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ゼルキン ~ 75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ
ゼルキンが75歳を迎えるのを記念して、1977年に行われたカーネギー・ホール・リサイタルのライブ録音。
演奏家寿命が他の楽器奏者よりも長いといわれるピアニストであっても、75歳といえば高齢には違いない。
ライブで聴くゼルキンは、テクニックや集中力の衰えは全く感じさせない。
ライブ映像でも見たが、全身を使って音が没入するかのように弾く姿は、多少アクションが控えめにはなったとはいえ、往年と変わらない。
逆に、音色と響きの豊かさ、表現の深みが増したと思えるくらいに、今まで聴いたスタジオ録音・ライブ録音のなかでも、このリサイタルは非常に素晴らしい演奏だった。
ラストのシューベルトが弾き終わり余韻が消えないうちから、満場の拍手とブラボーの声が凄かったのもよくわかる。

75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ
(2001/12/19)
ゼルキン(ルドルフ)

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曲目は4曲。2日間のコンサートからの録音。
 ハイドン:ピアノ・ソナタ第49番変ホ長調
 モーツァルト:ロンド・イ短調
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調「告別」
 シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調

ハイドンは初めて聴くソナタなのでよくはわからないが、ゼルキンのハイドンは、オーソドックスな演奏だと思うが、優雅だが気取らない古典時代の古き良きソナタの風格。
そういえば、リヒテルは、”優しいハイドン”と言っていたくらいハイドンのピアノソナタが好きだった。
私が自分で弾くハイドンのソナタはもっと短い曲だけれど、本当にハイドンは明るい優しい。
モーツァルトのソナタよりもハイドンを聴くほうが、心が落ち着いて軽やかになる。

モーツァルトのロンドイ短調。憂いが支配するこのロンドの方は、一体どこへ連れて行こうというのかわからないような不思議さを感じる。
ゼルキンのロンドは、やや硬質なタッチと濁りのない響きで、特に弱音はとても儚げで、夢想に包み込まれているような美しさがある。

今回のプログラムの中心はベートーヴェンとシューベルト。
ベートーヴェンの告別ソナタは、正規のスタジオ録音が無い。
ゼルキンのベートーヴェン・ソナタ集のなかで、唯一のライブ録音が告別ソナタだが、77年のライブ録音と記載されているので、おそらくこのリサイタルの録音だろう。
ゼルキン独特の強弱とテンポの揺れと、たっぷりとした音の押さえ方で、重層的な感じがする弾き方だが、作為的なところがないので、彼の演奏解釈と感性とが自然に一体化したかのよう。
特に第3楽章<再会>が素晴らしく(私がこの楽章が好きなせいかも)、心が浮き立つ嬉しさが伝わってくる演奏。
右手と左手の旋律がそれぞれくっきりと響かせているが、その歌わせ方が本当にうまく、2つ、3つの主旋律同士が、ある時は一緒に、別の時は交互にあらわれては、語り合っているように聴こえてくる。
自然に音楽が体の中から湧き出てくるかのようで、もう何百回と弾いてきたソナタなんだろう。

白眉はシューベルトの最後のピアノ・ソナタ21番D960。
長大で有名なシューベルトのピアノ・ソナタでも、最後のソナタは40分もかかる大曲。
ベートーヴェン最大のピアノ・ソナタである「ハンマークラヴィーア」が40分かかるから、いかにこのD960が長大かがよくわかる。
あまりに長いので、いつもは聴いていても集中力が途切れてしまうが、ゼルキンのピアノだとこの40分が全く長く感じられず、これほど名曲のだったのだと初めて理解できた。
このソナタは、響きのバリエーションが豊かで、濁りのない輝かしく澄んだ音色が加わって、このソナタのいろいろな表情が生き生きと目に見えるかようによくわかる。
今までの曲では聴けなかった響き。ゼルキンは響きが多彩さで有名なピアニストではないので意外だった。
音色や表現は豊かだが、叙情に流れた演奏ではない。
元来シューベルトの作るフレーズ自体が叙情性が強いので、叙情的に演奏しすぎると逆に過剰になるような気がする。
ゼルキンの持ち前の明確なフレージングと非常に細やかな強弱のコントラストで、堅固な曲の構造がくっきりと浮かんでくる。

第1楽章冒頭から魅きこまれるような音色で、まるで夢想の中にいるような柔らかくて霞がかった響き。20分かけて主題が展開され、繰り返し現われては消えて行く。
これだけ繰り返されると普通は飽きてくるものだが、同じ主題でも表現が違うし、ひとつの物語のように組み立てられて弾いているので飽きないところが不思議。
第2楽章は重く厚みのある響きと抑制の効いた表現で過剰な悲壮感はない。
第3楽章は愛らして軽やか。とても響きがやわらかい。
リヒテルの伝記映画のエンディングにも使われた曲だが、あの映画を見た後にこの曲を聴くと、なぜか物悲しさを感じてしまう。
華やかさのなかにも、時折突然厳しさがフォルテで現われる第4楽章。
ゼルキンのフォルテは、ガンガン強打するわけではなく、響きが濁らず固く引き締まっているので、余計に厳しい音に感じる。
ゼルキンのシューベルトは、音の端々にまで情感を繊細に表現するのではなく、余計な枝葉の飾りを取り去った後にくっきりと太い幹が現われてくるような弾き方。
こういう弾き方の方が曲自体のもつ叙情性が、自然に浮き上がってくるのかもしれない。

あまりに素晴らしい演奏だったので3回も繰り返し聴いてしまった。さすがにこのピアノ・ソナタを3回も続けて聴くと疲れる。
ゼルキンのシューベルトは、まるで人生の終幕に自分がいて、今までの道のりを振り返っているかのような印象の演奏だった。
感傷はどこかへ去り、幸福、不安、悲嘆、喜びといったあらゆる感情が走馬灯のように流れてゆくようなイメージが湧いてくる。
それは70年以上もピアノを弾き続けたピアニストが弾くシューベルトだからだろうか。

tag : ゼルキン シューベルト モーツァルト ベートーヴェン ハイドン

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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