カッチェン ~ チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番 

2008, 12. 23 (Tue) 18:15

ジュリアス・カッチェンは42歳で早逝したとはいえ、名だたるピアノ協奏曲の大曲の録音をかなり残している。
ベートーヴェン、ブラームス、シューマン、グリーグ、リストに加え、モーツァルトがいくつか、ラフマニノフの第2番、そして、このチャイコフスキーの第1番。
チャイコフスキーはロシア的な趣きのあるところが好きではないので、ほとんど聴かないけれど、リヒテルとアラウ、このカッチェンの演奏だけは聴いた。(リヒテルはともかく、アラウのチャイコだけはいくらアラウが好きといっても、独特のクセが強くて誰にも勧められない。)
結局、いつも聴くのはこのカッチェン盤。このスピード感のあるチャイコフスキーは何度聴いても爽快。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
(2004/10/27)
カッチェン(ジュリアス)

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これは1955年、カッチェンが28歳の時の録音。伴奏はこの後も多くのコンチェルトのパートナーをつとめることになるピエロ・ガンバ指揮ロンドン交響楽団。
1936年生まれのガンバはこのときわずか19歳。本当かな?と思ったけれど、プロフィールを確認すると8歳で指揮者としてデビューしたというから、早熟の天才的な指揮者だったかもしれない。

このCDはモノラル録音のわりに音質は良い。DECCAのモノラル末期の録音は音質がとても良いといわれている。ややくぐもった響きがするが、モノラルでこれだけクリアに聴こえれば十分。

初めはチャイコフスキーなのでもっと悠然とした、ロシア的な雄大でオドロオドロしい演奏を予想していたけれど、全然違っていた。
この若い2人の演奏は、情念の過剰さは全くなく、全編を若者らしい明るさと活気が支配し、ジェットコースターのようなスピード感と躍動感に溢れている。
それだけ速いテンポにもかかわらず、ピアノ・オケとも力感・量感があり、カッチェンの指回りも抜群。明るく輝く音色が美しく、聴き終わった後は実に爽快。

第1楽章の冒頭こそ、ピアノが悠然と力強く量感のある和音とアルペジオを弾いているが、ここでもところどころ急き込むように速くなっている。大音量のホルンとあいまって、ここは雄大な感じが良く出ている。
序奏が終わると、カッチェンのピアノが徐々に速くなっていく。
まるで音楽に突き動かされているかのように疾走するので、オーケストラを置いてけぼりにしてしまいそうなくらい速い。実際、オケの伴奏が追いついていけなかったところもある。
カッチェンが衝動にかられて”rushing”しがちだと当時は批判されていた。ベートーヴェンのソナタでは理知的なアプローチで弾いていたのでその批評が不思議だったが、それがどういうことなのかようやく理解できた。
もとから深く感情移入して弾くピアニストなので、この曲のように曲自体の推進力が強いと、いつもの抑制がどっかへ吹き飛んでいってしまうのかも。
この楽章は、走っては立ち止まり、立ち止まっては走りだすという緩急が交代で現われる。
立ち止まっているところでは、打って変わって、透明感のある硬質の引き締まった音色で、ゆったりと抒情を歌っていてとても美しい。と思うと、一転して突進しだすので、とにかくピアノが目まぐるしく良く動く。
この楽章はスピード感と力強さに溢れ、緩急の対比が鮮やか。緊迫感がみなぎる演奏だった。

第2楽章はとても穏やか。聴いている方もこれでほっと一息つける。
ピアノもとても穏やかになって柔らかな表情を見せている。カッチェンらしい暖かみを帯びた優しく包むような弱音の響きがとても美しい。
ここは明るい陽光に照らされたロシアの自然のイメージがする。冬よりも春や初夏のような明るさと清々しい爽やかさがある。
冬だとしたら、太陽の陽射しが白銀の世界を明るく照らし出していて、動物たちが雪の上を駆け回っているような楽しさがあって、寒さは全く感じない。

第3楽章は、また冒頭からパッションに駆られたかのように力強く鋭いタッチのピアノで始まる。
カッチェンのピアノは、緩急や強弱の対比が鮮やかで、力強く鋭いフォルテから、急転直下して柔らかく繊細なピアノで訴えかけたり、その逆だったりする。
ラフマニノフの第2コンチェルトでもそうだったけれど、力強く激しい情熱と繊細な叙情が絶え間なく交錯するところが彼のピアノの特徴。
ベートーヴェンのコンチェルトだと、理性と感情のバランスが取れている曲なのでそれほど強くは感じなかったけれど、ラフマニノフとチャイコフスキーのコンチェルトはそれが鮮明に感じとれる。
ラストは、ユニゾンのスケールで一気に鍵盤上を駆け上がるピアノがこれまた圧巻。スリリングで、それでいて爽やかな演奏だった。

カッチェンの弾くチャイコフスキーは、腰を落ち着けて見えてくる雄大なロシアの大地の様子を描くのではなくて、その大地を縦横無尽に駆け巡りながら、自然のダイナミックな動きを描いたような演奏。
重厚さと雄大さには欠けるが、スピード感と躍動感と生気に溢れていて、力強さがある。
まるで雪と氷で覆われた厳しい自然が、春の訪れとともに一斉に生気を取り戻して、川には雪解け水が急流のように流れだし、草木が芽吹き、鳥や昆虫たちがあちこちを飛び回っているような、爽やかな感じがする。
カッチェンの弾くチャイコフスキーのコンチェルトは、誰にでも好まれるタイプの演奏かというと、よくわらかないところがあるけれど、これだけの大曲に正面から挑むような演奏はどこかしら胸のすくような潔さがある。
何よりも若者らしい気概と生気に溢れたカッチェンのピアノがとても新鮮だった。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

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