幸若舞『敦盛』 

2007, 02. 22 (Thu) 12:56

『敦盛』といえば、織田信長が浮かんでくる。

織田信長は『敦盛』の一節、「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか」という謡を好んで謡ったという。

『敦盛』とは、平家の平敦盛のこと。
平経盛の末子で平清盛の甥。官職にはついていなかったので、無官大夫と言われていた。
平安時代の末期の治承・寿永の乱(源平合戦)で有名な一ノ谷の戦いで、敦盛は熊谷直実に討たれた。享年16。その後直実は出家したそうな。

織田信長が謡っていた『敦盛』はお能のことだと思っていた。
調べてみると、この一節は、お能の『敦盛』ではなく、幸若舞の『敦盛』の言い回しらしい。

「幸若舞」(こうわかまい)
「福岡県みやま市瀬高町大江に伝わる重要無形民俗文化財の民俗芸能。能や歌舞伎の原型といわれ日本最古の舞楽として 700年の伝統を持ち、毎年1月20日に大江天満神社で奉納される。
幸若舞は、中世から近世にかけて、能と並んで武家達に愛好された芸能であり、武士の華やかにして且つ哀しい物語を主題にしたものが多く、これが共鳴を得たことから隆盛を誇った。一ノ谷の合戦の平敦盛と熊谷直実の『敦盛』などは特に好まれたといわれている。」
(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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