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「シャクルトン南極大陸横断探検隊」に関する本と映像
たまたま見つけたアルフレッド・ランシングの『エンデュアランス号漂流』。カバーのあらすじと本文をぱらぱらめくってみて、面白そうだったので購入。これが面白いどころか、今まで読んだノンフィクションものでは、『アポロ13号奇跡の生還』と同じくらいに、奇跡的なサバイバル&救出劇の実話だった。

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫) エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)
(2001/6/1)
アルフレッド ランシング (著), 山本 光伸 (翻訳)



『エンデュアランス号漂流』(新潮社)の新装改訂版。
エンデュアランス ──史上最強のリーダーシャクルトンとその仲間はいかにして生還したか (フェニックスシリーズ)  エンデュアランス ──史上最強のリーダーシャクルトンとその仲間はいかにして生還したか (フェニックスシリーズ)
(2014/8/9)
アルフレッド ランシング (著), 山本 光伸 (翻訳)



[以下、あらすじと結末まで書いてます]

1914年に隊長サー・アーネスト・シャクルトンが隊員27人を率いて旅立った南極大陸横断探検隊が南極ウェッデル海の厚い氷に挟まれて南極大陸に上陸できず、エンデュアランス号ごと漂流。船が流氷と氷盤に閉じ込められてから、次々と苦境に陥っていく。氷に押しつぶされてエンデュアランス号船が破壊されたため、氷盤上でキャンプ生活を続け、数カ月後に3隻の小さなボートで無人のエレファント島に上陸する。救助を求めて全長7m足らずの無甲板船ケアンズ号に乗ったシャクルトンたち6人が800マイル離れたサウスジョージア島へたどり着き、そのうち3人で険しい山や氷河のある内陸を36時間歩き続けて横断し、ストローネム捕鯨基地へ生還。エレファント島に残された隊員たち22人を救出するため、南極へ向かって3度航海するも氷に阻まれて全て失敗。
エレファント島に残された隊員たちは、副隊長フランク・ワイルドが指揮をとり、近くにやって来るアザラシとペンギンの肉や浜辺で獲ったカサガイ・海草で飢えをしのぎながらサバイバル生活を続けていたが、シャクルトンを乗せたケアンズ号が海で遭難したとしか思えなくなっていた。ちょうどその頃に、4度目の航海でイエルコ号がエレファント島沖に到達し、シャクルトンが乗ったボートで隊員たちを全員救出した。

見開きの地図(1枚)に、南極圏に近いサウスジョージア島から出発し、南極圏を経由して、再びサウスジョージア島へ帰還したルートと主な日付が記されている。さらに本文の記述に基づいて加筆した足取りは以下の通り。
1914年
 12月5日 サウスジョージア島グリトヴィケン港を出航
 12月25日 クリスマス(南極圏・ウェッデル海に近付く)
1915年
 1月9日 南極圏の流氷帯を抜ける
 1月18日 エンデュアランス号閉じ込められる
 2月24日 海の見張りを中止
        ※海路が開ける見込みがなく、氷に閉じ込められたまま漂流
 6月22日 冬至
 8月1日 氷による最初の大圧迫
 10月27日 エンデュアランス号放棄
 10月30日 オーシャンキャンプ設置
 11月21日 エンデュアランス号沈没
 12月23日~29日 オーシャンキャンプを犬ぞりで出発
1916年
 1月1日 ペイシャンス・キャンプ設置
 3月9日 うねり
 4月9日 ペイシャンス・キャンプ出発、ケアンズ号・ドッカー号・ウィルズ号で出航
 4月16日 エレファント島上陸

 4月24日 シャクルトン以下6名、ケアンズ号でサウスジョージア島へ向けて出航
 5月2日 シーアンカーを失う、アホウドリを目撃
 5月10日 サウスジョージア島西側のキング・ハーコン湾の入り江に上陸
 5月15日 キング・ハーコン湾の奥に船で移動し、ペゴディ・キャンプ設置
 5月19日 シャクルトン・ワースリー・クリーンの3名が島東部へ陸路横断開始(36時間歩き続ける)
 5月20日 ストローネム捕鯨基地に到着
 5月22日 キング・ハーコン湾に残されたマクニーシュ・マッカーシー・ヴィンセントを救出したサムソン号が基地に帰還
 5月23日~ シャクルトンがサザン・スカイ号、インスティテュート・デ・ペスカ号、エマ号で3度エレファント島に向かうが、いずれも失敗
 8月25日 シャクルトン、ワースリー、クリーンがイエルコ号でエレファント島に向けて出航
 8月30日 イエルコ号がエレファント島沖に到着、探検隊の残留メンバー22名を乗せて脱出

圧巻なのは、1)小さなボート3隻に分乗してエレファント島へ上陸した航海、2)全長6.6mの小さな無甲板船ケアーズ号で800マイル(約1300km)離れたサウスジョージア島に上陸した航海、3)最高1万フィートの山や氷河が連なるサウスジョージア島を詳しい地図もなく36時間歩き続けて、ストローネム捕鯨基地にたどり着いた横断行、4)厚い氷に阻まれた3度救出行に失敗した後、鋼鉄船のイエルコ号でエレファント島に向かい、隊員22名を救出した航海
1)と2)は小さなボートで荒波や強風に翻弄されながらも島にたどり着いている。特に2)は奇跡的な航海。荒波や暴風で荒れる海域を6.6メートル足らず無甲板ボート(帆布で甲板を急造)に乗って、800マイル離れたサウスジョージア島に上陸。大波や暴風で何度も転覆しそうになり、絶えずポンプで海水を汲みだし、飲料水に海水が混じり汚染されて深刻な水不足になり、最後にはろくろく水も飲めず。”天文航法”(陸地の見えない外洋で天体観測により現在地を特定する航海術)で定めた針路は、太陽がもやのなかでぼんやりとしか見えないこともあったが、正確だった。
3)は、詳しい地図がないため、険しい山を登っては引き返したり、急な断崖を手斧とロープで数時間かけて下ったり、そりのないリージュみたいに3人が手足を絡ませて縦に連なり雪山を500m一気に滑り降りたり、滝の中をロープで降りたり。36時間の間、食事(ビスケットと保存食のシチュー)と僅かな休憩以外は疲労困憊しながらも歩き続けていく。
4)は、氷に弱い鋼鉄船のイエルコ号が嵐や氷に阻まれずに無事エレファント島に到着したタイミングが全く幸運だった。その直前の数日なら流氷に覆われていたし、その後の日ならまた流氷や嵐に見舞われる可能性も充分あった。それに、エレファント島で調達できる食料も欠乏しつつあり、難破した船から運んできた保存食は食べ尽くし、アザラシやペンギン狩りでストックしていた肉もあと数日分しか残っていなかったし、近くにはアザラシもペンギンもいない切迫した状況だった。保存食は14日分だけ残っていたが、ワイルドは飢え死にしそうになるまでこれに手を付けるつもりはなかった。

シャクルトンが書いた体験記の完訳版『エンデュアランス号 奇跡の生還』は約500頁。シャクルトンや隊員たちの日誌からの引用も織り交ぜた体験記で、他の本には載っていなかった航海・踏破ルートの簡略地図が数枚載っている。会話文はほとんどなく、自然環境や状況描写が延々と続くけど、第12章まで一気に読んでしまった。4度行ったエレファント島の隊員救出航海については他の本よりも詳しい。
ノンフィクションとしては、ランシングの『エンデュアランス号漂流』の方がわかりやすく簡潔な描写ですっきりまとまっているし、シャクルトン以外の隊員たちの視点からみた描写も多く、探検隊全体と内部の動きや関係が良くわかる。

第13章以降は「ロス海支隊」に関する報告。文庫本約500頁のうち約140頁と、全体の1/3近くを割いている。シャクルトン自身が直接参加したのは遭難後の「ロス海支隊」の救援活動だけなので、出向前の準備段階から任務である補給所設置活動に関しては、隊員が書いた日記の引用と救出後に隊員から聴き取った話に基づいている。
オーロラ号が出航する前にオーストラリアで準備段階に発生したトラブルと救出活動の主導権争いの顛末については、救助を支援してくれた政府・海軍・団体などを批判するような話を書くのはさすがに不味いので、触れていない。

エンデュアランス号 奇跡の生還 (ヴィレッジブックス) エンデュアランス号 奇跡の生還 (ヴィレッジブックス)
(2001/12/1)
アーネスト シャクルトン (著), 奥田 祐士 (翻訳)



『エンデュアランス号漂流記』は、同じシャクルトンの体験記でも、抄訳で204頁しかない。カスタマーレビューを読まなければ、抄訳とはわからずにあやうく買うところだった。
エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)  エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)
(2003/6/1)
アーネスト シャクルトン (著), 木村 義昌 (翻訳), 谷口 善也 (翻訳)




文庫版には、探検隊に同行していた写真家フランク・ハーレーが撮影した写真が小さいながらも数枚載っている。モノクロ写真でも当時の様子と雰囲気が伝わってくる。
ノンフィクション&写真集の『エンデュアランス号―シャクルトン南極探検の全記録』には、文庫版に載っていない写真の含めて140点が掲載されている。定価が高いだけあって、ツヤのある厚い紙質で表紙も硬く厚くてしっかりして、写真集のように立派な装丁。
ランシングの『エンデュアランス号漂流記』よりも文字情報ははるかに少ないといっても、それには書かれていない情報が入っているし、シャクルトンの過去の北極探検(1901年のスコット率いるディスカバリー号、1908年のシャクルトン自身が隊長だったニムロッド号による探検)、各隊員たちの人となりついてもランシングよりずっと詳しく書いている。日記の引用が多く、特にオードリーズとハーレーの日記をよく引用している。各隊員の救出後の人生についても、シャクルトンの体験記(第一次大戦の従軍歴が数行)よりも詳しく触れている。(ランシングはエレファント島からの脱出シーンで終わる)

文庫版よりも写真が大きくて鮮明なので、実話ならではリアルな迫力があり、隊員の日記の引用文を添えた写真には、撮影時の状況が隊員たちの心情と共に伝わってくる。
好きな写真は”強面”グリーンが船で生まれた4匹の子犬を両手に抱えている写真。(子犬も含めて数十頭の犬たちは全て、食糧不足のため射殺されてしまい、そのうち何匹かの肉は料理されて食事に出された)
面白い話は、感動的な場面の写真を”演出”するため、ハーレーが写真のネガを改変していたこと。実際はケアンズ号がエレファント島から出航する写真なのに、シャクルトンのボートがエレファント島の仲間を救いに来た時の写真だと偽っていた。
小さなボートで船出する仲間を手を振って見送る姿に救出への希望を託した思いが表れていて、この写真集のなかでは一番好きな写真の一つ。
面白いエピソードは、シャクルトンが参加したロバート・スコットの1901年の南極探検隊では、スコットとは険悪な仲で極地の真っ白な世界の真っ只中で罵り合っていたという。また、シャクルトン自身が率いたニムロッド号の南極探検隊では、食料が欠乏しつつある中で、自分に割り当てられたビスケット4枚のうち1枚を、消耗が激しかったフランク・ワイルドにひそかに押し付け、それを決して忘れなかったワイルドは、エンデュアランス号の南極横断体験隊の副隊長として”鉄の忠誠心”でシャクルトンを支え続けた。

エンデュアランス号―シャクルトン南極探検の全記録 エンデュアランス号―シャクルトン南極探検の全記録
(2002/9/1)
キャロライン アレグザンダー (著), Caroline Alexander (原著), Frank Hurley (原著), 畔上 司 (翻訳)



↓のサイトには、読んだ本に載っていない写真があり、そのほとんどが動物の写真。
南極大陸の初横断を目指し失敗した、帝国南極横断探検隊の記録写真[カラパイア 不思議と謎の大冒険]


上記3冊を読んでいると、載っているエピソードの有無や記述量が違うのは当然としても(ブラックボロの乗船、マクニーシュの反抗など)、事実関係自体が違っていることも時々ある。
また、シャクルトンの体験記には、救出活動を支援していた国・組織のうち、ニュージーランドやチリに対して感謝の言葉が多い一方で、イギリス(海軍本部)やオーストラリアの政府・団体に対してはちょっと素っ気ない。
その理由としては、『シャクルトン南極探検の全記録』と後述の『南極横断隊の悲劇 シャクルトンに消された男たち』を読むと、探検隊が出航前の「オーロラ号」準備段階でのトラブルや、横断探検隊本隊とロス海支隊の救出活動をめぐる思惑から、イギリス・オーストラリアはシャクルトンに対して批判的だったため、かなり揉めた経緯があるからだと思う。

シャクルトン南極横断探検隊の映画化作品(ドキュメンタりーは除く)は次の2本。
Shackleton Trailer (2002)(ケネス・ブラマー主演)


Shackleton's Captain - Trailer(2014)
”Shackleton's Captain”とは、エンデュアランス号船長フランク・ワースリーのこと。



シャクルトン探検隊に同行していた写真家フランク・ハーレーは、写真撮影用のカメラだけでなく、映画撮影機も持っていた。↓の動画部分は、フランス製の”Debrie Parvo L 35 mm hand-crank camera”では撮影したものだと思う。
映像はエンデュアランス号が沈没する前のものがほとんど。ハーレーがオーシャン・キャンプを去る時、荷物を減らすためヴェスト・ポケット・コダック以外のプロ用機材を全て置き去りにした。

Shackleton's Imperial Trans Antarctic Expedition 1914 ~ With Sound! Centenary Edition

”Unique version of The Imperial Trans Antarctic Expedition of 1914 filmed and photographed by Frank Hurley”


一番詳しいドキュメンタリーは、『Shacleltons Voyage Of Endurance』。Youtube上では3パートに分割。隊員の日記のナレーションも入っているので、当時の状況や心情がリアルに伝わってくる。
本を読むより、その難しさがさらによくわかったのが最後の動画に出てくるサウスジョージア島を横断するイメージ映像(7:00~)。島の映像自体は実物なので、この岩と雪と氷河におおわれた峻厳な山脈を登山用の装備もつけず、内陸部は空白の略図しかなく、杖代わりに船の木材から作った木の枝と小さな氷斧、50フィートのロープ、3日分の食糧と携帯用コンロなどの軽装備で、36時間ほぼ歩き続けて島を横断できたのは、驚き以外の何物でもない。
この横断行の間、3人とも”自分たちは3人ではなく4人いるような気がしていた”と思っていたという。シャクルトン自身の体験記を読むと、エレファント島からケアーズ号でサウスジョージア島にたどり着き、島を陸路横断して捕鯨基地にたどり着けたのは、”神のお導き”なのだとほのめかしている。

探検記を読んだ詩人のエリオットが、このエピソードに触発されて書いた詩が『荒地』第5部「雷がいったこと」(The Waste Land, "V. What the Thunder Said")の一編。

  Who is the third who walks always beside you?
  When I count, there are only you and I together
  But when I look ahead up the white road
  There is always another one walking beside you
  Gliding wrapt in a brown mantle, hooded
  I do not know whether a man or a woman
  --But who is that on the other side of you?

※エリオットのnote;The following lines were stimulated by the account of one of the Antarctic expeditions (I forget which, but I think one of Shackleton's): it was related that the party of explorers, at the extremity of their strength, had the constant delusion that there was one more member than could actually be counted.

Shackeltons Voyage Of Endurance conclusion



こちらはシャクルトンたちの島横断ルートを実際にたどった映像。(装備までは再現していない)
The Shackleton Crossing of South Georgia (Island)



ランシングの『エンデュアランス号漂流』を読んだ時、「南極大陸の反対側にあたるロス海西岸のマクマード湾に向かわせる。ロス海側のチームはここにベースキャンプを張り、そこから南極点近くまで、複数の食糧貯蔵所を設置する」と書いてあったのに、そのチームがどうなったのかどこにも書いていない。
シャクルトン自身の体験記『エンデュアランス号 奇跡の生還』では、ロス海支隊について第13章以降でまとめられている。日記の引用と隊員からの聴き取りに基づいて書かれていて、本隊に比べて情報量がはるかに少なく、もう一つよくわからないところがある。

そのロス海支隊の顛末をノンフィクションにしたのが『南極横断隊の悲劇 シャクルトンに消された男たち』
ロス海支隊が乗船する予定だった「オーロラ号」の準備に関して、シャクルトンの計画が綿密ではなかったのがわかる(シャクルトン自身、ぎりぎりまで探検費用の調達に駆けずり回っていた)。人命がかかっているため出向前の準備や救出活動を支援したオーストラリア政府や団体は、シャクルトンに批判的だった。
エレファント島からサウスジョージア島に生還したシャクルトンは、ロス海支隊が南極大陸で遭難中だと知ったため、ロス海から戻っていた「オーロラ号」で救出に向かおうとする。英国の思惑とシャクルトンに批判的なオーストラリアが絡んで、誰が救出隊の隊長になるかで大モメしたが、ともかくシャクルトンは「オーロラ号」でロス海に到着し、支隊の生存者7人を救出。死亡したのは3人で、そのうち2人は救助を待ちきれずに悪天候になるとわかっている状況で仲間の反対を押し切って旅立った結果、行方不明。残りの隊員やシャクルトンたちが捜索しても2人は見つからなかった。
ウェッデル海側の探検隊本体と違って、隊員間の軋轢があり、アザラシやペンギン狩りもできずに携帯食料頼みで壊血病に苦しみ、犬が役に立たなくなってからは隊員たちが重い荷物と重病人を乗せたそりを引くなど、惨憺たる状態。それでも、南極大陸を横断して食糧貯蔵所するという任務を果たした。

シャクルトン率いる探検隊は、小さな軋轢や反抗がいろいろあったとしても、とにかく全員が協力して苦境を切り抜けようという姿にポジティブ感があり、結末もドラマティックで感動的。
ロス海支隊は、隊長に対する不信感が深刻で、食糧不足で壊血病にも見舞まわれ、補給所設置という任務は達成したのに、3人の隊員を失い、読んでいて閉塞感が強くて気が滅入るところはある。

『シャクルトンに消された男たち』という邦題については、シャクルトンが意図的に隠蔽したかのような印象を受ける。シャクルトン自身の体験記でもロス海支隊にはかなり頁を割いて報告しているので、隠蔽したことはない。ただし、隊が陥った窮状は装備不足が原因だったかのように書いているので、自分の計画や準備・指示にも何らかの問題がありそれが影響したと思われる点には言及せず、自己弁護的なところはあると思う。

南極横断隊の悲劇 シャクルトンに消された男たち 南極横断隊の悲劇 シャクルトンに消された男たち
(2007/8/30)
ケリー テイラー=ルイス (著), 奥田 祐士 (翻訳))




<関連情報>
「南極横断探検で窮地を救った天文航法」(星の導きを頼りに!宇宙六分儀を使った天文航法と宇宙機航法の今)
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、ミンナール、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;アリステア・マクリーン、エドモンド・ハミルトン、太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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