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ポリーニ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番
ひさしぶりにポリーニのピアノでベートーヴェンの第31番ソナタを聴いた。
後期ソナタが収録されているこのCDは、発売当時すごく評判になったらしい。確かにここまで感情表現を抑制し、細部を切り落として、幹だけを残したような凝縮された演奏は、衝撃だったに違いない。

Beethoven:The Late Piano SonatasBeethoven:The Late Piano Sonatas
(1997/08/12)
Maurizio Pollini

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このCDを聴いてから後期ソナタの構造がくっきりとわかるようになり、以前買っても聴いていなかったアラウのCDを本腰を入れて聴いたら、本当にベートーヴェンの後期ソナタの素晴らしさというものが理解できるようになった気がする。大変思い出に残るCDで、特に第31番のソナタの美しさは格別だった。

今は、アラウ、リヒテル、ゼルキンや他のピアニストの演奏を聴くようになって、ポリーニのようなスケルトンだけが見えるような演奏よりは、枝葉がよく茂った詩情のある演奏を聴くことが多くなっている。
ポリーニの演奏も詩情がないわけではなくて、表現が非常にシンプルで抑制されているだけなので、この31番ソナタの演奏に固定的なイメージを持っていなければ、とても優れた演奏だと思う。(少なくともグルダの新録音のアリオーソよりは、はるかに叙情性がある。)

ポリーニの弾く31番ソナタは、若者の人生のようであり、明るさと屈託のなさがあり、抑えがたい激情に駆られ、運命に打ちのめされ絶望に陥ろうと、生命力の強さとまだ訪れていない将来への希望に満ちている。
これを老境のピアニストが弾くと、まるで自分の人生を振り返った心境の音楽に聴こえる。この曲を作った頃のベートーヴェンの心境からすれば、後者の音楽に近いような気がする。

ポリーニは全楽章を通じて、テンポは速い。
粒立ちは抜群に良く、くもりのない正確な打鍵と均質な音、硬質の澄んだ音色で、音楽がくっきりと浮かび上がる。曲がかっちりと組み立てられたゆるぎ無い安定感がある。
彼は本当に楽譜どおりにきちんと弾いているが、強弱の階層が非常に多く、フォルテがそれほど大きくないアラウに比べたら、倍くらいの強弱の幅を使って弾いているように思える。

第1楽章はポリーニらしく速いテンポで、アルペジオもとても滑らか。音の響き具合も申し分なく、旋律が途切れることはなく、響きに濁りも全くない。
あまりテンポを揺らすことはないが、それでもルバートすべき時は(あっさりではあるが)きちっとルバートしている。いつもながら強弱のコントラストだけは非常に大きいが、それ以外の感情表現の部分は概してあっさりしている。
アラウやゼルキンはテンポも遅く、タッチも柔らかなので、夢見ごこちの感じがするが、ポリーニが弾くときりっとした若々しさが感じられる。

第2楽章は、来るべき破綻への予感と不安が潜んでいるような楽章。ポリーニらしく強弱のコントラストを明確につけていて、激情的な部分は良いが、中間部は弱音に落としているがやや元気すぎ。フォルテの強打はポリーニの特徴で、初めは気になったが慣れてしまうと耳にさわることもなくなった。

第3楽章のアリオーソは、結構テンポが速いけれど、ポリーニが弾くとそれほど速いという気がしなくなる。(グルダは異常に速く、詩情がどこかへふき飛んでいっていたが)。
ベートーヴェンの指示通り、強弱の差やテンポの揺れをきっちりつけているが、感情をたっぷり込めた弾き方ではなく、非常に抑制された叙情を感じさせる。わずかな表現の起伏で詩情を出すのも難しいものだがポリーニは上手く弾いていると思う。

最初のフーガも速め。アレグロなので速い方が良いのかもしれないが、ゼルキンや晩年のリヒテルはかなり遅い。ペダルは少し使っているようだが、各声部が綺麗に分離して聴こえるように、響きは厚くはしていない。
ここも強弱のコントラストが明確で、フォルテは特に大きい。主旋律は特に明確に弾いているが、他の旋律も綺麗に流れていて、とても鮮やかなフーガ。
「嘆きの歌」が繰り返されるが、ポリーニはベートーヴェンの指示通り、ちゃんと最初のアリオーソの時よりも元気なく弾いている。

2度目のフーガは最初よりも弱く入り、音色は少しくぐもっていて優しさがある。しかし、すぐに元気になってしまう。ゼルキンやアラウのように、もう少しひそやかに、ゆっくりと活気をとりもどした方が良いといつも思うところだが、ポリーニはそういうことはしない。
そのままあっという間に終盤のコーダに突入するが、ここは速すぎると左手の伴奏が塊にように聴こえてくることもあるので、やたらに速いのはあまり好きではない。
しかし、ポリーニは超特急で弾いているが、左手の伴奏はどんなに速くても1音1音がしっかり打鍵され、音の粒が揃っていてクリアに聴こえてくる。これだけ速いと、両手の主旋律が明瞭に浮き出て、きれいにつながって聴こえてくる。
ポリーニの弾き方には勢いがあるが、非常に安定していて、明るい音色が輝かしく、実に堂々としている。歓喜が溢れているようで、このラストのポリーニのピアノも凄く良い。

ポリーニに否定的な人は即物的・機械的な演奏というが、細かく聴いていると、楽譜に忠実でよく考え抜かれて、大きな感情表現をしなくても詩情は十分にある。
これはこれで風情があって良いと思うが、他のピアニストが同じように弾くとそれこそ即物的になると思う。
何よりこの曲をこれほどドラマティックに聴かせるのは驚きだが、とてもポリーニらしいピアノ。
さすがに何度も聴くと疲れるところもあって、やはりアラウのようなゆったりと情感溢れる演奏や、ゼルキンの60年の演奏のような飾り気のない優しさと気品のある演奏を聴きたくなってくる。

tag : ベートーヴェン ポリーニ

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(非公開コメント受付中)

素敵なCDですね
初めまして。文章が面白く、読み耽ってしまいました。

私も今月初めにこのCDを買いました。非常に気に入って、今も頻繁に聴いています。ジャケットのシュティーラーによる肖像画もかなりツボです。(渋い…)
ベートーヴェンの後期ソナタを聴くのは初めてなので、ポリーニの演奏に違和感は全くありませんでしたし、物足りなさも感じませんでした。流石に強弱の幅にはいささか驚きましたが、それでもちゃんとシーケンスに流れていますね。
本当に乱れのない的確な打鍵で、どんなトリルも均整を保っている魅力的な演奏だと思います。特に第30番第3楽章のトリルには感激しました。

最近ベートーヴェンの作品をランダムに聴き漁っているのですが、Yoshimiさんの記事を読んで、他のピアニストによる後期ソナタも聴いてみようと思いました。同じ作品で色々な演奏が楽しめるのは嬉しいですね。
この時代のポリーニの演奏は素晴らしくて
エウロパ様

はじめまして。ご訪問、コメントをどうもありがとうございました。

このジャケットはとてもお洒落ですね。わりと有名な肖像画らしく、他のCDでも何度か見かけました。

ポリーニの演奏には造形力があるので、全体を把握しやすい演奏だと思います。テクニックが完璧なので安定感があって、特に若い頃のポリーニの演奏は、快刀乱麻のごとく凄いものがあります。
第30番第3楽章のトリルは、同じ手で別の音を押さえながら弾く所が多いので、高速で乱れなく弾けるのはテクニックがしっかりしているからでしょう。第32番ソナタの第2楽章にも同じようなトリルが出てきます。

ポリーニの弾き方には賛否両論ありますが、機械的などでは全然なくて、とてもロマンティックな人だと思っています。彼のモーツァルトのコンチェルトは透明感と気品があって素敵です。

後期ソナタのCDはいくつか持っていますが、今はアラウとゼルキンを聴いているので、その感想も順次アップしようと思っています。
いろいろなピアニストで聴き比べると、自分がどういうピアノが好きなのがわかって、とっても面白いです。
同じ曲のCDが山ほどたまるのが難点といえば難点ですが...。
好きな曲だと10種類以上は持っているのですが、よく聴くのはそのうち数枚に限られます。
そうやって、自分がベストだと思う演奏を見つけた時は、本当に嬉しくなります。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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