ジュリアス・カッチェン ~ ベートーヴェン/ピアノ作品集 

2008, 11. 25 (Tue) 19:12

ジュリアス・カッチェンと言えば、ブラームス弾きとして有名なピアニスト。
彼は1969年に肺がんで42歳という若さで亡くなるが、晩年(というか亡くなる前)にかなり集中してブラームスを弾いていて、ブラームスのピアノ作品全集と2つの協奏曲集の録音を完成させている。
彼は10歳の時に、モーツァルトのピアノ協奏曲ニ短調Kv.466を弾き、それを聴いて驚愕したオーマンディがニューヨークに彼を招いて、フィラデルフィア管弦楽団とコンチェルトを演奏したという。
カッチェンは音楽大学に進まず、米国のカレッジで哲学を専攻し、その後は米国の音楽界を嫌って20歳代でパリへ移住した”パリのアメリカ人”。

カッチェンはブラームスのレコーディングに集中する前は、ベートーヴェンにかなり傾倒していたようだ。
1953年(26歳頃)にベートーヴェンの晩年の作品であるディアベリ変奏曲、2年後に最後のピアノ・ソナタ第32番を録音し、1958年~65年にベートーヴェンのピアノ協奏曲全集と合唱幻想曲を録音した。
他にも熱情ソナタ、晩年のバガテルなど、いくつかベートーヴェンのピアノ曲の録音が残っている。

カッチェンのプロフィールをまとめた記事はこちら。

Piano Concertos 1-5 (Coll)Piano Concertos 1-5 (Coll)
(2007/05/15)
London Symphony Orchestra

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このCDは4枚セットで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集に合唱幻想曲、ディアベリ変奏曲、ピアノ・ソナタ第32番、ポロネーズ、ロンドまで収録されている大変コストパフォーマンスの良いセット。
ピアノ独奏曲は録音が古いため、時々テープノイズらしき音が聴こえるし、響きが痩せているが、1950年代の録音にしては音自体は明瞭で、十分に鑑賞に耐えうる音質。
ピアノ協奏曲の方は、それよりも新しい録音なので音質はクリアだが、録音条件が異なるので曲によって響きが結構違っている。
第1番協奏曲はピアノの音がオケに比べて少し小さいような気はするが、第3協奏曲とポロネーズはホール録音で残響がやや長めなので響きは豊か。

収録曲の録音年月・場所は次の通り。
 -ディアベリ変奏曲:1953年1月、Decca studio,London
 -ピアノ・ソナタ第32番:1955年3月、Decca studio,London
 -ピアノ協奏曲第3番、ロンド:1958年9月、Kingsway Hall,London
 -ピアノ協奏曲第2番・第4番:1963年6月、Walthamstow Assembly Hall,London
 -ピアノ協奏曲第5番:1963年12月、Walthamstow Assembly Hall,London
 -ピアノ協奏曲第1番、合唱幻想曲:1965年1月、Walthamstow Assembly Hall,London
 -ポロネーズ:1968年3月、Kingsway Hall,London

ディアベリ変奏曲から聴き始めてすぐに感じるのは、指回りが抜群に良く、タッチが非常に鋭く弾力のあること。
そうかと思うと弱音は柔らかなタッチと響きで綺麗だし、強弱のコントラストも明快で、きりっと引き締まった弾き方である。
ベタベタと感傷的なところはなく、とてもストレートな弾き方ではあるけれど、清く澄んだ叙情と洗練された表現力を感じさせる清冽で知的なピアノ。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番を聴くと、強靭な瞬発力のあるタッチでバリバリ弾くかと思うと、硬質で透明感がある音色で繊細な情感を歌うという、硬軟あわせもった切れ味の良い演奏。
若い時に弾いたピアノ・ソナタなので、重苦しさや重厚さや渋みのある音楽ではなく、緊迫感と力強さと、繊細な感受性に裏打ちされた清々しい叙情が交錯し、希望に満ちた輝きで終えるベートーヴェン。

ピアノ協奏曲は、テンポが速くとてもストレートな弾き方で、まさに若者が弾くベートーヴェンそのもの。
特に第5番「皇帝」は、瞬発力を感じさせる力強く鋭いタッチで、感情があちこちで噴出し、ここまで何の衒いもなく弾かれると、もう何も言うことはありません、というところ。
カッチェンが弱音で弾くと、柔らかで消え入りそうな響きだったり、優しさや切なさや愛らしさなど、いろいろな情感を帯びていて、弱音が奏でる叙情と気品と情感は形容しがたい美しさがある。
カッチェンのベートーヴェンは、とてもストレートで直線的なところはあるけれど、表情の変化もいろいろ見せてくれる、とても若々しい気概と明るさに満ちている。
ピアノ協奏曲はカッチェンが30歳代の録音だが、ベートーヴェンもその歳くらいで作曲している。
ヴィルトオーゾで人気のあったベートーヴェンなら、カッチェンのように若々しいエネルギーで力強く弾いていたのかもしれない。

イタリア人のピエロ・ガンバ指揮のロンドン交響楽団も、カッチェンに負けずに力強さと切れの良さがあり、気合の入った伴奏。
ピアノとオケが同じ方向で一緒に音楽を作っているので、多少の粗さはあっても、音楽として生気と躍動感に溢れていて、聴いていてとても楽しい。
このところ、アラウやゼルキンの60-80歳代の録音ばかり聴いていたので、こういう若々しくきりっとして詩情のある演奏はとても新鮮。ピュアな感情と生気に溢れているのがありありと感じられる。

カッチェンはスポーツマンで運動神経の良さのせいか、指回りの速さは抜群で、俊敏で鋭い打鍵に曖昧さは全くない。トリルの速さと鋭さを聴けばよくわかる。
テクニックが優れているのは確かだけれど、それ以上に詩情のあるピアノを弾く。
ライナーノートを読むと、録音を担当したプロデューサーはカッチェンについて、”いつも大きな笑顔をうかべ、エネルギッシュで社交的だった。陽気で誰からも愛される性格で、自我が強い(egocentric)がそれがとても魅力的だった”と言っている。
演奏を聴いていても、健康的な明るさと生気があちこちで感じられるので、彼のパーソナリティが自然と滲みでているようだ。
カッチェンは、強靭なテクニックを持ちながら、明朗な清冽さと知的で繊細な叙情まで感じさせるピアニスト。カッチェンのピアノに出会えたのはとても幸運だった。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

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