『ジーナ・バッカウアー/マーキュリー・マスターズ』(2)ラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキー
2022-09-24(Sat)
![]() | ジーナ・バッカウアー/マーキュリー・マスターズ(7CD) (2022年7月26日) |
GINA BACHAUER – THE MERCURY MASTERS
<収録曲>
●ブラームス:ピアノ協奏曲第2番、パガニーニの主題による変奏曲(第2巻)
●ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番『皇帝』、ピアノ協奏曲第4番、ピアノ・ソナタ第9番
● ストラヴィンスキー:『ペトルーシュカ』からの3楽章(ロシアの踊り/ペトルーシュカの部屋/謝肉祭)
● ショパン: ピアノ協奏曲第1番、ピアノ協奏曲第2番、ポロネーズ第6番『英雄』、夜想曲Op.27-1、12の練習曲 Op.25(第11番「木枯らし」、第1番「エオリアン・ハープ」、第12番「大洋」)、幻想曲へ短調
● リスト:ハンガリー狂詩曲第12番
● ラヴェル:夜のガスパール(朗読付)
●ドビュッシー:ピアノのために(前奏曲/サラバンド/トッカータ)、前奏曲集第1巻(第10曲「沈める寺」、第1曲「デルフィの舞姫」)、前奏曲集第2巻(第5曲「ヒース」)
印象主義のラヴェルとドビュッシーはバッカウアーの持つ音色とソノリティの美しさが良く映える。
硬質で澄んだ音色には清涼感があり、ペダルを踏んで弾くアルペジオの重なる響きもハープみたいでファンタスティック。打鍵時のアタック感や音の輪郭は硬いけど、そのわりにソノリティや残響は澄んでいて柔らかい。量感豊かに響くフォルテや低音部、ガラスのような硬く澄んだ響きの高音とか、コントラストが強く音響的に面白い。
バッカウアーのアーティキュレーションの特徴(と思う)は、テンポを揺らしたり細かな起伏をつけたりせずに、粒だち良い音が並ぶ粘りのないフレージングと、歯切れよく明瞭なリズム。スケールとアルペジオは滑らかでダイナミズムがあり、力感・量感豊か(特に左手低音)なフォルテと重音に加えて、弱音でも密やかで繊細というよりは、やや大きめで音量豊かに響く。
いつもはさらっと聞き流していることが多い印象主義の曲が、かちっとした構成感と明晰さと多彩なソノリティが組み合わさって、聴きごたえがある。
ラヴェル/夜のガスパール
「オンディーヌ」
トレモロがクリスタルのような硬い音色で、主旋律と同じくらいに音量が大きい。どの音も粒立ち良く、響きに透明感もあるので、ペダルを踏んでも濁りがない。中間部では、力強う響く和音やクレッシェンドにアルペジオが波のように畝ってダイナミック。ペダルを踏んだ時のスケールやアルペジオは弱音ではふわ~と柔らか、フォルテでは輝きがあってゴージャズ。
硬軟の響きのコントラストが強く、バッカウアーの弾き方で音響的な美しさと面白さが良く分かった。3曲のなかで、バッカウアーの奏法とソノリティがよく映える曲。
ほとんど聴かない「絞首台」と「スカボロ」。「絞首台」は弱音が静かで不穏な雰囲気が漂っていて意外と好きな曲だった。「スカボロ」は重音で跳躍するところが切れ悪くてちょっと重たい感じがする。
Ravel: Gaspard de la nuit, Bachauer (1964) ラヴェル 夜のガスパール(朗読付) バッカウアー
ドビュッシー/ピアノのために
「前奏曲」
ペダル踏まない単音の主題と、続いてペダルを踏んで弾く主題が交互に展開するところが面白い曲。冒頭はほぼインテンポで、線が太い低音が通奏低音のようにボーンと響き、厚みのある響きが重たく渦巻き、不穏な雰囲気が立ち込めている。グリッサンドが力強くダイナミックで、中間部の高音の響きが綺麗。
「サラバンド」
しっとりした叙情感のある曲だけど、バッカウアーの力強いタッチだと緩徐楽章なのに、静けさは少な目でドラマティック。
「トッカータ」
速いテンポで粒立ちよい音がリズミカル。フォルテでペダルを踏んだアルペジオがダイナミックで、弱音になるとハープみたいに優美。
Gina Bachauer plays Debussy Pour le piano L. 95
「沈める寺」(前奏曲集第1巻第10曲)
誰が弾いてもドラマティックになる曲だけど、バッカウアーの太い響きの低音と量感豊かな和音には重量感があって、一層スケール感を増している。タメやネバリのないフレージングなので、かっちりとした構成感と明晰さがあり、情感はさっぱり。
特に低音がゴ~ンと響いて、水面下に沈んでいたカテドラル(大聖堂)が浮き上がる情景の部分は、高揚感があってドラマティック。音色が明るいせいか、ラストは調和に満ちたような平安さを感じる。
※ドビュッシーは楽譜で、「柔らかく響く霧の中で」→「少しずつ霧の中から現れるように」→「だんだん音量を上げて(速くせずに)」と指示しているという。
Debussy: Préludes / Book 1, L. 117 - 10. La cathédrale engloutie
「ヒース」(前奏曲集第2巻第5曲)
題名の『ヒース』は花の名前または、そのヒースが茂る荒野。主旋律は硬質で粒立ち良い音と澄んだ音色でくっきり浮き上がって綺麗。柔らかで明るい響きがのどかで清々しい。
Debussy: Préludes / Book 2, L. 123 - 5. Bruyères
「デルフィの舞姫」(前奏曲集第2巻第1曲)
まったりしたテンポで音量豊かな響きが優美。
バッカウアーの音色は線が太く、力感と特に量感豊かなので、低音と重音の豊かな響きに力強いタッチで弾くと、重量感のあるドビュッシーになっているのが面白い。
ストラヴィンスキー/:ペトルーシュカからの3楽章
第1楽章「ロシアの踊り」と第3楽章「謝肉祭」は、一音一音しっかり打鍵しているせいか、重音連打のタッチの切れが悪い。テンポは遅めで、演奏時間は2:50くらい。これだけ聴いているとテンポや打鍵については気にならなかったけど、ポリーニやキーシンなど最速レベルはそれより20秒近く速く打鍵が軽やかで切れが良いので、それと聴き比べると少し重たく感じる。
第2楽章「ペトルーシュカの部屋」は、響きが多彩な曲なので、バッカウアーの音色とソノリティ豊かな演奏がよく映えている。3曲のなかでは一番聴いていて面白い演奏。
Gina Bachauer plays Stravinsky Trois mouvements de Petrouchka
このBOXセットのなかで好きな演奏を数えてみたら、予想していたよりもずっと多かった。
ブラームスとベートーヴェンはもちろん、パワフルでダイナミックなところが面白いショパンの独奏曲、硬質で澄んだ音色と多彩なソノリティで響きの美しいドビュッシー。
ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第4番》や《ピアノ・ソナタ第9番》は、”力強い”バッカウアーのイメージとは全然違い、力感を抑えたタッチできりっと引き締まった音と澄んだ音色にシンプルな歌い回しで、清楚で品が良くて、とても好き。
意外だったのは、パワフルなバッカウアーが弾くとどうなるんだろう?と思っていたラヴェルとドビュッシー。硬軟のコントラストがきかせた多彩なソノリティの変化が面白くて、ペダルを踏んだ時の響きがとても綺麗。特にドビュッシーの演奏が好きなので、《前奏曲集》や《映像》、《版画》も録音していないのが残念。
バッカウアーには男性ピアニストにひけを取らないパワフルな演奏というイメージがあるけど、たしかに、細かな起伏と歌い回しによって繊細な情感を表現するとタイプではない。力技も楽に弾きこなす技巧に加えて、曲(曲想)によってタッチと音量(フォルテの強さ)がかなり変え、多彩なソノリティを組み合わせた理知的で明晰な演奏だと思う。
<関連記事>



※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。