ミケランジェリ ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番 

2008, 08. 06 (Wed) 23:30

ミケランジェリのCDは、EMIの古い音源でバッハのシャコンヌやブラームスのパガニーニバリエーションが収録された盤を持っているが、音質はすこぶる悪い。
今回手に入れたグラモフォンのBOXセット「L'Arte Di Arturo Benedetti Michelangeli(ミケランジェリの芸術)」は音質は良好。
ライブ録音といえど、非常に良い音質なので、拍手が入るまでライブとはわからなかった。
そもそも録音状態が悪かったら、完璧主義者のミケランジェリの許可も下りなかっただろうし。

CDは全部で8枚。ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームス、シューマン、ショパン、シューベルト、ドビュッシーの名盤とされる録音が収録されていて、バリエーションは十分。
まず聴きたかったベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番から。
この第1番で、こんなに聴いていて楽しいというか聴きごたえのある演奏も珍しい。
これを聴くと他の演奏では物足りなくなる。
評判どおりの音色の美しさは当然のこととして、音色やタッチが自在に変化し、いったい同じピアノからどうしてこんなに色んな音が聴こえてくるのか不思議なくらい。
巧緻を極めた彼のアーティキュレーションとはこういうものかと納得したが、即興的な要素はなく、音の隅々まで考え抜かれて構築されているんだろう。
いろんな表現が次から次へと現れるので、同じ曲を何回聴いても聴き飽きない。....と、はじめは思ったけれど、他のピアニストの演奏もいろいろ聴いて再聴すると、ミケランジェリの演奏がかなり人工的な音楽に聴こえて作為性を強く感じてくるようになってしまった。やはりこの曲をずっ~と愛聴するのであれば、ゼルキンやカッチェンのピアノで聴きたい。

オケはジュリーニ指揮のウィーン交響楽団。ジュリーニが振ると弦の響きが美しく、流れるようなレガートとカンタービレで、ミケランジェリの繊細で表情豊かなピアノには良く似合っているのかもしれない。

同時に3番、5番のコンチェルトもライブ録音しており、高雅で気品のあるピアノ。この音の美しさと格調の高さだけでも、聴く価値はあり。
モーツァルトは、13、15、20、25番のコンチェルトをいずれもライブ録音しているが、特に20番の美しさは格別。
この曲にはベートーヴェンが第1、第3楽章のカデンツァを書いている。
ベートーヴェンは他人の作曲した曲のカデンツァを書いていないらしいので、よほどこの曲が気に入ったのだろうか。
このカデンツァの演奏が素晴らしく、ミケランジェリ以外ではこうは弾かない(弾けない)だろう思うほど音色とタッチの多彩さには独特のものがある。
もともとクリアで粒立ちの良い音質なので、モーツァルトには向いているとは思うが、凝ったアーティキュレーションで、かなり濃密な叙情的な演奏なので、好みがあるかも。妖艶な感じもなきにしもあらず。
ただし、25番だけはかなり淡々と弾いていて、透明感が高く、健康的な明るさがあって、こういう弾き方もするんだな~、と。

L'Arte Di Arturo Benedetti MichelangeliL'Arte Di Arturo Benedetti Michelangeli
(2003/04/08)
Claude Debussy、

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従来の11枚セットを8枚に減らし、価格を下げたバージョン。
米国のCDショップから5000円未満で手に入れた。
グラモフォンの正規版なので音質は申し分なし。
単品で買うことを考えると遥かにコストパフォーマンスが良いし、何より収録されている演奏の素晴らしさを考えると、全然高くはない。

タグ:ミケランジェリ ベートーヴェン ジュリーニ

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2 Comments

gkrsnama  

古典と前衛

こないだこの曲はじめて聞いて大変な曲を知らなかったと衝撃をうけましましてね。クラシックファンをん十年もやっていて初めて聞いたんです。ベートーベンというと中期か後期ばかり。初期のはソナタも交響曲もたいしたことがないですもん。グールドが10代のころにいれた盤です。

特に第一楽章なんか、調的に微妙な音がいくつもありますでしょう。そういう微妙な音で立派な対位法をくみ上げる。そしてくっきりとしたどハ長調でなる第一主題と対象させる。いやはや、ものすごい先進性です。ミヨーとかストラビンスキーの新発見の曲といっても通るんじゃないかってぐらいです。あとこういう音というと、ベートーベンではエロイカに複調がただ1音あります、それだけ。

その後のベートーベンは、できるだけ単純で安定したな調性のなかで歌い上げるという方に向かっていったでしょう。そしてそれに19世紀が続いたわけですが、彼は音の軸が目まぐるしく転変する20世紀の音まで予見していたわけですね。

で、家にある同じ曲のつんどく盤をかき集めて聞いているんですが(ケンプ、バックハウス、グルダ、ツィンマーマン、アルゲリヒ、ミケランジェリ)。ところがどれにも先述の驚きはありません。まるで当たり前の古典曲、たとえばモーツアルトの戴冠式みたいに聞こえる。解説にもそんなことはどこにも書いていません。

なぜなんでしょうね。他の奏者はあまりに多くの表情を付けているので、ノーノなんかに比べるとそれでも穏健なベートーベンの驚きは隠れてしまうってことなんでしょうか。そこへ行くとグールドは音を徹底的に磨き均等に美しい音で鳴らします。伴奏も全くテンポを変えず、楽想をくっきりはっきり描く。こうして音の驚きがくっきりと姿を現したということでしょうか。


同様の経験は「音楽の捧げもの」でもしたことがあります。この曲、調的に微妙というかいくつか無調に踏み込んだ音があります。ところが他の指揮者(レオンハルト、ミュンヒンガー、リヒター、レーデル、ケーゲル、ケルン古楽アンサンブル、寺島亮)ではそういう音はほとんど聞こえません。ところが、こんどマルケヴィッチ編曲版(自演のほう)をきいて、無調の響きが堂々と聞こえてきて仰天してしまいました。天才作曲家とうたわれたマルケヴィッチが音を変えたのかとまで疑ったのですが、調べるとそうじゃない。もともとの曲に確かにありました。この場合も解説には全くありません。

演奏によって音楽の本質まで変わって聞こえる。思い知らされました。


ともあれこの曲は、ベートーベンの中では変わった方向だけれど、最高傑作のひとつではないかと思います。自分的には皇帝よりよほど気に入っています。

2012/12/23 (Sun) 14:49 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

ご丁寧にご教示いただきまして、ありがとうございました

gkrsnamaさま、こんにちは。

大変詳しいご解説を書き込んでいただきまして、非常に勉強になりました。
第1番なら、ケンプ、アンダ、カッチェン、レーゼル、コヴァセヴィチなど好きな演奏は多いです。
グールドのベートーヴェンはほとんど聴かないのですが、何かの機会があった時にでも、聴いてみるかもしれません。

2012/12/23 (Sun) 19:19 | EDIT | REPLY |   

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