内藤 晃 「Primavera」 

2008, 12. 03 (Wed) 12:04

内藤晃のデビュー・アルバム「Primavera」。
彼はジュリアス・カッチェンを心から敬愛しているピアニスト。
私もカッチェンのピアノが大好きなので、彼は一体どんなピアノを弾くのだろうかという興味から、このCDを聴いてみた。

PrimaveraPrimavera
(2008/03/26)
内藤晃

商品詳細を見る


ピアノはベヒシュタイン。スタインウェイのような煌びやかで伸びやかな響きではない。
まろやかな品の良い音で、1音1音が明瞭で透明感もあるが、響きに深さと厚みがあまりない。
スカルラッティやモーツァルトを弾くには向いているが、ロマン派以降の曲だと響きと色彩の薄さが気になるかも知れない。
こういうギラギラしていない音色や響きは、それはそれで奥ゆかしくて良いとも言える。

良かったのは、スカルラッティ。スカルラッティは、バッハやモーツァルトに比べて、ずっと好きな作曲家。
「ソナタ ロ短調 L.33」。古典的形式のなかで表現される叙情は、ストイックだが均整がとれた彫像のような美しさがある。
「ソナタ ホ長調 L.23」は有名な曲らしく、ミケランジェリのライブ録音で聴いたことがある。
いろいろな曲想が次から次へと現われてくるところが面白い。
小鳥のさえずりのような旋律、ダンスをするような和音の連打、それに続いて高音を駆け上がっていく優美な旋律。この曲には他にも優しさと美しさに溢れた旋律が出てきて、うっとりしてしまう。
内藤さんの音色は、硬質でクリアだが優しさと暖かみを帯びていて、この曲の曲想にとても似合っている。
ベヒシュタインの優しく気品のある音色もとても美しい。

モーツァルトは、ロココ的な甘ったるさはなく、なんともきっぱりしたモーツァルトのような気がする。
苦手なモーツァルトのソナタでほとんど聴いたことがない曲なので、なんとも言いようがないが、歯切れのよいタッチで、メリハリが良くついていて、快活さはある。
カッチェンのモーツァルトも、とても毅然とした気品のあるモーツァルトだったのを思い出した。

モンポウの曲は、どれもとてもロマンティックで情熱的で壊れそうな繊細さがある。
冒頭の哀感の溢れた旋律から、急に躍動的な旋律へと展開するが、彼が弾くモンポウには、うねりが連続する揺れ動くような躍動感がある。
軽い浮遊感があって、とても面白い感覚がする。

フォーレの即興曲と夜想曲は、軽やかな躍動感と気品があって、ベヒシュタインの品の良い音色が良く似合っている。(フォーレは歌曲ばかり聴いているので、ピアノ曲はよくわからないところがある。)

メトネル「春 Op.39-3」は、とても爽やかな春の訪れを感じさせる。
初めは一番良い曲だと思ったけれど、スクリャービンのピアノ・ソナタが聴けば聴くほど良かったので、とうとうどちらが良いとも言えなくなってしまった。
内藤さんの硬質のタッチは、柔らかさがあるので、音の粒立ちの良さとふわっとした膨らみのある音色が相まって、春の瑞々しさと優しい温もりとを感じさせる。
スピード感に加えダイナミズムもあって、日本の桜の花がほんわかと咲く春ではなく、大地を覆っていた雪が春の陽気で一斉に解けて、川の水が勢い良く流れ、木々が姿をあらわす北方の国の春のような清々しさがある。
彼の弾き方は直線的ではなく、たえずうねりを伴っているので、曲のもつダイナミズムを聴覚を通じて体感しているような感覚になる。

スクリャービンのピアノ・ソナタ第4番は、スクリャービンにしては明るい曲想の曲。
スクリャービンのピアノ小品やピアノ・ソナタは幻想的・神秘的でほの暗い激情と情念に満ちているが、この曲はスクリャービンのそのアクの強さが希薄。
初めて聴く曲なのでよくわからないところがあるが、大音響でガンガン弾く曲想ではない。
ちょっとモダンジャズっぽいリズムと旋律が出てきて、なかなか洒落たところもある。聴けば聴くほど、洒落っ気のある素敵な曲だと思えてきた。
スクリャービンにしては、情念のべたつきが少ないすっきりとした演奏だと思う。響きは薄めなので、透明感があってクリスタルのような美しさがある。
内藤さんの弾く弱音は柔らかくて優しく、暖かみのあるとても心地よい音色。なぜか甘い香りがただよっているかのようだ。ベヒシュタインだからだろうか。
彼の敬愛するカッチェンも、とても優しく暖かな弱音を響かせていた。
この曲でも、彼はとても浮遊感のある軽やかで躍動的なピアノを弾いている。そこがジャズっぽいリズムに感じたのだろう。

彼の演奏は、硬質のタッチで音の粒立ちが良く響きに濁りがないので、音像がくっきりと立ち上がってくる。
彼が見せる躍動感は跳躍する躍動感というよりは、こちらとあちらの間を揺れ動いているような、うねりのような起伏をもった連続性のある躍動感である。CDの帯には、これを”流動感”と書いていたが。
どこかしらふわっと浮き上がるような浮遊感もある。

彼の弾くピアノに感傷的なところは全く感じない。各声部が鮮やかに浮き上がり、どんな曲かをピアノで説明してもらっているようなわかりやすさと客観性のようなものを感じる。
音楽に何を求めるかにもよるが、感情移入を好む人には物足りないかもしれない。
私には、曲自体の構造や流れがくっきりと見えるし表情の変化も多彩で、とても知的な面白さのあるピアノだと思う。
このCDは選曲のセンスの良さが光っている。見栄えのする月並みな曲を揃えていないところに、彼の指向する音楽へのこだわりが感じられる。

タグ:内藤晃 スクリャービン モーツァルト スカルラッティ モンポウ

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

0 Comments

Leave a comment