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マーラー/歌曲集「リュッケルトによる5つの歌」より ”私はこの世に忘れられ”
ロマン派の歌曲の中でも、マーラーの歌曲はドラマティックで規模も大きく、叙情性も豊か。
しかし、人間の内面へ向かうよりも、いつも人間を世界の関係の中で捉えているかのような広がりがある。叙情的であっても感傷的ではなく、人間を超えたものに中心がおかれているような透徹したものを感じることもある。
ロマン派の典型で、人間の感情を歌うシューベルトやシューマンは感傷と情緒過多で苦手。
そういう点では、マーラーの歌曲は、オーケストラ伴奏により構造的に安定している上、歌曲の部分はストレートな感情移入がしにくい曲なので、かえって相性が良いのだろう。

マーラー歌曲の「リュッケルトによる5つの歌」は、リュッケルトの詩をテーマにした歌曲の中でもとても有名なもの。
この歌曲の聴いたのは、もう20年以上前に公開された映画「仮面の中のアリア」のエンディングのシーン。
この歌曲集の白眉ともいうべき第5曲「私はこの世に忘れられ」が、主人公のオペラ歌手を水葬する場面で使われていた。
その物悲しいシーンにこの曲の旋律がこれ以上ないほど似合っていた。
自分で歌詞を訳してみると、映像と音楽と言葉同士が不思議なほどしっくりと合っている感じがする。

「私はこの世に忘れられ(Ich bin der Welt abhanden gekommen)」(詞:フリードリヒ・リュッケルト)
  私はこの世に忘れられているのだ。
  私はかつてこの世であまりに多く無為な時を過ごしてきた。
  私の消息が途絶えてからあまりに長い時が経ち、
  私は死んでしまったのだと、この世では思っているだろう。
  たしかに、この世が私を死んだものだと思っても、
  それは私にはもうどうでも良いことだ。
  それを否定することもできないのだ。
  この世にとって、私は本当に死んでしまったのだから。
  私はこの世の喧燥から死者のように隔絶され
  平穏な地で安らいでいる。
  私の天国、私の愛、私の歌の中で、私はたった一人で生きている。

この映画はミニシアターで上映されていて観客も少なかった。
たしかに地味な映画ではあるが、映像と音楽がとても美しくて、たぶん音楽映画の中でもその美しさは群を抜いている。
ストーリーはシンプルだったが、流れている音楽や主人公たちが歌うには、オペラのアリアにマーラーの「大地の歌」、シューベルトの「音楽に寄す」など、シーンにふさわしい曲が使われていて、その歌を聴くのも楽しい映画である。
「大地の歌」は主人公の一人が一生懸命練習するので、そのフレーズだけ覚えてしまった。これをきっかけにマーラーの歌曲を聴くようになったくらい印象に残る映画だった。
DVDがリリースされた時は即刻購入し、何度も繰り返し見たものだ。

「リュッケルトによる5つの歌」は、なぜか女声よりも男声の方がふさわしい感じがする。
フィッシャー=ディースカウの歌で聴いてみると、人生経験を積み大なり小なり成功を遂げた男性が、いつの間にか世界に打ち捨てられたかのような侘びしさが良く出ている。
映画でも、引退を表明してから古城で暮らし最後は病で死んで水葬される主人公のオペラ歌手はバリトンだったので、自然と男声のイメージが頭の中に棲みついているせいもあるかもしれない。

この歌曲はいろいろ有名な録音があるらしい。フィッシャー=ディースカウの録音は、私が持っているベーム&ベルリンフィル、バーンスタインのピアノ伴奏、晩年のバレンボイムのピアノ伴奏、メータとのライブ録音と結構多い。
ベーム&ベルリンフィル盤は、リュッケルト歌曲全5曲のうち4曲しか収録されていないのが残念。
調べてみると、マーラー自身がオーケストレーションしたのは「美しさゆえに愛するのなら」を除く4曲だったので、オーケストラ伴奏版として4曲しか録音しなかったのだろう。
「私はこの世に忘れられ」が最も有名だけれど、「真夜中に」も人間の無力さと頼りなさが全編に漂い最後には神への信頼が決然として歌われるという、地味だが深い味わいのある曲だと思う。マーラー自身が作曲した個人的な好みとしては、ピアノ伴奏盤よりも、豊かな音色で美しい旋律と情感が味わえるという点で、オーケストラ伴奏で聴く方がずっと良いと思う。

カップリングされているのは『亡き児を偲ぶ歌』。
この曲を作曲した4年後に、マーラーは4歳の娘マリアを猩紅熱で亡くしたというのは有名な話。
マーラーは自分の子供が死んだと想定してこの曲を書いたらしいが、普通はそういう不吉なことはしないと思うけど。

『さすらう若人の歌』もカップリングされていて、クーベリック&バイエルン放送響による伴奏。この曲は、フィッシャー=ディースカウがフルトヴェングラー&ウイーンフィルと録音した名盤がある。
さすがにタイトルどおり若人の彷徨する精神がドラマティックに表現されている。
この曲集中では、第2曲「朝の野を歩けば(Ging heut' morgens übers Feld)」が明るい曲想で、トライアングルの音色がとても美しい。

Mahler: Lieder eines fahrenden Gesellen; Kindertotenlieder; 4 Rückert-LiederMahler: Lieder eines fahrenden Gesellen; Kindertotenlieder; 4 Rückert-Lieder
(2000/04/10)
Dietrich Fischer-Dieskau、

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このジャケット写真はデザインがわりと良いが、私の持っている盤はカラフルな色彩の幻想的なイラストレーション。このイラストに魅かれて、このCDを買ったのかもしれない。

無題

tag : マーラー フィッシャー=ディースカウ

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マーラー
こんにちは。

1970年代後半から起こったマーラー・ブームの頃、意図せずマーラーを聞き始めましたが、いまいちなじめず、ごく限られた曲だけを単発的に聞いているという状態がずっと続いてきました。
「リュッケルトによる5つの歌」等の歌曲も一通りは聞きましたが、それっきりになっています。

最近になってようやく交響曲のレパートリーが広がり始めました。
歌曲も射程圏内に入ってきました。今回の記事を読ませていただくと、ますます興味がわいてきました。
マーラーの歌曲は味わい深くて
よんちゃん様

コメントどうもありがとうございます。
このリュッケルト歌曲は深みのある曲で、マーラー歌曲の中で最も好きな曲集です。マーラー歌曲はオーケストラ伴奏がついていて、構造的に安定感とスケールの大きさを感じさせ、歌とオケの両方を味わえるのが、私には向いているようです。
映画がきっかけで曲を聴くことがよくあるのですが、この「仮面の中のアリア」は特に好きな映画で、今でもたまに見直しています。

マーラーの交響曲のうち、4番が明るい曲想で規模小さくて、とても馴染みやすくて良い曲だと思います。
「大地の歌」はCDを4種類持っているのですが、なぜかこの4番はカセットテープに録音したのを何度も聴いていました。
久しぶりにシノーポリのCDを買って聴いてみようと思っています。
RE:私はこの世で忘れられ
yoshimiさん、こんにちわ

「私はこの世で忘れられ」や「真夜中に」は大好きな曲です。このリュッケルトの詩によるマーラーの曲は、フィッシャー・ディスカウではバレンボイムのピアノ伴奏のものと、ベーム指揮のものが有名ですね。おっしゃられる通り、バーンスタインのピアノによるものを含めて、やはり、マーラーの歌曲はオーケストラ伴奏の方が遙かに効果的だと思います。

映画「仮面の中のアリア」(制作:1988)は劇場では観たことはありませんが、LDで販売された時に観ました。当時のLDは現在のDVD程種類は出ておりませんでしたので、一部では結構、話題になったのではと思っています。この映画の中では、ファン・ダムの歌が素晴らしく、おっしゃられる通り、「シューベルト:楽に寄す」は良かったし、「シューマン:ひそかな涙」も素晴らしかったので、ファン・ダムの歌っているCDを探したのですが、残念ながら見つかりませんでした。

「マーラー:大地の歌」は「ワルター指揮ニューヨークpo.」によるステレオ録音が最も好きです。後は、「クレンペラー指揮フィルハーモニア」、そして、男声2人と言う珍しい形態の「バーンスタイン指揮ウィーンpo.」のものも好きですね。オーケストラ伴奏ではなくピアノ伴奏のものもありますが、やはり、オーケストラ伴奏の方が遙かに効果的だと思います。
マーラー歌曲はどれも好きです
matsumo様、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。

女声の方が好きなので、男声が歌う曲のCDはあまり持っていないのですが、このリュッケルト歌曲は、もっぱらフィッシャー=ディースカウの声で聴いてきました。
でも、フェリアーで聴くとやっぱり女声の歌も良いな~と思います。フェリアーの声質と品のよさが、とても好みに合うからでしょう。

「仮面の中のアリア」、とても良い映画ですね!映像と音楽の美しさに加え、全編に漂う叙情感が素晴らしいです。
ヨーロッパ映画らしくキャストもストーリーも地味めでいささかマニア向けの趣きがあるので、今はこの映画を知っている人はあまり多くはないような気がします。

ピアノ曲に比べて歌曲のCDはそれほど持っていないのですが、この「大地の歌」は4種類くらいあって、フェリアーに魅かれて買ったワルター/NYフィル(1948年)盤、そのクレンペラー盤は持ってました。久しぶりに聴いてみようと思います。
ワルターのステレオ録音の方は持っていないのですが、ウィーンフィル盤もいくつか出ていて、買うときに迷った覚えがあります。
バーンスタイン盤の男声2人というのは珍しいですね。女声が好きなので、男声ばかりはちょっと避けたい気もしますが...。

マーラーの歌曲は全てオーケストラ伴奏盤で聴いています。やはりピアノ伴奏だと、音のバリエーションと厚みが薄すぎて、マーラー歌曲独特の雰囲気が薄れてしまいますね。
はじめまして♪
突然のコメント失礼致します。マーラーのリュッケルト歌曲集のキーワードで検索していたら、こちらのブログを発見致しました。
私も音楽を愛する一人で、音楽活動させて頂いておりますが、
生涯大切にしたい歌曲の一つでありあす。
そしてブラームスの4つの厳粛な歌やワーグナーのウェーゼンドンク歌曲が大好きです。

なぜだかイタリアオペラよりドイツ・フランス・ロシアものが好きです(笑)

また訪問させていただきますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます☆

mezzo-soprano noriko kawamura
素敵な歌曲集ですね!
noriko kawamura様、初めまして。
ご訪問、コメントどうもありがとうございます。

声楽家でいらっしゃるのですね!
私はもっぱらピアノ音楽リスナーで、オペラは全く聴かないですが、歌曲や合唱曲は時々聴いてます。

『仮面の中のアリア』という映画で「私はこの世に忘れられ」を聴いて以来、リュッケルト歌曲集は好きな歌曲集です。
特に終曲は、一度聴くと忘れることができない歌です。

ブラームスの『4つの厳粛な歌』はフェリアーの録音を以前聴いたことがあります。
ブラームスは好きな作曲家ですが、歌曲や合唱はあまり聴いていないので、これから聴きたい音楽の一つです。

歌曲関係の記事は多くはないのですが、特にお勧めの歌曲などありましたら、またお教え下さいませ。
今後ともよろしくお願い致します。

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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