ゼルキン ~ スイス・ルガーノ・ライブ 

2008, 12. 21 (Sun) 10:33

ルドルフ・ゼルキンのライブ録音は少ない。
元からスタジオ録音もそう多い方ではないが、ゼルキンのライブ録音は最近になって1960~70年代のものがBBC LEGENDSから5種類リリースされている。

1950年代のリサイタルのライブ録音も2種類残っている。
1つは、Music&Artsからリリースされている1954年のプラド音楽祭のライブ録音。これはベートーヴェンのディアベリ変奏曲とピアノ・ソナタ第30番を収録したもの。
もう1つは、スイス・ルガーノでのリサイタルを収録したこのライブ録音。
これは1957年のモノラル録音だが、ホール残響は少なめで音もクリア。モノラルのライブ録音なのにかなりの音質の良さだと思う。
音質が良すぎて、ゼルキンがパタパタとペダルを踏む音がしっかり聴こえてきて、演奏の一部と化しているのはご愛嬌。

Beethoven: Piano Sonata No. 23 in F minor Op. 57 Beethoven: Piano Sonata No. 23 in F minor Op. 57 "Appassionata"; Brahms: Händel Variations Op. 24 and others
(2007/03/27)
Johann Sebastian Bach、

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このCDはいわゆるパブリック・ドメインの音源を利用したもの。
パブリック・ドメインとは著作権の権利存続期間が経過したものを指すが、演奏活動については著作隣接権で実演から50年間(期間は国によって異なる)保護されている。
演奏者の死後ではなく、実演時から起算するのため、ゼルキンが1957年にリサイタルを行ったので、2007年にCDがリリースされている。

下のCDはゼルキンやグルダなどのリサイタル(ルガーノライブが多い)を収録したセットもの。
ゼルキンのCDを買った後でこれを見つけたが、同じ内容が収録されている。
ゼルキンのほかに、グルダ、バックハウス、ギレリス、ベルマン、チェルカスキー、ベルマン、アンダ、マルクジンスキ、シフラ、カニーノのライブが収録されている。
1953年~1993年くらいまでのライブ録音で、比較的新しい年代の録音まで入っているのがすごい。
これで1800円くらいだから、信じられないくらいコストパフォーマンスの良さ。
音質は良くわからないけど、レビューはまずまず良かった。HMVオンラインだけでなく、WAVEの店頭でも売ってました。

グレート・ピアニスツ(10CD)グレート・ピアニスツ(10CD)
(2007/03/27)
Serkin,Gulda,Gilels,others

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このゼルキンのライブ録音は、演奏内容も非常に良い。1950年代にゼルキンがどういうピアノを弾いていたのかが良くわかる。
1970年以降の演奏のような音色や響きへのこだわりは強くないので、音像はすっきりくっきりと立ち上がって、曲の輪郭と流れが良く見える。
奇をてらわない堅実で端正なピアノで、テンポは速くあっさりとしたところがあるけれど、とても暖かくて優しい響きがする。特に弱音はとても柔らかくて優しくてはかなげ。
表面的には隠されているような感情のほとばしりも、あちこちで見られる。
ゼルキンらしい飾り気のない誠実さに溢れた演奏が聴けるライブ録音である。
後年のゼルキンのスタジオ録音を聴くよりも、この頃のゼルキンのピアノを聴く方が気持ちが和んでくる。

プログラムは、ゼルキンの得意とする曲で構成されている。作曲家と作風が異なる曲で構成されていて、聴く楽しみが多い。
-ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調 op.57『熱情』
-ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ op.24
-メンデルスゾーン:ロンド・カプリチオーソ op.14
-シューベルト:即興曲 op.142-4
-バッハ:カプリッチョ 《最愛の兄の旅立ちに寄せて》BWV.992

ベートーヴェンの熱情ソナタは、外面的・技巧的な派手さを出す弾き方ではなく、徐々に高揚していくような一見地味で堅実な弾き方。
ゼルキンの内に秘められた”熱さ”がにじみ出てくるようなピアノである。
第2楽章の穏やかな優しさがこもったピアノがとても良い。第3楽章は、底から徐々に情熱がわきあがってくるかのような力強さがあり、フィナーレに向かうほど弾いているゼルキンの気力が溢れ出てくるのが伝わってくる。
熱情ソナタのスタジオ録音もあるけれど、このゼルキンの息づかいが感じられるこのライブの演奏の方をもっぱら聴いている。
ゼルキンの3大ソナタでは、この熱情ソナタがゼルキンに合っていて一番良い演奏だと思う。

熱情ソナタの直後には、優雅で愛らしい旋律で始まるブラームスのヘンデルバリエーション。
カッチェンとゼルキンの両方を聴いているが、壮年期のゼルキンは、ブラームスを得意とする技巧派カッチェンに引けをとらないくらい指裁きは良い。
演奏内容自体はどちらが良いともいえないくらい、それぞれの持ち味があって、どちらかを聴くと、もう一方も続けて聴きたくなってしまう。

ゼルキンのヘンデルバリエーションは、歯切れの良いタッチとテンポで、明るさと喜びに溢れていて、それが外へ向って広がっていくような開放性がある。
白熱してくると、気合が入りすぎてだんだんテンポが速くなってくるところが聴けるのも面白い。
優美で気品があるピアノだけど、最後のフィナーレとフーガは、力強く輝きと喜びに満ちて堂々としたもの。
ゼルキンのピアノには暖かさがあるけれど、その底には信頼感のようなポジティブな何かが流れているように感じることがある。
ゼルキンのピアノは、曲や演奏に込められた感情や価値観のようなものを伝える伝播性が強いのだと思う。

メンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソはゼルキンの愛奏曲。
ロンドが特に良く、メンデルスゾーン特有の優美さと情熱が交錯する曲で、まるでピアノ協奏曲の第1番を聴いている気がしてくる。
シューベルトの即興曲は、流麗なタッチで軽快に弾いている。シューベルトにしてはやけに速くて、ドラマティックのような気もするが、普段はほとんど聴かない作曲家なのでよくわからない。
バッハのカプリッチョ《最愛の兄の旅立ちに寄せて》は、冒頭の優しさの溢れた旋律といい、終曲の爽やかなフーガといい、鮮やかな演奏だった。いつ聴いても、ゼルキンが弾くバッハは、内包する人間的な感情~暖かみ、哀しさ、喜びといったいろんな感情を感じさせてくれる。

このCDは1950年代のゼルキンの演奏がライブで聴けるという点で、何より貴重である。
音質も選曲もとても良いうえに、何よりゼルキンの弾くピアノが素晴らしくて、何度でも聴きたくなってくる。

タグ:ゼルキン ブラームス メンデルスゾーン バッハ

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