コード・ガーベン 『ミケランジェリ ある天才との綱渡り』 

2008, 11. 11 (Tue) 20:27

ミケランジェリに関する伝記や評論で、私が日本語で読んだものは4冊。
その中で、天才ミケランジェリの複雑な人間像を描いたのが、「ミケランジェリ ある天才との綱渡り」。
著者は、グラモフォンのプロデューサーで自分でもピアノを弾くコード・ガーベン。
まさにタイトルどおり、「綱渡り」のように危険で最新の注意が必要な、この気難しい天才ピアニストとの仕事を15年も続けることができた驚異の人。

ミケランジェリ  ある天才との綱渡り (叢書・20世紀の芸術と文学)ミケランジェリ ある天才との綱渡り (叢書・20世紀の芸術と文学)
(2004/06/17)
コ-ド・ガ-ベン

商品詳細を見る

いろんなエピソードが満載されているが、ミケランジェリの死後にしか発表できなかったのも無理はない。
チェリビダッケの伝記「異端のマエストロ チェリビダッケ」に、ミケランジェリとチェリビダッケの音楽上の盟友関係が詳しく書かれている。
クラシック音楽でも気難しさでは一、二を争うこの2人がお互いを認め合っていたというのだから、人間とは不思議なものだ。
結局、”盟友”チェリビダッケがとあるインタビューで、ミケランジェリのプライベートについて簡単なコメントを述べただけで、ミケランジェリは長年の友情を捨て、さっさと絶交してしまった。
あの毒舌家のチェリビダッケを困惑させ、この絶交の件でどうも誤りをおかしたらしいと反省させることができたのは、ミケランジェリくらいだろう。

異端のマエストロ チェリビダッケ―伝記的ルポルタージュ異端のマエストロ チェリビダッケ―伝記的ルポルタージュ
(1996/09)
クラウス ウムバッハ

商品詳細を見る

そして、ついには、ある録音セッションで、照明環境に関するミケランジェリのクレームに対して、ガーベンが責任範囲外のこととして謝罪しなかったため、ミケランジェリはガーベンとの15年間に渡る関係もあっけなく断ち切ってしまう。

                         

本書で書かれているエピソードはいろいろあるが、主なものといえば、

クライバーとのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の録音が予定されていたが、突如中止になった。クライバーのスコアに書いている演奏上の指示書きが気に入らなかったらしい。

ジュリーニとの同曲集の録音では、舞台に添えられていた花の湿気がピアノに影響するといって、リハーサルを突如中止した。
天使のように優しい指揮者のジュリーニが、担当のガーベンを慰めてくれた。(結局、リハーサルは、ガーベンが短時間で楽譜をさらって、ミケランジェリの代わりにピアノ弾いたのだった)

レコード会社が倒産したためレコード会社と録音契約をしていたミケランジェリの財産(邸宅・その他)が差し押さえられてしまった。
このため、ミケランジェリはイタリアを去り、二度とイタリアで演奏することはないと宣言した。

コンサートの度重なるキャンセルのため、違約金が結構かさんできて、ミケランジェリの負担になっていた。

街中を愛車のスポーツカーで猛スピードで走り回って平然としていた。同乗していたガーベンはもう真っ青で死にそうなくらいだった。

1990年頃のモーツァルトのピアノ協奏曲の録音では、ミケランジェリの気に入る指揮者がなかなか見つからず、ミケランジェリがプロデューサーのガーベンを指揮者に指名した。
(ガーベンという指揮者は誰?と思いながら、この協奏曲のCDを買った。ガーベンは大学時代に指揮をしていたことがあっただけだという。)

ステージで演奏中に心臓発作で倒れた後、ミケランジェリのピアノが変わった。完璧さを追求するよりも、音楽の流れ、音楽の内容そのものを重視するようになった。
これは「ピアニストが見たピアニスト」でも指摘されていることで、心臓発作からカムバック後にライブ録音したベートーヴェンの最後のソナタは、技術的な完璧さは失われていたが、曲の隅ずみにまでミケランジェリの感情が溢れていたという。

                         

この本は、エピソードが豊富で面白くも読めるが、何よりも一般人の常識を超えた考え方と価値観と判断基準を持っているミケランジェリの音楽に対する異常ともいえる真摯な姿勢を克明に描いている。
ミケランジェリに興味を持っている人なら、一読の価値が十分にある本。

キャンセル魔で有名だったミケランジェリは、自分のピアノと専属調律師を伴って演奏することでも知られていたし、その音楽に対する徹底した姿勢は、伝説になるくらい極端で過激でさえある。
しかし、ミケランジェリにとっては、自分の音楽が完璧なものであるためには、それは極めて合理的で当然の行動だったに違いない。

本書には、付録として、ミケランジェリの録音数曲と、モーツァルトの協奏曲第20番のリハーサル風景の音声が入っている。
リハーサルでは、2台のピアノを使って、ミケランジェリが旋律を歌いながら、ガーベンにあれこれ指示している様子が録音されている。
イタリア語か何かで話しているので内容はわからなかったが、ミケランジェリが楽しそうにしているリハーサル風景だった。
現在は、このCDは著作権の関係上添付されていない。図書館などで所蔵している古い版の方だと、CDがついているかもしれない。

                          

弟子たちから見たミケランジェリの姿がわかるのは、「ベネデッティ・ミケランジェリ―人間・芸術家・教育者」。
ガーベンの本にはほとんどかかれていなかった教育者として姿がわかる点が良い。
彼は、レッスンの時は自ら旋律を歌いながらピアノを弾いていたそうだ。ステージ上では自己抑制された仏頂面で弾いていたのとは正反対。

ベネデッティ・ミケランジェリ―人間・芸術家・教育者ベネデッティ・ミケランジェリ―人間・芸術家・教育者
(1992/02)
リディア コズベック

商品詳細を見る


                          

ヤマハの調律師でミケランジェリの欧米のコンサートツアーでも調律を担当した経験を持つ村上氏の著書「いい音ってなんだろう」。
気難しいけれど、人間的な優しさや気遣いも垣間見せるミケランジェリ像が描かれている。
本当はいろいろ難しいこともあったんだろうけれど、それでもピアニストと調律師の間の信頼関係がどういうものかが良くわかる。
この本はヤマハのピアノを愛したリヒテルのことも載っているし、調律の世界のことも垣間見えるので、とても面白かった。

※本書について以前に書いた記事はこちら


いい音ってなんだろう/村上輝久いい音ってなんだろう/村上輝久
(2000/01/01)
村上 輝久

商品詳細を見る


                          

ミケランジェリと同業者のピアニストの目からみたミケランジェリの演奏論では、青柳いづみこ「ピアニストが見たピアニスト」が小論ではあるけれど、演奏解釈の観点からいろいろ分析されていて、優れた評論だと思う。
国際コンクールに登場し始めた頃から晩年までの演奏を分析して、その本質的な部分での変化を的確に説明している。
ピアノを多少弾く人なら、評論家とは視点が違っていて面白いし、ミケランジェリのCDを買う・聴く時にも参考になる。

※本書について以前に書いた記事はこちら

ピアニストが見たピアニストピアニストが見たピアニスト
(2005/06/10)
青柳 いづみこ

商品詳細を見る


タグ:ミケランジェリ 伝記・評論

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

0 Comments

Leave a comment