グルダのザルツブルグ音楽祭リサイタル(3)~ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番 

2008, 12. 07 (Sun) 13:16

グルダがザルツブルグ音楽祭で弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番は、まるで歌が流れているかのようなとても不思議な演奏だった。
好みにもよるのだろうけれど、こういう32番ソナタがあっても悪くないなと思わせる素晴らしさがある。

Beethoven: Klaviersonaten, Op. 2/2, 27/2, 110, 111Beethoven: Klaviersonaten, Op. 2/2, 27/2, 110, 111
(2003/05/27)
Fiedrich Gulda

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ザルツブルグ音楽祭のライブ録音
第1楽章
冒頭は重苦しさも重厚さも厳しさも全くなく、弾力のあるタッチで力強いけれど柔らかさもあり、主題に入ると流れるように滑らかに弾いている。それなのに浮いたような軽さは感じない。
大げさな感情表現もしていないし、テンポもそれほど速くなくてインテンポで、フォルテも鋭く鳴り響くような大きなものではなく、スタジオ録音の演奏のようなダイナミックな弾き方ではない。
といっても平板な音楽ではなく、いろんな起伏が細波のように次から次へとやってくるので、表情は良く変化していると思う。
特に弱音を弾くときの柔らかなタッチと繊細さを感じさせる音色は本当に美しい。
底流にまるで歌が流れているかのような感じがするとても詩情の漂う演奏。グルダ本人も歌いながらピアノを弾いている。

第2楽章
冒頭のアリエッタの主題は、淡々としてはいるけれど、タッチと音色がとても柔らかで優しく、まるで語りかけるようなピアノ。第1変奏もそうだけれど、優しさと哀しさが交錯しているような形容しがたい情感がある。第1変奏は、語りから歌へと変わり、明るく伸びやか。
第2変奏は愛らしいというよりは、優美で軽やかだが、徐々に明るさと力強さが増していき、第3変奏に入ると、軽快さよりも力強い躍動感がある。それでいて音楽の流れはとても自然で滑らか。それほど速いテンポをとらず、インテンポで弾いているので激情的ではないが、心の底からじわじわと高揚していくような喜びと明るさに溢れている。
第4変奏は内面に沈潜していくという感じではなく、穏やかで澄みきった明るさと爽やかさが感じられる。特に弱音で弾いているところは透明感のある音色が美しく、語りかけるようなところもあって、とても情感豊か。終盤に向けて、今まで演奏よりも激しい高揚感を感じさせるが、それがとても自然な流れなので極端な感じは全くしない。
言葉では表現しにくいけれど、この楽章もずっと歌が流れているかのような演奏だった。

グルダのライブ録音を聴いていると、感傷におぼれることもなく、感情表現はけっこうあっさりとしているし、強弱のコントラストをとりたてて強調しているわけでもないので、スタジオ録音のようなダイナミックさはない。
激情的に浮き立つような高揚感ではなく、地に足のついたところがあるような高揚感がある。
スタジオ録音の演奏のような外形的な派手さはないが、とても堅実な音楽が聴こえてくる。
グルダが弾く弱音は優しさや哀しさやいろいろなニュアンスがあって、まるで語りかけるような感じがしてくる。強弱のコントラストをそれほど強調しなくても、弱音の表現が豊かなので、曲の表情がいろいろ変化していて繊細な叙情を感じさせる。
途切れることのない滑らかさもあって、まるで全編に歌が流れているような感覚がある。
重厚さも厳しさもないけれど、グルダが弾くこの最後のピアノ・ソナタは全く素晴らしいと思う。
本当に不思議な弾き方だけど、繰り返し聴きたいと思わせる魅力がある。


スタジオ録音のピアノ・ソナタ全集
第1楽章
新録のスタジオ録音は、さらに感情表現はあっさりとして、テンポは速く、強弱のコントラストは明快。安定したテクニックと弾力のあるタッチが冴えていて、ダイナミックではあるけれど軽やかに弾いている。
第1楽章は、重厚さとや峻厳さはなく、明るさと開放感のあるピアノ。テクニックはしっかりしているので切れ味は非常に良いが、ミケランジェリやポリーニのような刀で切ったような鋭さはない。

第2楽章
第2楽章のアリエッタの冒頭から、ライブ録音と比べてとてもあっさりした弾き方。冒頭の主題から第2変奏は屈託のない明るさが強く出ている。
第3変奏は、速いテンポでリズム感が非常に良く、力強い高揚感もあるし、響きが厚くて迫力もある。
第4変奏から終盤も、速いテンポと明るく澄んだ音色で、歯切れは良い。ピアノからフォルテまで起伏もよくついているし、ダイナミックな高揚感もあり、悪くはない演奏だと思う。

全体的にテンポが速いくて明るい雰囲気がするのは良いが、陰影に乏しいためやや単調さを感じる。わかりやすくてとっつきが良く爽やかな弾き方だけど、なぜか聴いた後に残るものがあまりない。
ライブ録音のような繊細な叙情や歌心が感じられないし、そう何度も聴きたいと思う演奏ではない。

グルダは、既成概念にまみれたベートーヴェンなど弾きたくはなかったのだろうし、何がベートーヴェンらしいかなんてことは、天国のベートーヴェンに聞かなきゃわかるわけがないと言っていた。
それもその通りで、新録のスタジオ録音は、グルダが自分が思うとおりの自由さでもって、ベートーヴェンを弾いたのだろう。

ライブ録音でピアノを弾いているグルダは、瑞々しい感性と歌心とをどこかに置き忘れてしまったかのようなスタジオ録音のグルダとは、まるで別人のような音楽を作っている。
重厚さや厳しさを感じさせないという点では同じなのだけれど、作っている音楽の中身が全然違っている。
どちらをとるかは聴く人の好みに左右されるのだろうけれど、ライブ録音の演奏にはグルダ独特の音楽性がきらきらと耀いていて、他のピアニストの演奏と比べたとしても素晴らしいものだと思う。

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