シノーポリ/ウィーンフィル ~シューマン/交響曲第2番 

2008, 11. 16 (Sun) 01:59

今まで聴いた音楽の中で最も不気味だったのは、シノーポリがウィーンフィルを指揮して演奏したシューマンの交響曲第2番。
ロマン派の交響曲のはずなのに、シノーポリがウィーンフィルを指揮して演奏したこの曲を初めて聴いたときは、何かが錯綜しているような不安定さがあり、第3楽章を聴くとまさに精神が崩壊しつつあるさまがリアルに感じられ、背筋がぞくっとするほど衝撃を受けたのは今でもよく覚えている。
シューマンの病んだ精神が狂気に向かって崩壊しつつあることを予言するかのよう。
今日も聴いてみたけれど、シノーポリの解説を読みながら聴くと、昔よりも一層その異常さを感じてしまう。

このシノーポリの演奏を聴いて、ロマンティックだと感じる人も結構いるらしい。
この曲は本来そういうものなのだろうかと思って、マズアやバーンスタインの指揮でも聴いてみたけれど、そこには不気味さなどどこにもない、たしかにロマンティックで甘美な音楽。
シノーポリの解釈とそれを表現した演奏は、かなり特異なものに違いない。

シューマン:交響曲第2番シューマン:交響曲第2番
(2006/04/12)
シノーポリ(ジュゼッペ)

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シノーポリは哲学者風の風貌で、大学で精神医学を専攻した医学博士。指揮のほかに作曲もする。
「衒学的で音楽解釈に精神医学的観点の援用を示唆する言動や彼の異色の音楽解釈」とWikipediaに書いてある。
シノーポリの特異な解釈が当てはまり、それを演奏で実現できるような曲はかなり限られるに違いない。

シューマンは、第2交響曲を「私はこの曲をまだ半分病気のときにスケッチした。」と言っていたという。
一番その痕跡が感じられるのは、第3楽章のアダージョ。
でも、第1楽章と第2楽章もかなりの不安定さを感じさせる。

第1楽章は、行きつ戻りつ、上限下降を繰り返し、まるで寄せては引く波のような揺らぎに満ちている。
シューマンの病のことを知らなければ、それ以上は何も感じなかっただろうけど、正気と狂気が綱引きをしているような不安定さがある。

第2楽章のスケルツォはまるで熱に浮かれたような舞踏のリズム。
躍動的なのだけれど、どこかしら不安や危うさが潜んでいる感がする。
私には、まるで正気が狂気から逃げようとして隠れんぼか、追っかけっこをしているようなイメージが浮かんでくる。

そして第3楽章のアダージョ。旋律は甘美で憂いに満ちていると言われる。
シノーポリの演奏を聴いていると、弦楽器がゆったり奏でる息の長い旋律は、狂気が正気に忍び寄り、自らの世界に誘い込んでいるかのような妖しさが満ちている。
真綿に包みこまれてじわじわと窒息していきそうな熱っぽい息苦しさ。
自我が狂気にからめとられ、融解し、精神が崩壊しつつあるような感覚を覚える。

シノーポリは、ブックレットで「交響曲第2番作曲時にみるシューマンの正気と病魔についてのノート」という解説を書いている。
この解説はまるで精神分析のレポート。タイトルを見るとクラシック音楽の解説とは思えないけれど、れっきとしたシューマンの音楽の解説。これは一読の価値あり。
その中で、第3楽章で精神が狂気にからめとられる様を蜘蛛の巣に喩えていて、シノーポリはそれを実際に音楽で表現している。

第4楽章。この楽章は構造的にも安定しているし、旋律には今までの楽章で感じさせた不安定さや病的なところは感じられない。
堂々として清々しさが漂う楽章。(シノーポリは、定石的で均整のとれた部分ほど説得力が欠け貧弱だと言っているけど)
しかし、シノーポリは、クラリネットが第2主題を奏でるところで、一瞬、病魔の痕跡にたじろいでいるのを感じるという。この一瞬のたじろぎを感じるのはちょっと難しかった。
「クラリネットがアダージョのテーマをしばしテンポを速めることと音程を逆転させることで変形した以外の何物でもない第2主題」とシノーポリは書いているので、スコアから読み取れるのかもしれない。

シューマンはこの曲を作曲した8年後の1854年、病が悪化し投身自殺を図って入院し、その2年後に亡くなっている。
シノーポリの解説によれば、「シューマンの音楽の中にある病的偏執性は、彼の現実体験である病魔の記録としてのみ考えるのではなく、彼の作曲行為の基本的要件と構成要素のひとつとしてみるべきである」と指摘している。
シューマンにとっては、狂気を垣間見ている精神こそが想像力の源泉であって、正気の真っ只中にあるシューマンの音楽には創造性が失われている。
作家には内なる狂気を抑圧するために書くタイプと、その狂気に駆られて創造するタイプがあるというのを以前どこかで読んだことがある。
これが作曲家にも当てはまるのであれば、シューマンはまさに後者に違いない。

シノーポリはこの曲の演奏で、一躍脚光を浴びた。
たとえ精神分析的観点から音楽を解釈できたとしても、それを実際の演奏でもって表現できるというのは、本当に類稀な才能だと思う。
シノーポリ以外の指揮者でこの第2交響曲を聴くと、ロマンティシズムの虚構の音楽に思えてくる。
それほどシノーポリの解釈と演奏は衝撃的だった。

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2 Comments

吉田  

こんばんは。
シノーポリのシューマン2はとても好きな演奏です。
3楽章の「精神が狂気にからめとられる様を蜘蛛の巣」は同感です。ウイーンフィルの研ぎ澄まされた弦の響きが素晴らしく、これを引き出した指揮者の力量にも感服です。
シノーポリは後にドレスデンともシューマンの交響曲を録音していますが、ウイーンフィルとのものには及ばないと思います。

2009/11/11 (Wed) 21:52 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

特異な解釈ですが、深層をついた演奏ですね

吉田様、こんにちは。コメントありがとうございます。

この演奏は、ず~っと昔、まだ学生時代の頃に聴いたもので、全く驚きのシューマンでした。
他の指揮者の演奏もいろいろ聴きましたが、これに優るインパクトのある演奏には出会えなかったですね。
第3楽章の妖しく甘美な音色の不気味さは、他のオケでは味わえないのではないかと思います。
この演奏が私のなかではスタンダードになっているので、普通のロマンティックなシューマンは聴けなくなってしまいました。

ドレスデンとの録音も聴いてみようかと思ってレビューをチェックしたことがあります。おっしゃるようにウィーンフィルの演奏を超える演奏ではなさそうな感じがしましたので、未聴のままです。

2009/11/11 (Wed) 22:54 | EDIT | REPLY |   

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