小菅優 『Four Elements Vol.3: Wind』
2022-10-29(Sat)
小菅優のリサイタル&CDシリーズ『Four Elements』のVol.3は”Wind”。Four Elementsとは、水・火・風・大地の四元素。
久しぶりにNMLで聴いていたら俄然CDで聴きたくなって、とうとう買ってしまった。
以前試聴した時は、フレンチバロックとベートーヴェンの《テンペスト》の再録音を聴きたいとは思わなかった。でも、聴き直してみると、フレンチバロックも結構良い感触だったし(その時の気分で印象が変わるので)、西村朗、ドビュッシー、ヤナーチェクの曲は元々好きだった。《テンペスト》はピアノ・ソナタ全集録音の演奏と聴き比べしたらいろいろ発見があって面白かった。
<収録曲>
ダカン:クラヴサン曲集第1巻 第3組曲より『かっこう』、『荒れ狂う嵐』
クープラン:クラヴサン組曲第3巻 第17組曲より『小さな風車』
ラモー:クラヴサン組曲と運指法 第1番(第2組曲)より『鳥のさえずり』
西村 朗:迦陵頻伽(カラヴィンカ) (2006)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番ニ短調 Op.31-2『テンペスト』
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より第2曲『帆』、第3曲『野を渡る風』、第7曲『西風の見たもの』
ヤナーチェク:霧の中で
※ブックレットの解説(「Vol.3: Wind」というテーマと選曲の説明、作曲家と作品解説)は全て小菅優本人が書いている。
フランスバロックの3曲のなかで面白いのは、ダカンの『かっこう』。左手や右手の旋律が交代で”カッコーカッコー”と鳴いているように聴こえる。
『荒れ狂う嵐』は(演奏のせいではなくて)長調のせいか、タイトルほどに荒れ狂っていない曲想だった。「怒りの嵐」と訳している場合もあり、曲想から言えば「怒りの嵐」の方がまだしも合っている気はする。
『小さな風車』は叙情的な美しい曲。『鳥のさえずり』はトレモノの変わったリズムがどうも好きに慣れなかった。
Pièces de clavecin, Suite No. 3: No. 16, Le coucou (Performed on Piano)
Pièces de clavecin, Suite No. 1: No. 6, Les vents en couroux (Performed on Piano)
西村朗の《迦陵頻伽》は、このアルバムの収録曲を見て初めて知った曲。
《迦陵頻伽》(カラヴィンカ/かりょうびんが)は、極楽に住むとされる人間の顔、鳥の体を持つ特別な鳥で、美しい声によって仏陀の言葉を歌い、人々の魂を救済するといわれる。
2006年のザルツブルク音楽祭で小菅優のデビューリサイタルのために書かれた曲だそう。「抒情的で美しく、徐々に激しく燃えるようにクライマックスに向かい、倍音の美しい響きは別世界に連れていかれるようです」という小菅優の言葉通りの曲。
《展覧会の絵》の「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」を連想させるようなオスティナートがちょっと不気味。やや怪しげでミステリアスな和声と旋律も私好み。
神話や伝承の存在をモチーフにした印象主義的な作風とミステリアスな雰囲気は、シマノフスキの《メトープ》を連想する。《メトープ》好きな人なら、たぶん《迦陵頻伽》も面白く聴けると思う。この曲を聴けただけCD買った甲斐があったと思えるくらい好きな曲だった。
Kalavinka
ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」》は一番好きな第3楽章だけ聴くことが多い。
2011年録音の全集盤(SONY)に比べると、テンポも若干遅く、勢いがやや落ちて、フォルテが少し抑え気味なので、強弱のコントラストと起伏の大きさも少し緩くなっている。でも、打鍵はより丁寧になり、起伏も細やかで細部の表情が豊かで、フレージンズも滑らか。どちらの演奏も好きだけど、この再録音は、強弱のコントラストを強調せず、フォルテが丁寧で、旋律の流れが滑らかなところが好き。
Piano Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 "Tempest": III. Allegretto
<全集盤(スタジオ録音)>
Yu Kosuge Piano Sonata No. 17 in D minor, Op. 31, No. 2, Mov 3 The Tempest
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より第2曲『帆』、第3曲『野を渡る風』、第7曲『西風の見たもの』
『帆』は航海中に緩やかな風を受けてなびき、穏やかでゆらゆらと漂うような情景。スケールの旋律と響きがちょっとファンタジック。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 2, Voiles
『野を渡る風』は、リズミカルな旋律と時折挟まれるフォルテで、風勢を変えつつ野原を駆け回っているみたいで面白い。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 3, Le vent dans la plaine
『西風の見たもの』の西風は、フランスでは強風の偏西風を指す。曲の由来は、アンデルセンの童話『楽園の庭』で登場する”西風”の語る情景、または、イギリスの詩人シェリーの『西風のオード』らしい。
曲想から考えれば、暴風のように吹き荒れる西風が、自ら引き起こした情景を「見た」としか思えない。線の太く低音の量感あるピアノの音が良く似合う曲。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 7, Ce qu'a vu le vent d'ouest
なぜかCDに収録されていないのに、レーベルサイト・NML・Youtubeのトピック音源には載っているドビュッシーの2曲(↓)。
レーベルサイトでは、カタログ番号も別に付いている「EP」(シングルより長くアルバムより短い」収録時間の作品)と表示されている。CDには収録されていないので、もしかしてボーナストラック盤があるのかとCDをよく見ても、やっぱり入っていなかった。
「霧(Brouillards)」”は<Wind>”のテーマと合っているけど、「沈める寺」はテーマから外れている。”Brouillards”も収録するつもりで録音したがCDの収録時間に収まらず、「EP」で1曲だけ公開するのも変なので、「沈める寺」もついでに録音したんだろうか?
好みをいえば、この「沈める寺」は好きな曲なので、テーマから外れていても収録してあれば嬉しかった。それにドビュッシーの3曲プラス”Brouillards”は似たような作風なので、異なる作風の「沈める寺」が入っていると変化があって良い。
Préludes, Book 1, L. 117: No. 10, La cathédrale engloutie
Préludes, Book 2, L. 123: No. 1, Brouillards
ヤナーチェクのピアノ曲中のなかでは、一番好きなのが全曲に詩的な題名が付けられている《草かげの小径にて》、次が《1905年10月1日「街頭より」》。その2曲に比べると、《霧の中で》はあまり聴かないけど、まるで暗中模索して揺れ動く心情を音楽で描いた心理小説みたいな曲に思える。印象主義のような和声の響きと拍子が頻繁に変わる構造性の緩さは、喩えて言えば、ストーリー性と民族性のあるドビュッシー..というところだろうか。
In the Mists, JW VIII/22: I. Andante
In the Mists, JW VIII/22: II. Molto adagio
In the Mists, JW VIII/22: III. Andantino
In the Mists, JW VIII/22: IV. Presto
ヤナーチェクのピアノ曲を聴くと、いつも『存在の耐えられない軽さ』という映画を思い出す。私が初めてヤナーチェクの音楽を聴いたのは、映画館で封切直後に観たこの映画だった。ストーリーの面白さと音楽の美しさが気に入って、映画館で2回見て、サントラのカセットテープの買ったけど、何度も聴いたあのカセットテープは今は行方不明。でもヤナーチェクのピアノ曲集に弦楽四重曲集、ヴァイオリンソナタ曲集のCDを持っているので、サントラCDを買う必要もない。
映画で使われていたピアノ曲は《草陰の小径にて》の収録曲が多い。サントラの収録曲のうち、《霧の中で》からは第2曲Andanteのみ。
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
久しぶりにNMLで聴いていたら俄然CDで聴きたくなって、とうとう買ってしまった。
以前試聴した時は、フレンチバロックとベートーヴェンの《テンペスト》の再録音を聴きたいとは思わなかった。でも、聴き直してみると、フレンチバロックも結構良い感触だったし(その時の気分で印象が変わるので)、西村朗、ドビュッシー、ヤナーチェクの曲は元々好きだった。《テンペスト》はピアノ・ソナタ全集録音の演奏と聴き比べしたらいろいろ発見があって面白かった。
![]() | Four Elements Vol.3: Wind (2021年03月04日) 小菅 優 試聴ファイル(e-onkyo.com) |
ダカン:クラヴサン曲集第1巻 第3組曲より『かっこう』、『荒れ狂う嵐』
クープラン:クラヴサン組曲第3巻 第17組曲より『小さな風車』
ラモー:クラヴサン組曲と運指法 第1番(第2組曲)より『鳥のさえずり』
西村 朗:迦陵頻伽(カラヴィンカ) (2006)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番ニ短調 Op.31-2『テンペスト』
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より第2曲『帆』、第3曲『野を渡る風』、第7曲『西風の見たもの』
ヤナーチェク:霧の中で
※ブックレットの解説(「Vol.3: Wind」というテーマと選曲の説明、作曲家と作品解説)は全て小菅優本人が書いている。
フランスバロックの3曲のなかで面白いのは、ダカンの『かっこう』。左手や右手の旋律が交代で”カッコーカッコー”と鳴いているように聴こえる。
『荒れ狂う嵐』は(演奏のせいではなくて)長調のせいか、タイトルほどに荒れ狂っていない曲想だった。「怒りの嵐」と訳している場合もあり、曲想から言えば「怒りの嵐」の方がまだしも合っている気はする。
『小さな風車』は叙情的な美しい曲。『鳥のさえずり』はトレモノの変わったリズムがどうも好きに慣れなかった。
Pièces de clavecin, Suite No. 3: No. 16, Le coucou (Performed on Piano)
Pièces de clavecin, Suite No. 1: No. 6, Les vents en couroux (Performed on Piano)
西村朗の《迦陵頻伽》は、このアルバムの収録曲を見て初めて知った曲。
《迦陵頻伽》(カラヴィンカ/かりょうびんが)は、極楽に住むとされる人間の顔、鳥の体を持つ特別な鳥で、美しい声によって仏陀の言葉を歌い、人々の魂を救済するといわれる。
2006年のザルツブルク音楽祭で小菅優のデビューリサイタルのために書かれた曲だそう。「抒情的で美しく、徐々に激しく燃えるようにクライマックスに向かい、倍音の美しい響きは別世界に連れていかれるようです」という小菅優の言葉通りの曲。
《展覧会の絵》の「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」を連想させるようなオスティナートがちょっと不気味。やや怪しげでミステリアスな和声と旋律も私好み。
神話や伝承の存在をモチーフにした印象主義的な作風とミステリアスな雰囲気は、シマノフスキの《メトープ》を連想する。《メトープ》好きな人なら、たぶん《迦陵頻伽》も面白く聴けると思う。この曲を聴けただけCD買った甲斐があったと思えるくらい好きな曲だった。
Kalavinka
ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」》は一番好きな第3楽章だけ聴くことが多い。
2011年録音の全集盤(SONY)に比べると、テンポも若干遅く、勢いがやや落ちて、フォルテが少し抑え気味なので、強弱のコントラストと起伏の大きさも少し緩くなっている。でも、打鍵はより丁寧になり、起伏も細やかで細部の表情が豊かで、フレージンズも滑らか。どちらの演奏も好きだけど、この再録音は、強弱のコントラストを強調せず、フォルテが丁寧で、旋律の流れが滑らかなところが好き。
Piano Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 "Tempest": III. Allegretto
<全集盤(スタジオ録音)>
Yu Kosuge Piano Sonata No. 17 in D minor, Op. 31, No. 2, Mov 3 The Tempest
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より第2曲『帆』、第3曲『野を渡る風』、第7曲『西風の見たもの』
『帆』は航海中に緩やかな風を受けてなびき、穏やかでゆらゆらと漂うような情景。スケールの旋律と響きがちょっとファンタジック。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 2, Voiles
『野を渡る風』は、リズミカルな旋律と時折挟まれるフォルテで、風勢を変えつつ野原を駆け回っているみたいで面白い。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 3, Le vent dans la plaine
『西風の見たもの』の西風は、フランスでは強風の偏西風を指す。曲の由来は、アンデルセンの童話『楽園の庭』で登場する”西風”の語る情景、または、イギリスの詩人シェリーの『西風のオード』らしい。
曲想から考えれば、暴風のように吹き荒れる西風が、自ら引き起こした情景を「見た」としか思えない。線の太く低音の量感あるピアノの音が良く似合う曲。
Préludes, Book 1, L. 117 (Excerpts) : No. 7, Ce qu'a vu le vent d'ouest
なぜかCDに収録されていないのに、レーベルサイト・NML・Youtubeのトピック音源には載っているドビュッシーの2曲(↓)。
レーベルサイトでは、カタログ番号も別に付いている「EP」(シングルより長くアルバムより短い」収録時間の作品)と表示されている。CDには収録されていないので、もしかしてボーナストラック盤があるのかとCDをよく見ても、やっぱり入っていなかった。
「霧(Brouillards)」”は<Wind>”のテーマと合っているけど、「沈める寺」はテーマから外れている。”Brouillards”も収録するつもりで録音したがCDの収録時間に収まらず、「EP」で1曲だけ公開するのも変なので、「沈める寺」もついでに録音したんだろうか?
好みをいえば、この「沈める寺」は好きな曲なので、テーマから外れていても収録してあれば嬉しかった。それにドビュッシーの3曲プラス”Brouillards”は似たような作風なので、異なる作風の「沈める寺」が入っていると変化があって良い。
Préludes, Book 1, L. 117: No. 10, La cathédrale engloutie
Préludes, Book 2, L. 123: No. 1, Brouillards
ヤナーチェクのピアノ曲中のなかでは、一番好きなのが全曲に詩的な題名が付けられている《草かげの小径にて》、次が《1905年10月1日「街頭より」》。その2曲に比べると、《霧の中で》はあまり聴かないけど、まるで暗中模索して揺れ動く心情を音楽で描いた心理小説みたいな曲に思える。印象主義のような和声の響きと拍子が頻繁に変わる構造性の緩さは、喩えて言えば、ストーリー性と民族性のあるドビュッシー..というところだろうか。
In the Mists, JW VIII/22: I. Andante
In the Mists, JW VIII/22: II. Molto adagio
In the Mists, JW VIII/22: III. Andantino
In the Mists, JW VIII/22: IV. Presto
ヤナーチェクのピアノ曲を聴くと、いつも『存在の耐えられない軽さ』という映画を思い出す。私が初めてヤナーチェクの音楽を聴いたのは、映画館で封切直後に観たこの映画だった。ストーリーの面白さと音楽の美しさが気に入って、映画館で2回見て、サントラのカセットテープの買ったけど、何度も聴いたあのカセットテープは今は行方不明。でもヤナーチェクのピアノ曲集に弦楽四重曲集、ヴァイオリンソナタ曲集のCDを持っているので、サントラCDを買う必要もない。
映画で使われていたピアノ曲は《草陰の小径にて》の収録曲が多い。サントラの収録曲のうち、《霧の中で》からは第2曲Andanteのみ。
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。