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ゼルキン/クーベリック&バイエルン放送響 ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集
ルドルフ・ゼルキンのピアノ協奏曲全集は、1960年代のコロムビアレコードでのスタジオ録音と1980年前後に小澤&ボストン交響楽団とステレオ録音したものが残っている。
コロムビアの録音では、オーマンディ&フィラデルフィア管とバーンスタイン&NYフィルが伴奏をしていて、指揮者によってゼルキンの演奏がコロっと変わるのが面白かった。
ゼルキンは、ブラームスの第2コンチェルトでも、オーマンディとセルの指揮でそれぞれ録音していて、これも自由闊達な明るさ(オーマンディとの演奏)とストイックな形式美(セルとの演奏)という正反対の演奏になっている。
ゼルキンは指揮者とオケに合わせながらピアノを弾いているわけでもないのでしょうが、指揮者とオケによって演奏が大きく変わります。

ゼルキンがクーベリック&バイエルン響とベートーヴェンのピアノ協奏曲チクルスを1977年にミュンヘンで行っている。これは2005年にORFEOからライブ録音としてリリースされた。
このライブ録音のCDは、日本のCDショップ・アリアCDの店主が顧客から要望されて、直接ORFEOの偉い人(だと思う)にCD化を希望するメールを送ったことで、リリースされたというもの。
ORFEOは良いライブがあれば、どんどんCD化する方針だったという。

このピアノ協奏曲全集は評価が高く、欧州で音楽関係の賞をいくつも受賞しているし、日本で発売されたときはあちこちのCDショップのクラシック部門のベストセラーになったらしい。
1977年のライブ録音にしては、音質は非常によい。オケの重層的で深みのある音色やいろいろな楽器が奏でる旋律と、ゼルキンのピアノの音色の微妙な変化や細部の表現まで鮮明に聴きとれる。
ゼルキンが演奏中にハミングしている声や(悪名高い)ペダルを踏む音(ドッタン、バッタン)もちゃんと収録されている。

Beethoven: Die Klavierkonzerte; Chorfantasie, Op. 80Beethoven: Die Klavierkonzerte; Chorfantasie, Op. 80
(2005/06/28)
Rudolf Serkin, Rafael Kubelik , Bavarian Radio Symphony Orchestra , Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks

試聴する(米国amazon)


この全集は評価にたがわず、全く素晴らしい内容。
このときゼルキンは75歳。その指回りの良さは年齢を全く感じさせず、早めのテンポでもクリアで粒の揃った打鍵で、きびきびと弾いている。
以前の録音に時に比べて、タッチが柔らかになり、音がよくコントロールされ、音色や響きが多彩。
深く伸びやかな響きに加え、弱音の表現はより繊細になり、強弱のコントラストやルバートなどを使っても自然な流れ。1960年代に比べ、ゼルキンのピアノがはるかに深化しているのが良くわかる。

1970年代は、ベートーヴェンの一連のピアノ・ソナタのスタジオ録音が不満足な演奏だったために(「これはベートーヴェンの音ではない」と言ったそう)、ゼルキンがリリースを許諾しなかった録音が非常に多かった時期。
しかし、このライブ演奏では、ゼルキンの求めていたベートーヴェンの音と音楽が聴こえてくるような気がするほど。

第1番は硬質で粒立ちの良いタッチで、透明感のある伸びやかな音色が美しい。可愛らしく若々しい雰囲気を出して弾かれることが多いこの第1番。ゼルキンのピアノは軽快で躍動感に溢れているが、堂々とした気品がある。
第3番は、弾むように弾力のあるタッチが力強く、短調の支配する憂いとほの暗い情熱が漂うこの曲をとてもドラマティックに弾いている。
第4番になると、ゼルキンのピアノは明るく煌きのある音色で、瑞々しい情感を歌っている。特に、高音域ではゼルキンの硬質で透明感のある音色が映え、流麗な旋律が美しく優雅な気品がある。第2楽章の消え入るような弱音で静かに歌われる旋律がはかなげで美しいし、第3楽章はピアノに躍動感と明るさが戻り、弾けるオケと対話しながら、優しく快活な表情に。

このチクルスの白眉は、第5番「皇帝」と合唱幻想曲でしょう。
第5番は、冒頭からピアノとオケの気力と緊迫感がみなぎって、何よりゼルキンの演奏はこの曲のもつ壮大なスケールと同時に瑞々しい新鮮さも感じさせる。
ピアニシモの透明感のある澄んだ音色がクリスタルように輝くかと思うと、ベルベットのように滑らかになり、フォルテの力強く深い響きも加わって、気品と風格のあるピアノ。
第2楽章は打って変わって、ゼルキンが柔らかく暖かみのある音色でゆったりと奏でる旋律は、穏やかで深い安息感に満ちているかのよう。
最終楽章は、オケは思わず暴走しそうになるような気力に溢れ、それに応えるゼルキンのピアノは力強さと躍動感があり、冴えわたった堂々たるピアノに惚れ惚れする。

この「皇帝」も素晴らしいけれど、それにも増して合唱幻想曲は高揚感溢れる演奏。
冒頭からピアノとオケに勢いがあり、ゼルキンのピアノは深く伸びやかな響きと、硬質で煌きのある美しい音色で、力強くもあり繊細でもある。テンポは速めで、ゼルキンのピアノはドラマティックな表情の変化を見せて、とても情熱的。こういうゼルキンのピアノは、スタジオ録音ではなかなか聴けない。
後半に独唱と合唱が入ってくると、ピアノ、オーケストラ、歌手が高揚していくのがわかり、彼らが一体となって、この曲を歌い上げている。その熱気と情熱に聴いている方も同調してしまいそうなくらい。
ソリストの重唱に入る直前からピアノが力強く序奏するが、歌手とオケは気持ちが高揚するあまりテンポが速くなっていく。
終盤では、フォルテで弾くスケールやアルペジオが続くが、クライマックスなのでオケや歌手も音量は最大。それに負けないように、ゼルキンが渾身の力を込めて鍵盤を叩いているのが、聴いていてありありとわかる。

ライナーノートで、”ゼルキン、クーベリック、コーラスとオーケストラ全てが神に祝福されているかのようだ”という評論が載っていた。キリスト教の伝統を持つ欧州の聴衆なら、まさにそう感じたのでしょう。
CDで聴くだけでも、このコンサートの緊迫感と白熱感、演奏家たちの気力とパッションが伝わってくる。

ゼルキンの数あるコンチェルトの録音のなかでも、このチクルスでの「皇帝」と合唱演奏曲の演奏は、ベストかほぼベストに近い。
これに匹敵するのは、セル&クリーブランド管とのブラームスのピアノ協奏曲第2番くらい。冷たく輝く叙情と緊張感がみなぎり、ストイックで研ぎ澄まされた美しさで、こういうブラームスは誰も弾けないでしょう。
このベートーヴェンのピアノ協奏曲チクルスには、ライブでしかみられない迫力と熱狂があって、これはスタジオ録音ではなかなか得がたいもの。

tag : ゼルキン ベートーヴェン

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NoTitle
こんにちは。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は注目しているCDで僕の購入希望リストに入っています。
僕はクーベリックが大好きなのでリストに入れたわけで、残念ながら僕はピアノの音は好きなのに、あまりピアノが入った曲を聞きません。ピアニストについても詳しくありません。
でもyoshimiさんお勧めのゼルキンだったら間違いないと思いました。
いつとは決めていませんが、購入することになると思います。
この全集のゼルキンは素晴らしいです
よんちゃん様
コメントありがとうございました。

クーベリックがお好きで、ベートーヴェンの協奏曲全集をお探しなら、このセットは間違いなく良いものだと思います。ライブならではの迫力と熱気が伝わってきます。特に、皇帝と合唱幻想曲は素晴らしいです。

ベートーヴェンのコンチェルトは大好きですが、私には1番ならミケランジェリ(それにゼルキン)、4番ならアラウと、曲ごとにベストと思う演奏はあります。
5番もゼルキンのような大家の演奏なら、名演とされるものはどれでも安心だと思いますが、あとは自分とピアニストとの相性ですね。

ゼルキンの「皇帝」には、バーンスタインや小澤との共演盤があり、それぞれ持ち味はあるのですが、クーベリック盤が一番良いと思います。

クーベリックの他の演奏は聴いたことがないので、まずは名演と言われる「わが祖国」(バイエルン放送響盤の方)を聴いてみたいですね。
アラウとのブラームスの第2コンチェルトのライブ盤も聴きたいと思っています。
クーベリックで何かおすすめの盤がありましたら、また教えてくださいね。
さすがの演奏
こんにちは。
ゼルキンとクーベリックの皇帝、しっかり聴かせて頂きました。CBSの録音に比べると、音色が柔らかいように感じました。これがもしかしたらゼルキンの本当の音なのかと思ったりも。唸り声すらも音楽の一部であるかのようです。それにしても、当時の一発ライヴでこのテクニック。感服しました。
「合唱幻想曲」はまだ聴いていません。楽しみです。
熱演です
芳野様、こんにちは。

70年代のゼルキンは響きの美しさに拘ったそうなので、このライブ録音でもCBS時代の録音にはない音の美しさがあります。
それにしても、ライブ録音なのに、しっとりと潤いのある瑞々しい音がとても綺麗です。

70歳半ばでも、ゼルキンの技巧的な安定度は抜群ですね。
音楽に対して誠実なゼルキンは、技術がついていけなくなった曲を弾くことはしなかったと思います。

白熱感と高揚感いっぱいの合唱幻想曲もお楽しみください!

PS. Youtubeにこのライブ録音全集の音源が全曲アップされてました。
こちらもお時間のあるときにどうぞ。
https://www.youtube.com/results?search_query=serkin+kubelik&spfreload=10
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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