines, such as “we will be landing momentarily”.In place of momentarily, many speakers prefer the terms presently, soon or the phrase “in a moment”,for this sense of “in a moment”.
「いったいどういうこと?」....ジョオンはあんぐりと口を開いた」(原文:"What the hell?" Joan's mouth fell open as....... ) ⇒ ”fell open”は「意図しないで開ける」。訳者は「あんぐりと」をよく使うが、エズラが「あんぐりと」と大きく口を開けるのはユーモラスで面白いけど、若い女性のジョオンなら「ポカンと」の方が、大きな口ではないし、語感も若くて愛らしく聞こえる(バカみたいにも聞こえるけど)。
「口を開いた」は、意識的に開くというニュアンスがあるのと、「話す」という意味もあるので、「思わず口を開けた」、「口が開いた」の方が誤解がない。
「思わずぽかんと口を開けたジョオンは(....またスコープに眼をやった)」、「ぽかん」を使わないなら「呆然として口が開いたジョオンは....」。
「いい女ですね。それはたしかだ。でも、あなた向けじゃありません」(原文:She' cute. I'll give her that. But she's not for you.) ⇒ 「あなた向け」というと、特定の人・層に対して作られたモノみたいに聞こえる。もしかして、「カートのために存在する」という意味に訳したのだろうか?
この場合は、「(ジョオンは)あなた(カート)向きじゃありません/あなたには向いていません/合いません/似合いません」の意味だと思う。
「そうなったら、地下に施設があるってバレてしまう。ここは石橋をたたいて渡るべきだと思ったのさ。迷惑をかけたなら、悪かった」(原文: That would have indicated the presence of an underground facility. I made what I considered to be prudent choice. I apologize for the inconvenience. ) ⇒ この段落のグラッグのセリフはロジカルで丁寧に聞こえる。”in inconvenience”は、再与圧しなかったために宇宙服を着直してエアロックから家に入らなければならなかったことが「不便」だったので、それを謝っている。漠然とした「迷惑」よりも、直訳して「不便」とした方が意味が明確になる。
「それは地下施設の存在を知らせることになっただろう。もっとも賢明だと考えた選択をしたまでだ。不便をかけたことは謝る」。
「さしつかえなかったら、コルボ議員の住居について探れるだけ探ってくれないか」(原文: If you will, find out everything you can about where Senator Corvo lives.. ) ⇒ この文脈で「さしつかえなかったら」(支障なければ、不都合でなければ)はちょっと変な感じがする。ちょっと厄介なことを頼むので、”if You will”は「できれば、よければ」の方が良いと思う。1頁くらい後の”if you don't mind”も「さしつかえなかったら」と訳しているので(こちらは適切だと思う)、原文の2つの言葉とニュアンスは違うので、訳文もそれに応じて変えて欲しい。
「憤怒が湧いてくるのはどうしてだろう」(原文: He wondered where the rage he felt came from. ) ⇒ カートの内面をセリフにして訳しているので、口語で「憤怒」は使わない。自分でも怒りが湧いてくるのがわからないというニュアンスを込めて、「 いいようのない怒り」や「抑えがたい怒り」の方がストレートに感情が伝わる。
「でも、一から十まで知っているのはあなただけだそうです」(原文: rest of his life would probably be measured in seconds. ) ⇒ 話し言葉なら、「一から十まで」というよりも、「全て、全部」という方が自然なので、直訳的に「全てを知っているのは..」で良いのでは。(訳者のクセというか、”probably”の訳語に「十中八、九」という漢数字を使っっている。他にも繰り返し使われているのに気がついた訳語は、擬態語の「あんぐりと」「しげしげと」、熟語の「憤怒」、「謝意」など)
「潮時ですよ、サイモン」(原文:It's time, Simon.) ⇒ 「潮時」は「物事を開始したりやめたりするのに一番よいタイミング、ちょうど良い時期。好機」。「潮時」は、時間の流れのなかでたまたま条件が揃った結果最適な時期、という(流動的な)ニュアンスを感じる。(また、「潮時」を「本位ではないが物事をやめるべきタイミング」という意味で誤用する人が多数いる)
”It's time,”は、カートに真実を説明するべき(その)時がついにやってきたという、ピンポイントの時間(最適ではなくて、時間の流れの終わり。流動的ではなく、あらかじめ決まっている)という感じがする。
この場面では、「その時がきたんです、サイモン」の方が相応しいように思う。
「そもそものはじめにさかのぼろう」(原文: Let's go back to the beginning. ) ⇒ 完全に間違いとはいえないが、「そもそものはじめに」という言い方は少し変な気がする。「(そもそもの/ことの)始まりまでさかのぼろう」の方が日本語としては適切だと思う。
5)注釈がないため意味がよくわからない訳文
文字通り読んだだけでは意味がわからない面白い言い回し。
「いつかお前の頭をあけたら、きっと(コウモリが)二、三匹見つかるだろうよ」(原文:Open up your head sometimes, I'll bet you'll find a few up there.) ⇒ 月にコウモリはいないのでいつか見たいと言うグラッグに対して、オットーがボソリと言うセリフ。
”have bats in the/one's belfry”という慣用句があり、「頭がおかしい、いかれている」という意味。"bats"は「狂気」、”belfry”(鐘楼)はこの用法に限って「頭」を指す。「グラッグの頭はイカれているから、コウモリが何匹かいるはずだ」という意味のオットーのジョーク。
翻訳文には何の注記もなかったので、( )で小文字の説明を入れた方が親切だと思う。
6)原文の間違い
「シカゴ大学」と「MIT」:原文自体の間違いとして、サイモンとロジャーとエレーヌの3人が出会った場所が、最初は「シカゴ大学」と書かれていたのに、後で「MITのレクチャーホール(階段教室)」となっていた。アイビーリーグを除くと、「アメリカのベストカレッジ」はシカゴ大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)という世評らしい。
[更新日:2020/8/25]
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