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青木やよひ 『決定版 ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究』
メイナード・ソロモンの「ベートーヴェン」は上下2冊で合計800頁ちかくの大作で、読みごたえは十分。
先人の研究と膨大な資料を駆使して、ベートーヴェンの幼少期から晩年までたどっている。
この著作の注目すべき点は、かの有名な<不滅の恋人>がアントーニオ・ブレンターノ夫人だとして、論証している点。
<不滅の恋人>については、今までいろんな候補が現れては消えた。どうもこの説が最近では最有力らしい。
このアントーニオ・ブレンターノ説を実はある日本人の研究者が彼よりも早く唱えていた。
ベートーヴェン研究者の青木やよひ氏がその人で、マイナーな日本の雑誌に論文を発表せいか(それも日本語だろうし)、論証が不十分だったのか、理由はよくわからないけれど、大した話題にもならなかったらしい。
ご本人は、自分が一番最初に提唱したんだと力説しているけれど...

それはともかく、この謎について彼女が行ってきた50年間にわたる研究をまとめたのが、「ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究 決定版」。
平凡社ライブラリーから出ているけれど、これは講談社現代新書の「ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く」を元に、最新の研究成果を反映させて全面改訂したもの。
ソロモンを含む過去の研究内容を解説・再検討するとともに、独自の資料調査や論考を加えた力作。
下手なミステリーを読むよりも、本当に面白い。

ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究 決定版 (平凡社ライブラリー あ 21-1)ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究 決定版 (平凡社ライブラリー あ 21-1)
(2007/01)
青木 やよひ

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ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く (講談社現代新書)ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く (講談社現代新書)
(2001/01)
青木 やよひ

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ベートーヴェンの死後、彼が大事に保管していたある女性の細密画と恋文が発見されたのが、この謎の発端。
多くの学者たちが膨大な資料を調査し、推測し、論証して、この<不滅の恋人>が誰なのか突き止めようと多大の時間をかけてきた姿がよくわかる。
この謎解きの部分だけでも十分面白いが、私には、アントーニア・ブレンターノ説が真実だとしたら、ベートーヴェンの作品のいくつかは、その意味づけがより深まっていく曲があるのが新しい発見。

この本には、巻末に北沢方邦氏(この方は、構造主義文化人類学者で青木やよひさんの夫)の楽曲解説が付いている。
この解説のなかで、<不滅の恋人>がベートーヴェンの作品にどういう形で現れているかを検証していて、これがまた面白い。
ベートーヴェンは同じモチーフをいろんな曲に形を変えてたびたび使っている。交響曲第8番、歌曲<遥かなる恋人に寄す>、後期ピアノ・ソナタ、ディアベリ変奏曲などの作品群の音楽的な繋がりを追うことで、ベートーヴェンがそれぞれの作品に託した想いが推し量れる。
後期のピアノ・ソナタ第30、31、32番は、ロマン・ロランによるとブレンターノ夫人と非常に強い繋がりがあるという。
第30番はブレンターノ夫人の娘(ベートーヴェンも幼少期から可愛がっていた)に献呈され、第31・32番は当初は夫人自身に献呈される予定だったらしい。
実際には、理由はわからないが第31番は誰にも献呈されず、第32番はイギリス出版時のみ夫人に献呈された(他国での出版ではルドルフ大公へ献呈)。
しかし、ブレンターノ夫人には最後のピアノ変奏曲「ディアベリ変奏曲」が献呈された。
この後期の作品群がブレンターノ夫人やその家族へと献呈され続けているのは不思議な気がする。
それだけ強い思い入れと繋がりがあったからに違いない。

べートーヴェンの作品中、ベートーヴェンの個人的感情が最も深く篭められているのがピアノ・ソナタ作品110(第31番)だと個人的には感じるところがある。
なぜこういう曲を書いたんだろうかとか、この曲でベートーヴェンが何を伝えようとしているのか、神様がどうのこうのという解説とかがついていても、もうひとつよくわからなかった。
この本を読むと、これは<不滅の恋人>を失ったことをめぐって、ベートーヴェンがその心を吐露した曲ということになる。
たしかに、とても愛らしい第1楽章、もどかしさと漠然とした不安を感じさせる第2楽章、<嘆きの歌>とフーガが交錯し、最後に賛歌のようなフィナーレで終わる第3楽章は、このままベートーヴェンの心の動きを、幸福-不安-悲嘆-追憶-感謝と喜び、という時間的な流れを表現したような気がする。
それは一つの解釈ではあるけれど、こういう気持ちで書いたのだろうかと思いながら聴くと、他の曲と違ってとても感情的にシンクロしやすいし、厄介なフーガの旋律の錯綜さえもが美しく感じられて、本当にこの曲は素晴らしいと思ってしまう。

tag : ベートーヴェン 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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