グルダのザルツブルグ音楽祭リサイタル(1)~ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」 

2008, 11. 19 (Wed) 19:22

グルダのベートーヴェン・ソナタ全集(新録)は、聴いてから買ったことを激しく後悔したので、二度とグルダのCDは買うまいと思っていた。
ところが、この1964年ザルツブルグ音楽祭(モーツァルテウム)で行ったリサイタルは、当時34才だったグルダの演奏が激賞された名演だというのを知ってしまった。CDレビューも複数チェックしたが、これがすこぶる良い。
聴いてみると、まさに評判どおりの名演で、スタジオ録音とは違って全く素晴らしい演奏。
ピアノ・ソナタ全集よりも、このライブ録音のCD1枚さえあれば良いくらい。どこでグルダは道を誤ってしまったんだろうかとさえ思えてくる。
グルダ本人は、新録のスタジオ録音は粒ぞろいの出来だと自信を持っている。それでも、ワルトシュタインなど数曲は許される一線を超えてテンポが速すぎたと認めてはいるが。
たしかに、初期や中期のソナタならそれほど悪くはないかもしれない。
グルダ本人は自分の思うとおりの弾き方が追求できて満足していると思うし、それはそれで良いこと。
しかし、スタジオ録音のピアノ・ソナタ全集からは、このライブ録音で聴こえてくるグルダの類まれなる音楽性が失われてしまっている。
他の演奏の比較として聴く以外に、グルダのピアノ・ソナタ全集を聴く気にはならない。

Beethoven: Klaviersonaten, Op. 2/2, 27/2, 110, 111Beethoven: Klaviersonaten, Op. 2/2, 27/2, 110, 111
(2003/05/27)
Fiedrich Gulda

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このリサイタルは、オール・ベートーヴェン・プログラム。ピアノ・ソナタ第2番、第14番、第31番、第32番の4曲である。
1967年のピアノ・ソナタ全集のスタジオ録音と、このライブ録音を聴き比べてみたが、月光ソナタだけ聴いても違いはわかるが、後期ソナタではそれが顕著に出ている。特に第31番ソナタを聴き比べると良くわかる。
1967年はステレオ録音なので、録音品質も影響している部分はあるが、1964年のモノラル録音でライブという条件にしては、ライブ録音の音質は悪くはないと思う。

「ピアノ・ソナタ第14番月光ソナタ」

第1楽章
ライブ録音は、録音条件の影響もあるかもしれないが、くぐもった響きと音色が印象的で、全体的にどこかへ沈潜していくような感じがする。

スタジオ録音は、スタインウェイの明るく伸びやかな音色で、優雅に輝く月光のイメージ。くもりのない明快さがある。

第2楽章
ライブ録音は、スタッカート気味だがタッチも音色もとても優しく、まるでモーツァルトを聴いているかのようだ。
展開部もフォルテの後のピアノはふっと力を抜いていてとても頼りなげ。とにかく限りなく繊細で優しい。こういう演奏なら何度でも聴きたいくらい。
この楽章はスタジオ録音よりも遥かに良い。他のピアニストに比べても、素晴らしく良い演奏だと思う。

スタジオ録音の方も、弾き方が大きくは変わったわけではないが、フォルテが強めに出ているのと、弱音の柔らかさがライブに比べて弱く、全体的には愛らしくはあるが、やや騒々しく元気な感じがする。

第3楽章
ライブ録音はスタジオ録音に比べてやや音がこもり気味で、テンポは若干遅め。アクセルのかかったような性急さは見られず、じっくりと弾き進んでいく。
左手のリズムや旋律をそれほど強調していないので、スタジオ録音に比べて推進力のあるダイナミックな切れ味の鋭さにやや欠け、外形的な派手さは後退している。
一方、表情の起伏や音色・タッチがいろいろと細かく変わっているので、聴いていて面白みがある。
一気に終楽章を駆け抜けているかのようなスタジオ録音とは違う味わいがある。

スタジオ録音はテンポが速めで、弾力と切れの良いタッチで弾いており、左手が強めで推進力もあり、全体的にフォルテが良くきいている。
実に颯爽として鮮やかな弾き方。鮮やかすぎて、やや単線的な感じがするが、これはこれでシャープで抜群に切れ味の良い演奏である。


終楽章まで聴き終わったところで、喩えていうなら、スタジオ録音は新幹線。外の風景もろくろくわからないままあっという間に目的地に着くが、速くて快適な乗り心地は抜群。
ライブ録音は特急列車。速いとはいえ、窓から海も山も田んぼも遊んでいる子供の姿もちゃんと見えるので、新幹線よりは遅くてもいろんな景色が見られて楽しかった...というようなものだろうか。

月光ソナタは、後期ソナタに比べると、構成はシンプルで、表現力も後期ソナタほどに問われることは無いが、グルダが同じリサイタルで弾いている第31番と第32番のソナタは、ライブとスタジオ録音ではかなり違う。
月光ソナタよりも、後期ソナタでライブとスタジオ録音を聴き比べてみた方がはるかに面白いに違いない。

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