青柳いづみこ 『ピアニストが見たピアニスト』 

2008, 08. 18 (Mon) 00:25

ピアニストで執筆ができる人というのはそう多くはないだろうが、ピアニストが書いた本で面白いと思ったのは中村紘子の「ピアニストという蛮族がいる」と、この青柳いづみこの「ピアニストが見たピアニスト 名演奏家の秘密とは」。
この本は、評論家や愛好家ではなく、同業者のピアニストによるピアニスト論。ピアニストが書いただけあって、演奏論は説得力がありなるほどと思わせる。

ピアニストが見たピアニストピアニストが見たピアニスト
(2005/06/10)
青柳 いづみこ

商品詳細を見る


とりあげられているのは、リヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワ、バルビゼ、ハイドシェック。
録音を良く聴いているミケランジェリとリヒテルについては、興味はあるので数回読んだ。印象に強く残ったのはミケランジェリの章。リヒテルの方は伝記とDVDを見ているので、そちらの話の方が強く記憶に残っている。

「氷の巨匠」というのはイリュージョンで、本当は歌心であふれたミケランジェリ。
彼はデビュー当時は、オケそっちのけで思うままにルバートして歌うようなピアノだったが、第二次大戦時の経験(パルチザンとしてナチへの抵抗運動に参加していたらしく、監獄に入って逃亡したり、危うく死にかけたりと)の影響か、精神的なトラウマがあったのか、健康上のトラブルからくる精神的な要因か、原因は特定できないが、徐々に演奏が変容。

1970年頃以降のグラモフォンでの録音で、完璧主義者ミケランジェリが誕生。
ミケランジェリを論じる人は、おそらくこの完璧主義者時代の演奏を前提にしている。
しかし、1988年、リサイタルで演奏中に心臓発作で倒れて大手術とリハビリの後、カムバックしてからは、本来の歌うミケランジェリに回帰したという。
弟子の前では、歌いながらレッスンしていたり、メンデルスゾーンの無言歌やショパンのノクターンを楽しそうに歌いながら弾いていたというから、歌うミケランジェリは普通の姿なのだが、ステージではまさに君子豹変して、氷の巨匠になっていた。
大病によって以前のような技術的な完璧さを失ってしまったためか、病気によって残りの人生の短さを予感していたのか(彼は1995年に亡くなる)、完璧主義から解放され、ミケランジェリ自身のピアノを弾くようになった。

このカムバック後の演奏が、ガーベンの指揮によるモーツァルトのピアノコンチェルト群。
第13・15・20・25番を録音しているが、よくある透明感と軽快さのあるモーツァルトとは違って、色彩豊かでルバートに溢れていて面白い演奏だと思う。(好き嫌いはあるだろうけど)
その頃のミケランジェリの状態を知ると、これは「氷」のミケランジェリではなくて、「歌」のミケランジェリのピアノだと思って聴いてしまう。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番もカムバック後に録音しているが、技術的にかなり苦しいが、曲の隅ずみまでミケランジェリの感情が込められていると著者は書いている。
技術至上主義のミケランジェリの演奏なら想像もつくが、このベートーヴェンの最後のソナタを感情で満たして弾いているミケランジェリは、どんな演奏をしていたのだろう。これは聴いてみたい気がする。

リヒテルの方は、モンサンジョンが書いた伝記の内容もちらほら引用されている。
この伝記は、リヒテルとモンサンジョンとの対話をベースに書き上げたもので、付録にはリヒテルの演奏批評日誌も収録されている。モンサンジョンが監督したDVD版の伝記映画もあるので、両方見ておくとリヒテルに関する情報がかなり頭に入ってくる。

 モンサンジョン著 『リヒテル』、モンサンジョン監督 『謎(エニグマ) ~ 甦るロシアの巨人』

タグ:リヒテル ミケランジェリ バルビゼ 伝記・評論

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

0 Comments

Leave a comment