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ケーゲル最後の来日公演から ~J.S.バッハ「G線上のアリア」
1989年10月18日にサントリーホールで行われたケーゲル指揮ドレスデン・フィルの来日公演で演奏されたのは、ベートーヴェンのエグモント序曲、交響曲第6番「田園」と第5番「運命」、アンコールではバッハの「G線上のアリア」。
来日公演は10月7日~19日まで行われ、ケーゲルの日本における最後の演奏会となった。

当時の欧州の情勢を調べてみると、1989年8月19日に開催されたパン・ヨーロッパ・ピクニックをきっかけに、1,000人以上の東ドイツ人が国境を越え西側に脱出。
9月11日には、オーストリア=ハンガリー国境が開かれ、10月までに東ドイツ人7万人が出国。
10月17日には東ドイツのホーネッカー議長が解任され、東ドイツ各地で数百万人規模の市民デモが起る事態が進行していた。この年の11月9日にはついにベルリンの壁の崩壊が始まる。
新聞やテレビで連日さかんに報道されていたのを思い出す。ベルリンの壁の崩壊など一昔前は考えられなかったのに、崩壊する時はあっけないものだ。

ケーゲルは東独の社会主義信奉者で国内でも高い地位にあったようだが、この日本公演の最中に母国東ドイツの社会主義体制の崩壊が加速度的に進みつつあった。
ケーゲルは民主化は支持していたようだが、根っからの社会主義信奉者である。
ベルリンの壁の崩壊後は、彼の音楽家人生も以前のようではありえず、鬱病をわずらって1年後にピストル自殺を遂げるという衝撃的な終幕を迎えた。

この公演以前のケーゲルの演奏を聴くのにこういった社会情勢やプロフィールを知っておく必要はないが、この来日公演の演奏は(そして、それ以後の演奏も)、当時の政治的・社会的混沌を目の当たりにしたケーゲルの精神状態が色濃く反映されているのは間違いないだろう。

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」 ほかベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、J.S.バッハ:G線上のアリア
(2003/03/08)
ヘルベルト・ケーゲル

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このCDは、当日のコンサートの後半に演奏された「運命」と「G線上のアリア」を収録している。前半に演奏された「エグモント序曲」と「田園」」のライブ録音も別のCDでリリースされている。

「運命」の演奏は、私にはどこかしら不安感、無力感、そして最後の気力を振り絞って闘おうとするような悲愴感が感じられて、いろいろと考えさせられる演奏だった。
それ以上に、バッハの「G線上のアリア」は、何の先入観も持たずに聴いたとしても、こんなに美しくも悲しいアリアがありえるのだろうかと思わずにはいられない。

このアリアを聴いて、吉松隆の「朱鷺によせる哀歌」を思い出した。
彼は滅びゆく朱鷺に調性音楽の終焉を重ね合わせながら、極度に研ぎ澄まされ凝縮された弦とピアノの響きでもって、レクイエムを歌わせていた。

ケーゲルのアリアは、運命のまえに消え去っていくであろう何かに対するレクイエムのようだ。
オーケストラがゆったりと奏でる旋律はいまにも消え入りそうに儚く、そこには滅びゆくものたちを心から慈しむような優しさがある。
彼がそのとき何を思っていたのかはわからない。彼が信じてきた思想や信念が母国とともに崩壊していくことを憂いながら、指揮していたのか、それとも政治体制が民主化して、社会主義国として新生することを期待していたのか。

1年後に訪れるであろう彼の運命を知っているせいか、これは彼の白鳥の歌のように感じてしまう。
運命をただ受け入れることしかできないような諦観が漂い、なぜか不思議なくらい優しさを感じさせる悲しみに満たされた曲。
こんなアリアを聴くことになるのは、ケーゲルが指揮したこの演奏だけかもしれない。

ケーゲル&ドレスデンフィルの演奏は、06:08~。

(カラヤンとケーゲルによる「G線上のアリア」の演奏)

tag : バッハ 東ドイツ

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