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カッチェン ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集
ジュリアス・カッチェンのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は、若々しい力強さととても繊細な詩情に溢れている。

第2番は、あまり好きではないモーツァルトみたいに聴こえる曲なので、滅多に聴かないがカッチェンの演奏で珍しく聴いてみると、やっぱりモーツァルトを聴いているかのようだった。第3楽章だけは聴いていて楽しいという気はしたけれど。

第3番はほの暗いロマンティシズムを感じさせる演奏。
他のコンチェルトと比べると、テンポがそれほど速くなく安定している。
第1楽章は暗めの音色で(音もやや篭もり気味)、力強さよりも叙情的な面を強く出していて、カッチェンにしては、ロマン派のようにかなりメロウ。やや粘りのあるレガートで弾く主題には、深い哀愁と切なさが漂い、カデンツァもとてもリリカル。(私の好みとしては、もう少しさらっとした叙情感の方が好きなんだけど)
第2楽章は時間が止まってしまうかのような柔らかな弱音の響きが美しく、静謐な雰囲気。第3楽章は、軽やかなタッチで、ほのかな哀感と優しさが交錯した爽やかな雰囲気。
初めて聴いたときは、もとからこの曲が好きではなかったので印象がもう一つだったのが、それから10人以上のピアニストの演奏を聴いて、1年後にもう一度聴くと、カッチェンの弾く第3番はとてもリリカルで瑞々しい感情が流れていて、とても気に入ってしまった。

この第3番は協奏曲の中で一番最初(1958年)に録音している。
その5年後に録音した残り4曲(第1番だけは7年後)は、曲の性格づけが明確で、オケとピアノ両方とも切れ味は抜群に良く、カッチェンのピアノは表現力も格段に上がっていた。
第3番の演奏も結構好きだけれど、さらにタッチ・音色・表情づけとも多彩でメリハリがあり、ドラマティックでいて繊細な叙情感が増している。
この時期は、ブラームスのピアノ曲の録音に本格的に取り組んでいた時期で、そのせいか表現の幅が広がったのかもしれない。

Piano Concertos 1-5 (Coll)Piano Concertos 1-5 (Coll)
(2007/05/15)
London Symphony Orchestra

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カッチェンのベートーヴェンのコンチェルトは、どれも若々しさに溢れている。
第1番はとても愛らしく、優しさと軽やかさに満ちている。
第1楽章の冒頭から優しく暖かみのある音色で始まり、あとはとても軽やかなタッチでふんわりとした柔らかさが心地よく、本当にこの上なく愛らしい。オケの伴奏もカッチェンに合わせてとっても軽快。
第2楽章は、透明感と暖かみのある弱音が綺麗で、とても穏やかで、安らかさを感じさせる。じっくり聴いているととても気品があって、「皇帝」の第2楽章を聴いているかのような気がしてきた。
第3楽章は、テンポも速く、きびきびしたタッチで弾いているが、弾むような躍動感よりは軽快さを強く出している。活気はあるけれど、第1楽章のような柔らかく優しげな雰囲気を失わないようにしている。
第1番の協奏曲を弾いていたポリーニは、とても若々しい躍動感のあるピアノだったが、タッチの強さは隠せずやたらに元気さが目立っていた。
カッチェンも若々しくはあるけれど、皇帝を弾いた時のような瞬発力のある鋭いタッチでは控えめにして、柔らかさや軽快さを出すように弾いている。
音色は透明感はあるが、優しい響きで暖かみもあり、この曲の表情にとても似合う音色と響きだった。
時々カッチェンがメロディに合わせて歌っているような声も入っていて、ピアニストの息遣いがとても近くに感じられる。

第4番は、第1楽章の冒頭や第2楽章で見せる弱音の霞のかかったような柔らかい音色は、まるで壊れそうなガラス細工のように繊細。
第1楽章は、弱音で弾かれるところが結構多いので、「皇帝」のような力強さと鋭さは影をひそめ、速いテンポで弾くパッセージは、真珠がコロコロと転がっていくように軽やかに弾いている。
カッチェンの硬質で透明感のある音色が清冽で、弱音の美しさもあいまって、切なさと優しさに溢れている。
この楽章は、弱音の表現が繊細で、優しげだったり切なげだったりといろいろな音色の表情があって、美しさが際立っている。
第2楽章も、今にも消え入りそうな弱音がこの上なく哀しげで、澄み切った美しさがある。
第3楽章は、気分が一気に晴れたかのように、音色が明るく暖かみを帯びて、軽やかさと躍動感に加え優しげな雰囲気がよく出ている。
第5番を聴いてから第4番を聴くと、そのあまりのタッチ・音色・表現の変わりようが印象的で、やはりこの人は詩情豊かなピアノを弾く人なのだと思い直してしまった。

第5番「皇帝」は、第4番とは打って変わって、冒頭から力強く機敏な動きのピアノで始まる。
第1楽章は、鋭いタッチと柔らかいタッチを使い分け、強弱のコントラストが明確。
彼の音色は、きりっと鋭いタッチで弾くときは硬質で透明感があり、柔らかいタッチで弾く弱音は溶けてしまいそうな柔らかさがある。
速いテンポで一気にスケールやアルペジオで鍵盤上を駆け巡るところは瞬発力と力強さがあり、対照的に力強さを抑えて情感を出すべきところは弱音の表現がとても繊細で美しい。いつもカッチェンの弱音の美しさにはうっとりしてしまう。
第2楽章は、弱音の音色が明るく優しく、夢見るような雰囲気。憧憬や安らぎといったものを感じさせる。
第3楽章は、冒頭からこれ以上はないというくらいストレートの真っ向勝負みたいな演奏。この楽章はとても素晴らしい演奏。
時折、柔らかい表情も見せながらも、力強く鋭く躍動感が強く出ている。
衒いのない直線的な弾き方なのだけれど、抑えがたい感情が噴出するかのような弾き方をするところも所々あったりしていて、山あり谷ありのメリハリのある表現なので、聴いていてこれがかなり面白い。
カッチェンの演奏する「皇帝」には、大家風の風格とか重厚さはないけれど、若々しい気概と清々しい爽快さ、それに優しさと暖かみのある気品を感じさせる。

ロンドン交響楽団は、カッチェンのVolatility(爆発力や起伏の大きさ)に応えることのできるオケだと指揮者のガンバがうけあっていた、とライナーノートに書いていた。
その言葉どおり、本当に力強く躍動的で、ダイナミックな演奏を聴かせてくれて、カッチェンのピアノにとても似合っている。
このオケの伴奏は、なぜか管楽器の音がとても明瞭に聴こえてくるのが面白い。オーケストラの方も楽しみながら演奏していたような気がする。

                                

担当プロデュサーが回想していたが、カッチェンは、スタジオ録音であっても曲は1つの曲として全体がまとまったものであるべきだという考え方だったそうで、この録音でも編集は皆無に近い。
そのせいか、ライブ録音並にピアノとオケの意気込みが感じられ、特に第5番は白熱した演奏になっている。
最近のスタジオ録音は完成度の高さを求めて編集するのが一般的だし、ライブ録音であっても編集されていることさえある。
このピアノ協奏曲全集は無編集なので演奏には多少のキズが残ってはいるが、ライブと同じ一発勝負みたいなスタジオ録音を聴けるのは何より貴重である。

本棚にあった吉田秀和著「世界のピアニスト」を見てみると、カッチェンのことがちょっとだけ書いていた。
ブラームスのピアノ曲全集は「じつにりっぱなもので、・・・技術も内容も、ともに整った名演です。・・・ベートーヴェンのピアノ曲だって、これだけの力があれば、りっぱに弾くでしょう。」と。
本当にこのベートーヴェンのコンチェルトはとても立派な演奏だった。

カッチェンが、1968年プラハでベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏しているライブ映像がYou Tubeにアップされている。伴奏はノイマン指揮プラハ響。
彼が病で亡くなる直前の年。病の影は全くなく生気に溢れ、がっしりした体と困るくらい良く回る指で、力強いけれど叙情豊かな凛とした気品のあるピアノを弾いている。
彼の笑顔と感情を込めてピアノを弾く姿を見ていると、まるで白鳥の歌のような儚さを感じずにはいられなかった。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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