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ゼルキン ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番
ルドルフ・ゼルキンは、ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番の録音を2つ残している。
1967年のスタジオ録音と1987年のウィーンでのライブ録音。
67年録音は、ゼルキンが生前にリリース許諾しなかったため、後に次男のピーター・ゼルキンがリリース許諾している。
ゼルキンが東京公演の際録音した演奏は、結局「これはベートーヴェンの音ではない」と言って、リリースはしなかったという。

この未承諾録音はアメリカで録音したもの。結局、何度録音しても満足できなかったらしい。
本来なら、この未許諾録音は聴けないものだし、聴くべきものでもないと思うけれど、一体何がゼルキンの理想とは違ったのだろうかというのは謎。未許諾録音はあまり聴きたくはないけれど、第32番のソナタを聴いてみた。

ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番・第31番・第32番ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番・第31番・第32番
(2001/12/19)
ゼルキン(ルドルフ)

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第1楽章 Maestoso - Allegro con brio ed appassionato
冒頭のadagioのタッチは、響きに厚みがあるけれど、フォルテやスフォルツァンドのタッチもシャープでなく鈍い感じがするし、強さも音量も控えめ。
全体的にテンポもそれほど速くはなく、音の詰まったパッセージが鍵盤上を駆け上がるときでも、さほどアッチェレランド気味でもないので、切迫感は薄い。
一音一音の打鍵はしっかりして、音の輪郭は明瞭。元々、音質が軽めで線も太くはないので、パッセージによってはタッチも響きも軽い感じがする。

第1楽章は緊張と弛緩が交互に現われてくる曲だと思うけれど、急速部分と緩徐部分のテンポの差がそれほど大きくなく、コントラストが弱い。
この頃のゼルキンは、ソノリティをかなり重視していたはずなので、響き自体は美しい。その分、タッチが丁寧になって、ベートーヴェンらしいと思う力感が弱くなっている。
特に強奏部分でのタッチに鋭さがなく、音量もそれほど大きくないので、ダイナミックレンジが狭く感じる。

ベートーヴェンの作品の特徴の一つは急変する強弱のコントラスト。それがハ短調の第1楽章には顕著に現れている。
このゼルキンの未承認録音は、緩急・強弱のコントラストも、ベートーヴェンらしい力感も弱くて、フラストレーションが残ってしまう。
ゼルキンがこの録音をリリースさせなかったというのも、納得できてしまう。

第2楽章 Arietta. Adagio molto, semplice e cantabile
冒頭の主題は、ゆっくりとしたテンポで美しい。
第1変奏からかなりテンポが上がっていく。少し速い気はするけれど、第2変奏はdolceの指示記号どおり、とても柔らかく優しい。
テンポが上がる第3変奏は、かなりしっかりした打鍵しているようで、タッチは軽くはないけれど、その分歯切れが悪くなっている気はする。
アルペジオを両手で交互に弾くところは、リズムがちょっと鈍い。特に左手側の符点のリズムがあいまいなところが時々あって、ミスタッチで音が濁るところもいくつか。87年のライブ録音でもリズム感は似ているので、ゼルキンはもとからこういう弾き方らしい。

第4変奏はピアニシモで変奏が展開していく。高音部の弱音の響きがとても美しい。中間部のトリラーの後のexpressivoは淡々として弾き、続いて終盤へと向かうところはテンポが遅めなので、高揚感はやや穏やかで、じわじわと着実に盛り上がっていく。
最後にトリラーのなかで主題が再び現れるところも、透明感があって美しく弾いているし、全体的にゼルキンらしく堅実な演奏で落ち着いた美しさと気品がある。

個人的な印象としては、いろいろ聴いた録音をなかでも、ゼルキンの第1楽章は力感・スピード感・切迫感が弱く、かなり緩く感じてしまう。実際、もっとベートーヴェンらしい演奏は他にいくつもあると思う。

この録音のどこが不満だったのか、ゼルキン本人に確かめてみたくなるけれど、ゼルキンが「ベートーヴェンの音」を追求していたのであれば、この演奏は理想とするベートーヴェンでなかったのは間違いない。
このソナタを録音したのは1967年。得意のハンマークラヴィーアの録音を69年~70年で完成させて、その後第31番と第30番の録音をしている。第31番は71年録音をゼルキン自身でリリース許可しているが、第30番は76年録音をリリース許可していない。
67年に第32番のソナタを録音してみて、自ら理想とする演奏ではないと思ったゼルキンは、ベートーヴェンらしい音を見つけたと確信できてから、もう一度録音するつもりだったのかもしれないし、断念したのかもしれない。
ゼルキンが具体的にどこに満足していなかったのかはわからないにしても、この演奏がリリースされるのをゼルキンは許していなかった。
これが正規盤として世の中に出回り、ゼルキンの言う「ベートーヴェンの音」が聴こえると思われているとすれば、天国のゼルキンはとても不本意に思っているに違いない。
聴いてはいけないものを聴いてしまったような気がして、ちょっと居心地が悪い。

どうしてもゼルキンが弾く32番ソナタを聴きたければ、ウィーンのライブ録音が残っている。
最晩年の録音なので、技術的な衰えに加え、テンポの遅さ、躍動感不足などいろいろ問題があるので、ベストの演奏とはいえないけれど、少なくともゼルキンが自ら公開して演奏しているという点では安心できる。
ゼルキンがピアノを弾く姿をDVDでも見ることができるという貴重なリサイタルとも言える。
そのうち、BBCかORFEOあたりが全盛期のライブ音源を見つけてくれれば良いのだけれど...。

tag : ゼルキン ベートーヴェン

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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