ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 

2008, 10. 26 (Sun) 00:00

ベートーヴェンの17番目のピアノ・ソナタ「テンペスト」の録音で、双璧と思うのはポリーニとリヒテルの演奏。
同じ楽譜で弾いても、これだけ違った弾き方になるものかというのが実感できる。

ポリーニのテンペストは昔からよく聴いている。
第1楽章から、ピアノの静けさを破るように突如力強いフォルテが打ち鳴されるドラマティックな弾き方だったが、第3楽章を聴いたときは、第7交響曲と相通ずるような、音自体に純化したリズムの音楽の極地かと思った。
「テンペスト」というタイトルはついていても、本来標題音楽ではない。
ポリーニは、感情的な要素を排除して、音の躍動する様を、極めて速いテンポをとりながらも、硬質で明確なタッチと大胆な強弱のコントラストを駆使して、鮮やかに弾ききっている。
以来、このポリーニの演奏がテンペストのイメージになってしまった。(自分でこういう風に弾きたいとは思わないにせよ。)
ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」&第21番「ワルトシュタイン」&第25番&第26番「告別」ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」&第21番「ワルトシュタイン」&第25番&第26番「告別」
(2007/09/05)
ポリーニ(マウリツィオ)

商品詳細を見る


                         

最近リヒテルを聴くようになって、定評のある「テンペスト」を聴いてみた。
全くポリーニとは対極にある演奏で、幻想性を超えて神秘性さえ漂わせる。
第3楽章を聴くと、やや遅めのテンポで、柔らかな余韻が残る響きで始まり、滑らかなレガートで弾かれていくが、まるで波が寄せては引き、引いては寄せてくるような、静かなうねりのように音が流れていく。
フォルテでも決して力に任せたような強打しないので、音の流れが断ち切られない。
まるで柔らかな霧のベールで包まれている雰囲気がしてくる。
この「テンペスト」を聴くと、リヒテルの天賦の音楽性を感じる。
こういう弾き方ができるピアニストは-過去と現在のピアニスト全ての演奏を聴いたわけではないとしても-過去にも未来にもいないのではないかと思うくらい。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番
(2004/06/23)
リヒテル(スビャトスラフ)

商品詳細を見る



「テンペスト」は、EMIから出ている3枚組みのセット「Svjatoslav Richter spielt Mozart, Beethoven, Schumann, Schubert, Grieg」にも収録されている。

494.jpg

モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、グリーグのコンチェルト、シューベルトのさすらい人幻想曲、ベートーヴェンのピアノ・ソナタが3曲(第1番、7番、17番テンペスト)と、廉価だがカップリングが良い。
ベートーヴェンのソナタの演奏は、思いのほか素晴らしい。
17番のテンペストはもちろんのこと、第1番、第7番とも音が自然に流れて、音色の使い分け、強弱のコントラストにも無理がない。弱音の響きも柔らかく、とても細やかな情感が聴きとれる。

第1番は、第1楽章が密やかで靄のかかったような弱音と、鋭く氷のようにつきささる強音のコントラストが鮮やか。
第2楽章の緩序楽章も詩情豊かに歌い、愛らしい美しさが良く出ている。リヒテルの弱音の表現の幅が非常に広く、いろんな音色と表情を聴かせてくれる。
第4楽章は非常に早いテンポで、曲の半ばあたりで、右手がスケールで一気に駆け下りるところが爽快で見事。この頃はまだ技術的に安定していて、高速で音が密集しているパッセージでも1音1音が明瞭。
この1番はベートーヴェンの最初のピアノ・ソナタなので、若いベートーヴェンの気負いが勝っているが、どうしても単純さを感じてしまう。自分で聴くにしても、弾くにしても、すぐに飽きてしまう。
しかし、リヒテルの演奏を聴いていると、曲のスケールがずっと大きく感じられると同時に、繊細さにも溢れていて、これがあの1番ソナタ?と見直したのだった。

第7番は初期ソナタ中の傑作。躍動感のある第1楽章が良く、強いリズム感と力強さでダイナミックなポリーニの演奏をよく聴いていたが、リヒテルが弾くと心が自然に弾む躍動感と細やかな情感が感じ取れて新鮮。
7番も良い演奏だったが、1番ソナタの方が構造が単純で主題も叙情性が強いせいか、聴いていてはるかに面白かった。何よりリヒテルのピアノには歌がある。
リヒテルがあまりにテクニカルな練習をしたがらないものだから、音楽院のとある教師が「君はピアノが嫌いなんだね」と言ったところ、「ええ、僕は音楽が好きなんです」と答えたという。それもよくわかる。

この録音からは、晩年の後期ソナタのような技術的に苦しく内省的な演奏や、全盛期の熱情ソナタのような力強い演奏とは違ったリヒテルのピアノが聴こえてくる。
リヒテルの伝記DVDを見ていると、大事なのはフォルテではなく弱音だと言っていた。
高音に濁りがでる新品のピアノを使うことになったコンサートで、高音の濁りにはこだわらず(演奏では濁りの出ない弾き方をすることでカバーした)、それよりもピアニッシモの繊細さをもっと出してくれるように、調律師に頼んでいたのを思いだす。(ヤマハの調律師村上輝久さんの著書「いい音ってなんだろう」に書かれていたエピソード)

確かにリヒテルの弱音のはかなさげな美しさ、音色と表現の豊かさには、人を幻惑するかのような魅力がある。
あまり期待もせずに手に入れた初期のソナタの録音だったが、他のソナタも聴きたいと思わせてくれた演奏だった。

タグ:ベートーヴェン ポリーニ リヒテル

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

2 Comments

よんちゃん  

リヒテル

こんにちは。

先日ituneで「リヒテル/EMIレコーディングス」(CD14枚組)を1500円でダウンロードしましたが、その中にベートーヴェンのピアノソナタ第1、7、17番の演奏がありました。
テンペストの3楽章は惚れ惚れするような気持で聞いていました。
1番と7番は初めて聞いたのですが、曲も演奏もとても気に入りました。素直によかった!と思ったわけですが、演奏について今日のレビューで書かれていることを読むと、大いに納得し、かつ勉強になりました。

2008/10/26 (Sun) 13:51 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

リヒテルはとても繊細な人ですね

よんちゃん様

コメントをありがとうございます。
リヒテルのソナタは本当に素晴らしいですね!
リヒテルというと、熱情ソナタのパワフルなイメージがあったのですが、最近リヒテルの演奏をいろいろと聴いていると、弱音で弾くところでとても繊細な表現をする人だと分りました。

いろんなピアニストのベートーヴェンのソナタを聴いてきましたが、繊細な情感を無理なく自然に表現できるという点で、リヒテルは群を抜いていると思います。
後期ソナタも聴きましたが、それ以外にもベートーヴェンのソナタの録音があるので、それも聴いてみるつもりです。

2008/10/26 (Sun) 14:20 | REPLY |   

Leave a comment