モンサンジョン著 『リヒテル』、モンサンジョン監督 『謎(エニグマ) ~ 甦るロシアの巨人』 

2008, 09. 14 (Sun) 16:40

リヒテルリヒテル
(2000/09)
ブリューノ モンサンジョン

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この本は、リヒテルが、晩年、それも足の手術を受けた直後でピアノを弾くこともできず、心臓をわずらっているという最悪の体調の時だったころに、著者モンサンジョンに伝記を作って欲しいと、秘書を通して依頼してきたところから始まる。

リヒテルはインタビュや録画が嫌いで、詳しい生い立ちや彼の音楽観などもさまざまなエピソードの断片や憶測に包まれていた。
リヒテルは自分にまつわる根も葉もない誤った話ばかりが信じられていることに我慢できず、とうとう信頼にたる人物に自らについて語ることにしたのが動機。
モンサンジョンはフィッシャー=ディースカウやオイストラフの伝記的映画を作った人なので、その映画を見たことのあるリヒテルが、モンサンジョンなら大丈夫だろうと思ったのだろう。

晩年のリヒテルの老い。健康がすぐれず鬱々としてパリのホテルに引きこもり、ほとんど誰とも会おうとしない。
往年のリヒテルの迫力を知っている人なら、痛々しさを感じるだろう。
リヒテルとの会話をもとに、一人称でリヒテルが語るスタイルをとっている。
完全にインタビュを完了させる直前にリヒテルが亡くなったので、最後の方は尻切れれトンボのようになっている。
それでも謎だらけだったリヒテルの本当の声が聞こえてくるこの本は貴重。

スターリンの独裁政治下で、ほとんど独学でピアノを弾いていたこと、著名なピアニストで教育者ネイガウスとの師弟関係(ネイガウスをまるで父親のように思っていたようだ)、オルガニストでもあった父がスパイの疑い(ドイツ領事の子供のためにピアノを教えていただけのこと)で銃殺されたこと、母と再婚したその夫のこと(父の銃殺事件に関係があった疑惑もある)、自分の演奏と一緒に演奏した音楽家たちのこと。
ギレリスがリヒテルよりも早く西側での演奏を許可されたが、ドイツ人の出自を持つリヒテルは、父親のこともあってか、国外での演奏がなかなか許可されなかった。

ギレリスが、西側(日本でも)で「リヒテルという自分よりもすごいピアニストがソ連にはいる。それに比べれば自分など大したことはない」という趣旨のことをあちこちで言っていたらしい。
日本では、吉田秀和氏の「世界のピアニスト」(新潮文庫)にその話が載っている。
おかげで、リヒテルの名前が、西側の音楽界で広く知られるようになった。

リヒテルの伝記自体は200頁あまり。
残りの大半は、リヒテルの音楽手帳のメモ。
これは、自分や他の音楽家たち(ピアニスト、バイオリニスト、指揮者、歌手など)の演奏・レコード(またはCD)に関する批評で、これが結構面白い。
やはり自分のピアニズムに近いタイプの演奏には肯定的だが、ミケランジェリとポリーニに対しては否定的。ミケランジェリのラベルのピアノ協奏曲だけは評価しているが。

モンサンジョンは、2時間30分に及ぶ伝記映画も作っている。日本のTVでも放映されていたらしい。
シューベルトのピアノ・ソナタ第21番(D960)が冒頭とラストに流れ、リヒテルの演奏(ソロや協奏曲、室内楽など)や彼に関わりのあった人々(ネイガウスや家族)も登場する。
リヒテルが自ら語りながら、その内容にあわせて映像と彼の演奏が流れていくスタイル。
第二次大戦下やスターリン時代のソ連の街の様子、スターリンの葬儀の映像など、歴史的なモノクロ映像も数多く挿入されている。
本と映像で語っている内容が時たま違うこともあるのが不思議だが、本はモンサンジョンが編集しているので、リヒテル自ら語っている映像の方が正しいのだろう。
ラストでは、「すべてがわずらわしい。音楽ではなくて人生がだよ」、「自分が気に入らない。終わり」というリヒテルの言葉と、気力の衰えた姿が映し出される。
音楽が人生の全てであったリヒテルが、ピアノを満足に弾けなくなりリサイタルもできなくなって時に撮影したこの伝記。
最後には、シューベルトの最後のソナタを弾く全盛期のリヒテルの姿と音楽で終わる。
エンドタイトルには、元気な頃のリヒテルのモノクロのポートレイトをバックに、シューベルトのソナタ第3楽章の明るく愛らしいメロディが流れる。まるで過去を追憶するかのように。
最後のリヒテルの映像と対照的で余計に物悲しくなるエンディングだった。

〈謎(エニグマ)〉~甦るロシアの巨人〈謎(エニグマ)〉~甦るロシアの巨人
(2006/01/18)
ブリューノ・モンサンジョン

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